ジュンチャンと世界を巡る 第64回はパナマ

 パナマは北アメリカ大陸と南アメリカ大陸の境に位置する共和制国家で、北西はコスタリカ、南東はコロンビアに接し、北はカリブ海、南は太平洋に面し、国の中央部にあるパナマ地峡より北が北アメリカ、地峡より南が南アメリカで、国の中に北アメリカと南アメリカが存在します。
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 ヨーロッパ人の来航以前の現在のパナマの地には、主にチブチャ族(南アメリカコロンビアのボゴタ周辺の谷に住んでいた民族)をはじめとする人々が居住していました。
 紀元前2900年から同1300年には刻線文が特徴のモナグリーヨ 土器を用いた人々が、主としてパナマ中央部、アスエロ半島北方のパリタ湾岸、内陸では岩陰や洞窟で生活を営んでいたことが知られています。
 紀元前6世紀になると、ムラ・サリグアなどをはじめとする掘立柱建物を住居とした集落が点々と営まれるようになり、ムラ・サリグアの最盛期には、推計で人口は600人から700人近くに達しました。
 500年頃には、パリタ湾岸で金製品で知られるコクレ文化が興るが、その起源についてはコロンビアからの影響か、独自の発展かはわかっていません。
 スペイン人が到来する直前にあたる16世紀初頭には、現在のパナマに相当する地域には20万人から200万人の人間が居住していたとされています。
 パナマは三度の独立を経験した国で、1回目は1819年に大コロンビアの一部としてスペインから独立、2回目は1903年にアメリカの支援によるコロンビアから分離独立、3回目が2000年1月1日で、これは、前年年末でアメリカのパナマ運河地帯に持っていた主権が終わりを告げ、パナマ共和国が実質的な独立を達成した日です。
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 パナマ運河を航行する船舶は膨大な量にのぼり、東西両洋を結ぶため重要性も極めて高いので、この膨大な需要は、運河周辺に様々な産業を立地させることになりました。
 建国の経緯から言ってもパナマ共和国はパナマ運河計画があって初めて成立しえた国家であるが、経済的にもその他の面においてもパナマ共和国は運河に多くを負っています。

 ここからパナマ観光ですが、パナマ運河以外にも見どころはあります。
 まずカテドラル。
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 カテドラルは、パナマシティのカスコ・ビエホ(旧市街)の中心にある独立広場に面して建つカトリック教会で、「パナマ・ビエホとパナマ歴史地区」の一部として世界遺産に登録されており、旧市街のシンボルともなっています。
 現在のカテドラルは、1688年~1794年という100年の歳月をかけて建設されていますが、英国の海賊により破壊された旧カテドラルから3つの鐘が移設され、外壁には真珠島の真珠が埋め込まれており、外から見るだけでも十分楽しめます。スペイン植民地時代のコロニアル調の街並みを散策しながら景色を楽しめる場所で、写真撮影スポットとしても人気で、教会内部は荘厳な雰囲気で、色鮮やかなステンドグラスに出会えます。
 次に、パナマのコロン県の港町であるポルトベーロ。
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 銀の積出港として栄えた港町ですが、当時価値の高かった銀を扱っていたため、海賊たちの略奪行為の標的になることも多々あい、防衛のために17世紀前半には湾の入り口に2つ(サン・フェリペ・トド・フィエロ要塞とサンティアゴ・デ・ラ・グロリア要塞)と湾内に2つ(サン・クリストバル要塞とサン・フェルナンド要塞)の要塞が築かれました。
 これらの要塞は、「パナマのカリブ海側の要塞群」の1つとして世界遺産に登録されています。
 最後に、チャグレス国立公園です。
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 この公園はパナマシティから車で北に約1時間半でアクセスできる自然豊かな公園で、チャグレス川流域に位置しているので園内では綺麗な川や滝までトレッキングをしたり、タイミングが良ければ野生動物にも出会えます。
 チャグレス国立公園でのおすすめは、エンベラ族の村を訪れることで、敷地内にはエンベラ族の居住域があり、昔ながらの生活を送る様子を間近に見たり体験できます。
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 村の家々は高床式の茅葺き屋根で、風通しが良く、野生動物からも人々を守る造りになっていて、村を訪れると村長が村の歴史を話してくれたり、村人が民芸品を作る様子を見学できます。

 次回からいよいよ本格的な南アメリカの旅となりますが、釣り師は少年の頃からアマゾンやアンデスに憧れていましたので、今から心が躍ります。

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