直江兼続の旅 その18 松苧神社と犬伏城

 20分ほど歩いて、松苧神社に到着した。  この建物が松苧神社本殿で、1497年に建立され、県内最古の茅葺き屋根木造建築物として知られている。  本殿は標高360メートルの松苧山の山頂に鎮座しており、近郷では「松苧大権現」と呼ばれ、「麻織物の神」として信仰を集めていた。  また戦国時代には武将たちが戦勝を祈願したと言われ、上杉謙…
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思い出の中の川 第11回 小俣川と日本国

 これから府屋大川を遡上し、それから小俣川へ向かう。  小俣川は清酒「日本国」の名前の由来の新潟県と山形県との県境にある日本国の山裾を流れる川である。  日本国は海抜555mの山であり、覚えやすい高さの山である。今回の「思い出の中の川」は、その日本国の登山口がある小俣集落までの小俣川沿いの川旅である。  ここはまだ府屋…
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天竜川の旅その34 目的の天竜川河口に到達

秋葉山の秋葉神社上社を11時頃に出発し、152号線を南下、天竜川の旅の最大の目的地である天竜川河口へと向かう。  赤線の国道152号線を一旦浜松市に向かって進み、そこから地図上では右手へ進路を変えて、最終的に天竜川河口に達する。 武田信玄の西上作戦の気分で国道152号線を一気に南下、お昼過ぎには浜松市内に入った。    浜松は…
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奈良大和路散歩(2016年の旅) その17  女王卑弥呼の箸墓古墳に到着

纏向駅には午後2時6分頃に到着した。 黄星印の箇所が纏向駅で、黄枠で囲った纏向遺跡のほぼ中央に位置している。 この黄枠で囲った纏向遺跡の場所に邪馬台国があったと推定されている。(邪馬台国畿内説で話を進めていく。) 赤字アの地点が景行天皇陵で、赤字イの地点が邪馬台国の女王卑弥呼の墓と推定されている箸墓古墳である。 今夜から宿を…
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飛騨街道をゆく(2014年の旅) その19 桜山八幡宮見学後、恵比寿本店で天ざる

町家見学を終え、赤字イの位置にある桜山八幡宮に行った。 これが桜山八幡宮の境内配置で、宮川から表参道が真っ直ぐ伸びていて、一の鳥居、二の鳥居を通り抜けて拝殿に入る。 これは一の鳥居である。 ここは拝殿、この裏に本殿がある。 起源は仁徳天皇の御代(377年頃)というから相当古い。 飛騨山中の凶…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その24  田小屋野貝塚まで

平成25年9月29日(日)、津軽街道の旅4日目の日程は、もう少し手を抜けば良かったと思える程の過密スケジュールである。 赤○印の金木町を発つと、赤1の亀ケ岡遺跡に向かった。 以下、番号順に下記のように見学した。 1亀ケ岡遺跡-2縄文館-3十三港(安東氏遺跡見学)-4小泊(太宰治とたけの思い出の場所散策)-5龍飛岬(階段国道、津…
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大阪散歩 その36 覚鑁(かくばん)のこと

ここは大師堂で、真言宗を開いた弘法大師を祀っている。 後ろに見える大塔とともに秀吉の焼き討ちをまぬがれた建物で、本尊の造立銘から1391年頃の建立と推定されている。 これから西方へしばらく歩き、光明殿や行者堂、聖天堂などを見て回る。 ここは光明殿へ入る前にある江戸時代建築の鐘楼門である。 ここからは真言宗中興の祖にして新…
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秋田県散歩(2015年の旅)その18 菅江真澄の墓を訪問 

これから、司馬遼太郎を真似て菅江真澄の墓に向かう。 真澄の墓は、秋田市寺内大小路という場所にある。 この黒丸1の地点がそこで、この近くには秋田城跡がある。 7世紀頃から当時の中央政府は東北地方の蝦夷征服活動を進めていて、蝦夷征服の拠点として出羽の柵が設けられていた。 秋田県へ移設される前の出羽柵は、庄内地方(山形県沿海部の赤…
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能登(日本道)への道 その8 能登島ドライブの旅の始まり

 院内勅使塚古墳を見終えると、昼食のために七尾市街に戻った。 昼食は上地図の能登食祭市場である。 この市場の正式名称は七尾フィッシャーマンズ・ワーフ・能登食祭市場といい、七尾市の姉妹都市であるモントレーが位置するアメリカ合衆国カリフォルニア州の沿岸都市に多く見られる観光地「フィッシャーマンズワーフ(漁師の波止場の意味)」を参…
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釣師の楽しみを、もう一つ紹介、それは季節を感じる楽しみ

