ジュンチャンと世界を巡る 第61回はエルサルバドル

 今は憧れの中央アメリカに来ています。

 中学生の頃、地理の時間の前に遊んでいた、「グアテマラ、ニカラグア、ホンジュラス、コスタリカ、エルサルバドル、パナマ」という国々が登場しています。

 今回は、エルサルバドル(スペイン語で救世主を意味する)です。

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 エルサルバドルは、中央アメリカ中部に位置するラテンアメリカの共和制国家で首都はサンサルバドル、北西にグアテマラ、北と東にホンジュラスと国境を接しており、南と西は太平洋に面していて、中央アメリカ5か国のうち、唯一カリブ海に面していません。

 カリブ海諸国以外の米州大陸部全体で最小の国家であるが、歴史的に国土の開発が進んでいたこともあり、人口密度では米州最高です。


 エルサルバドルの歴史はメソアメリカ文明の国(特にピピル人、レンカ族、マヤ人の国)から始まりました。

 16世紀初期、エルサルバドルにあたる領域はスペイン帝国に征服され、メキシコシティを首都とするヌエバ・エスパーニャ副王領に組み込まれました。

 エルサルバドルは1821年にメキシコ第一帝政の一部として独立したが、僅か2年後に中央アメリカ連邦共和国として分離しました。

 共和国が1841年に解体すると、エルサルバドルは独立国になり、1895年から1898年の短期間にホンジュラスとニカラグアと連合して中央アメリカ大共和国を建国した期間を除いて、独立国になりました。

 19世紀末から20世紀中期、エルサルバドルではクーデターや反乱が頻発し、政治的にも経済的にも慢性的に不安定な状況に陥ったのです。

 社会経済の不公平と社会不安が持続したことで1979年から1992年まで、軍政府と左翼ゲリラ連合の間でエルサルバドル内戦が勃発しました。

 チャプルテペク平和協定で内戦が終結するとエルサルバドルは多党制共和国になり、この政体は現在まで続いています。

 エルサルバドルの経済は歴史的に農業が支配的であり、最初は植民地時代のインディゴ、その後はコーヒーが主な作物で、20世紀初期には輸出高の9割を占めました。

 これからエルサルバドルの観光地を紹介します。


 まず、ホヤ・デ・セレン考古遺跡。

 ホヤ・デ・セレン考古遺跡はエルサルバドルにある世界遺産で、首都サン・サルバドル北西にある古代マヤ文明時代の村の遺跡で、エルサルバドル初の世界遺産で、2013年時点で同国唯一の世界遺産でもあります。

 ここはひすいやカカオの産地として肥沃な地域でしたが、600年頃、火山の大噴火によって埋没し、1400年もの間火山灰の下に眠り続けていたことになります。

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 1976年、ホヤ・デ・セレンの考古遺跡は工事中に偶然発見されました。

 そして調査が開始され、日干しレンガで作られた住居跡や集会所、寺院、共同浴場跡、木製農耕具などがほぼ完全な状態で発掘されました。

 マヤ文明の建物の発掘は多いものの、農村生活を伝える遺跡はほとんどないため、大変貴重な遺跡です。

 次にロザリオ教会です。

 エルサルバドルの首都、サンサルバドル市内にあるこの教会は、外観が地味なので知らないと通り過ごしてしまいそうですが、見るべきものはその内部様式です。

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 ステンドグラスが埋め込まれている壁面が弧を描いているのです。

 ですからお勧めは昼間、教会内部に太陽の光が差し込むときに行くと、とても幻想的な光景を目にすることができます。

 最後にコアテペケ湖です。

 ここは周囲を山で囲まれた透明度の高いカルデラ湖で、エルサルバドルで有数の避暑地となっています。

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 緑で埋め尽くされた周囲の景色はとても素晴らしく、できれば少し登ったところにある展望台から湖と周囲の美しい火山を見るのがおすすめです。


 この国もホンジュラス同様「マラス」が頻繁に活動してるので、旅は安全な場所だけにした方がよさそうです。

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