木曽川への旅(2008年の旅) その12 南木曽町(なぎそまち)の桃介橋を見学 

木曽川の旅、2日目の9月12日(金)の日程は以下のとおりである。

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藪原から妻籠までは案外近く、寄り道しないで行くと1時間で付ける距離で、途中の名勝・史跡等には目もくれず、南木曽町(なぎそまち)を目指した。

南木曽町では馬籠〜妻籠間の8kmを踏破することをメーンに妻籠宿や馬籠宿をしっかり見て回ることが最大の目的。

その他に、前泊地の井筒屋旅館の御主人から熱心に薦められた「桃介橋」と桃介記念館は充分時間をとって見学しようと車の中で考えていた。

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旧中山道の馬籠〜妻籠間の8kmは妻籠から歩くよりも馬籠から歩いたほうがずっと楽だということを事前にネットで調べていたので、桃介橋を見学した後妻籠に向かい、そこの駐車場に車を停めて、バスで馬籠に向かい、馬籠見学の後に旧中山道を妻籠に向かって歩くことにした。

桃介記念館は、妻籠に到着した後に時間の余裕を見てじっくり見学し、その後「東山魁夷心の旅路館」へも行く予定。

まずは桃介橋を目指した。

桃介橋は、長野県木曽郡南木曽町読書(よみかき)にある木曽川に架けられた橋で、桃の橋とも言われている。

1922年(大正11年)に完成した木橋であり、一時は破損・老朽化のため使用を取りやめられたが、その後1993年に南木曾町のふるさと創生事業である「大正ロマンを偲ぶ桃介記念公園整備事業」の一環として復元された。

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まず遠くから橋の全体を眺めたが、桃介橋は渇水中の南木曽町を流れる木曽川に悠々と架かっている。

桃介橋は、大同電力(2013年現在の関西電力)により、読書発電所建設資材の運搬路として架けられた。

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橋に更に近づいていく。

大同電力の社長であり、橋の建築主でもある福澤桃介(1868~1938)はこの橋を「桃介橋」と名付けたいと考えていたが、周囲に反対されたため「桃之橋」とした。

「桃介橋」が正式に橋の名称とされたのは、桃介の没後半世紀以上が経過した1993年の復元時からで、日本国の重要文化財にも指定されている。

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橋を歩いて行く。

建設資材の運搬路として架けられたので、建設時は橋中央にトロッコのレールが引かれていたという。

復元に際して、文化財としての価値を残すという観点から、レールの痕跡を残すように配慮されたので、橋の真ん中には周りよく黒っぽい2本の同じ幅の板が端から端まで続いていた。

この橋がすっかり気に入ったので、南木曽町の絶景を眺めながら2~3回往復、それから妻籠へ向かった。

福澤桃介については、この日の午後「桃介記念館」に行った時に触れたい。

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