最上川と「おくのほそ道」の旅 その22 上杉景勝公生誕の地樺沢城跡へ 

雲洞庵を出てこれから樺沢城跡へ向かうが、朝食がまだだったので、途中のおにぎり屋で遅い朝食をとった。


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朝食は魚沼産コシヒカリを使ったおにぎりと豚汁で済ませた。

おにぎりとはいえ、地元魚沼産のコシヒカリを使ったおにぎりは全国レベルの食べ物となる。

新潟県が誇る全国レベルの超一級ブランドで作ったおにぎりは、かなりの空腹感の中ではあったが、一流の寿司屋のトロに匹敵するほど美味しかった。


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遅い朝食を大満足で食し、再び「赤字う」の樺沢城跡へ向かった。

樺沢城跡へは午前1045分に到着した。


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ここは樺沢城の東登り口であるが、樺沢城は上杉景勝生誕の地である。

上杉謙信(当時景虎)は姉の綾姫(後の仙桃院)を坂戸城主長尾政景に嫁がせた。

樺沢城は春日山城から関東までの最短距離上に位置していたため、長尾政景はここを関東からの情報基地とし綾姫と共にこの城に居た。

結婚5年目にして当城で男子が誕生、後の上杉景勝である。

樺沢城は御館の乱(景勝と景虎【謙信の養子で実父は北条氏康】の家督争い)の際、景虎に呼応して進行してきた北条軍に攻略され、坂戸城などへの攻撃の本拠地ともなった。


樺沢城本丸は山の上にあり時間もかかるので、今回そこは見ず、樺沢城の東登り口のすぐ向かいにある龍澤寺を見学した。


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龍澤寺は室町時代の1420年に開創された臨済宗円覚寺派に属するお寺で、本尊は文殊菩薩であるが、文殊菩薩のみを本尊とする龍澤寺のような例は全国的に見ても珍しい。

文殊菩薩は卯年生まれの守護仏で、上杉景勝公(卯年生まれ)の母親である仙桃院が文殊菩薩に深く帰依し、景勝の合戦勝利・武運長久を願い、文殊菩薩を龍澤寺に奉安したと言われている。


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この寺の境内には、上杉景勝公生誕の地碑がある。

また、仙桃院のお花畑跡が樺沢城入り口や城下の龍澤寺にあり、長尾政景が亡くなった後も綾御前は仙桃院と号し、この城に住んでいたことが知られている。

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