木曽川への旅(2008年の旅) その11 駅前旅館の井筒屋旅館で夕食タイム 

宿に帰ると、時間は午後6時に近かった。

風呂に入り、しばらくすると夕食が出た。

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岩魚の味噌かけ塩焼き、マグロの赤みの刺身、ミョウガの酢の物、鶏肉とキノコの一品、ソバ、キュウリの漬物、サヤエンドウと一緒の黄色い食材は不明。

これらをアサヒスーパードライと共に美味しくいただいた。

1泊2食付きで7,500円で予約したが、ビールの追加額が1本650円で、合計8,150円の井筒屋の宿泊料金となった。

宿のサービスということで、ご飯や味噌汁と共に、地元湯川酒造場の銘酒「木曽路吟醸」がコップに1杯だけ出た。

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ほろ酔い気分の中で、旅館に設置してある本棚の中から木祖村誌を取り出し、何冊か目次だけ拾い読みしたりして、文化と物流の十字路となっていた木曽川源流の村への思いを馳せた。

それから持参した「探険倶楽部AGAIN 2008年8月発行」の気になった(気に入った)文章を繰り返し読んでみた。

探険倶楽部隊長清野明の「刊行に寄せて」から

「復活1号の表紙キャッチフレーズに、たまには迷子になろうと謳った。それは迷うことがもっと必要だと思ったから。迷子は遭難ではない。今は迷うことを最初から避けようとする風潮が強すぎる。」

「探検ではなく探険の文字を使ったのは大きな意味はないが、あえて言えば楽しそうだから。個人的なイメージだが、探検となるとお勉強的な感じが強い。僕の作っているのは探険遊びのようなものだから、探険のほうがふさわしい気がする。」

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「結局探検は誰も行っていないようなところへ行って調べること。探険は危ないところに行って明らかにすること。探険は文字通り危ないところに行く意味が強い。」

吉本隆明の「日常的探険・冒険論」から

「文字をあっちからこっちへと動かして、いい路、悪い路、平坦な路、険しい路を探し出しているだけの生活にも、紙上の探険・冒険がないわけではない。そう思って少しまた歩き出すことにしよう。

世の民、誰にでも、事の大小、社会的価値の有無の違いさえあれ、その人なりの明るく爽やかな「探険・冒険」があるのかもしれない。

中野純の「闇へ迷う」から

「人生、迷ってナンボだと思う。グーグルアース的な俯瞰のおもしろさはそれはそれですごく楽しいが、現地で道に迷っておたおたしてみると、俯瞰するだけではわからない些細な感動が、ごまんとある。その些細な感動こそが、生きる糧だと思う。

だが、迷いに迷って遭難して、死んでしまったらもう二度と迷えない。命を懸けずに手軽にササッと迷いたい。そのための最高の仕掛けが闇だ。闇さえあればどこでも簡単に迷うことができる。子どもの遠足レベルのコースでも、ただ暗いというだけで、とんでもない秘境に変貌する。」

探険倶楽部に掲載されていた日本の秘地への探険を抜き出してみると

口永良部島(活火山の煙に燻され、突風に震えながらも島の絶景に酔う。)

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秘池・片貝ノ池(豪雪地帯にひっそりと佇む秘池と大岸壁に恐る恐る近づく。)

御蔵島(荒天に弄ばれながら太古の森で年経る巨樹に巡り合う。)

海谷渓谷(越後の上高地、海谷渓谷の暑さにふらふらになり、撤退を余儀なくされる。)

足尾から中宮祠の廃道(鉱山の道、試練の往還に挑む。)

青木ケ原樹海の洞窟(千年前の富士山に会いに溶岩洞窟を潜り、樹海を彷徨う。)

などなど。

銘酒「木曽路吟醸」と探険倶楽部の記事に触発されて、木曽川への旅(2008年の旅)への思いが更に高揚した。

高揚感が静かな闘志に変わった頃に、木曽路の地図を広げ、あすの日程を確かめ、眠りに着いた。

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平成20年9月12日(金)午前8時、憧れの地であり旅の主な目的の地でもある南木曽町(妻籠宿のある町)へ向かって、駅前旅館の井筒屋旅館を出発した。

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