金沢紀行 その3 「金沢文芸館」にて 

次に歩いたのは、兼六園の北東に位置する浅野川の両岸である。
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具体的には、浅野川左岸の浅野川大橋付近の「主計町茶屋街」と、浅野川右岸の浅野川大橋から梅の橋までの広がりを持つ「ひがし茶屋街」である。

まず、「主計町茶屋街」近くの「泉鏡花記念館」に入った。
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記念館は、泉鏡花の生家跡(生家は明治時代の火災により焼失)に建つ木造二階建てと土蔵3棟からなる建物を改修整備したものである。

鏡花が生まれ育った当時の町並みを色濃く残す地域にあり、近くには浅野川や主計町茶屋街がある。

幼い頃に母を亡くした鏡花は、明治から昭和にかけて亡母憧憬を基底とする世界を紡ぎだした。
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夜行巡査、外科室で評価を得、高野聖で人気作家になった。

江戸文芸の影響を深くうけた怪奇趣味と特有のロマンティシズムで知られ、近代における幻想文学の先駆者としても評価されている。

他の主要作品に照葉狂言、婦系図、歌行燈などがある。

「泉鏡花記念館」はさらっと見て、次に近くにある「金沢文芸館」に向かった。
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ここの1階は交流サロン、2階は「金沢五木寛之文庫」3階は文芸フロアとなっていた。

五木寛之の書く世界には憧れと興味が以前からあって、2階の「金沢五木寛之文庫」に直行した。
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五木寛之は早稲田大学露文科中退である。

ロシア(当時はソ連)を題材にした作品が多く、僕の読んだことのある本を懐かしみながら、書棚の本を追ってゆっくりと歩いた。

さらばモスクワ愚連隊、蒼ざめた馬を見よ、海を見ていたジョニー、青年は荒野をめざす、白夜ものがたり、ソフィアの秋、内灘夫人、デラシネの旗、ヒットラーの遺産、こがね虫たちの夜、世界漂流、戒厳令の夜、凍河、樹氷、遥かなるカミニト、箱舟の去ったあと、白夜の季節の思想と行動、わが心のスペイン、午前零時の男と女など。

立ち止まってものがたりを再び思い返しながら、ここでは楽しいひと時を過ごした。
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ところで、この書庫を飾るこれらの絵だが、実は五木寛之の奥様である玲子夫人の作品である。

彼女は石川県選出の衆議院議員(のち金沢市長)岡良一の娘さんで、本物の金沢の女である。

玲子夫人は精神科医でもあるが画家としても一流で、夫五木寛之の著書の7割は玲子夫人の装丁画とのこと。

五木寛之とはたしか早稲田時代(彼女は文学部)に知り合い、その後彼女は医学部に入り直したということである。

金沢を舞台にした作品も数多く書いているが、一部紹介する。

金沢駅(みみずくの散歩)、主計町(浅の川暮色)、尾山神社(風花のひと)、兼六園・カキツバタ(風に吹かれて)、あかり坂(金沢あかり坂)、ひがし茶屋街(朱鷺の墓)


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