 釣師の楽しみは色々あるが、季節を感じる楽しみもその一つである。  雷集落は、この山がもえぎ色に山が染まる頃もいいが、その少し前の、早春の花々やコゴメなどの山菜が芽吹く頃が、僕は一番好きである。  これはキクザキイチリンソウ、スプリングエフェメラル(早春に咲くはかない短命な植物)の一つで、別名嫁泣かせとも言い、嫁たちの春…
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釣師の楽しみは、釣り以外にも沢山ある

 今日は女川支流の藤沢川に入った。  ここに居るのはほとんどがヤマメで、型は小さいが数釣りが楽しめるので、シーズンになると何回かここで釣っている。 この藤沢川の、中束(なかまるけ)集落に架かる中束(なかまるけ)橋の下で、22~23cmサイズのイワナを釣り上げた。  今日も、釣り上げた獲物は全部リリース、「蒙古のものは蒙古へ…
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砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅) その2 鬼太郎列車に乗る

境港市と米子市を結んで走るJR境線は楽しい鉄道で、現在4パターンのデザインが走る鬼太郎列車が走っている。 2000年8月に登場した「鬼太郎列車」(今は走ってない)に加え、2005年11月には「新・鬼太郎列車」、2006年2月には「ねずみ男列車」、さらには2006年7月に「ねこ娘列車」が運転を開始、そして最新列車に「目玉おやじ列車」が登…
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耽羅紀行(済州島の旅) その32 柱状節理帯を見学

 大浦海岸は雄大である。  僕等ツアー客はヤンガイドに遅れないようについて行きながら、記念写真の撮影に夢中である。  ヤンガイドはこの場で柱状節理帯の説明をしていく。  この海岸に溶岩が流れ込み、そして冷却されて柱状に形作られ、やがて溶岩石群は風化によって原型を変えていく。   ヤンガイドの説明をより具体化したの…
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ジュンチャンと世界を巡る 第88回はニューカレドニア

 今回は独立国ではないが、ニューカレドニアを取り上げます。  ニューカレドニアはドニアューカレドニア島(フランス語でグランドテール Grande Terre、「本土」と呼ばれる)およびロイヤルティ諸島(ロワイヨテ諸島)からなるフランスの海外領土です。  ニッケルを産出する鉱業の島でリゾート地もあり、ニューカレドニアの珊瑚礁は世界遺産…
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2022年5月19日~20日 関川村釣行 その5 寿荘(K=ファイナル)

 寿荘は、国道49号線から荒川支流大石川へ向かう道中の高台に建っていた。  場所的には赤☆印の位置である。  この旅館は大石川へ向かう道中にあるので、少し辺りを見渡しながら運転していれば気付くはずなのだが、20年も関川村にかよっているのに全く気付かなかった。  大石川で釣ることだけを考えていたので、釣りに関係のない風景はまった…
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天竜川の旅その33 秋葉神社上社を歩く

秋葉神社上社の祭神は、火江戸時代以前は、三尺坊大権現を祀る秋葉社と、観世音菩薩を本尊とする秋葉寺とが同じ境内にある神仏混淆の形式で、これらを事実上ひとつの神として秋葉大権現や秋葉山などと呼んだ。 現在の祭神は、之迦具土大神(ひのかぐつちのおおかみ)である。古事記の中の日本創世記の中の神様の一人である。その之迦具土大神の神殿の境内を歩い…
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奈良大和路散歩(2016年の旅) その16 「桜井市立埋蔵文化センター」まで

「山の辺の道を歩く旅」を終え、JR桜井駅まで歩き、この駅から一つ天理駅よりのJR三輪駅まで行った。 JR桜井駅近くで昼食を考えていたのだが適当な場所が無く、JR三輪駅の近くで昼食をとる事にした。 JR三輪駅のホームからは、うっとりするほど美しい三輪山の姿が見える。 三輪山に見とれながら、三輪山を背にして駅前を歩き、適当な食事場…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その23 太宰治疎開の家を見学(k)

太宰治の生まれ育った金木町の旅も最後となる。   津軽三味線の音が耳に残っている中で、黄星印の津軽三味線会館から、金木町での太宰治の最後のゆかりの場所である赤星印の旧津島家新座敷(太宰治疎開の家)まで、赤矢印の道を通って歩いた。 ここは、大正11年(1922年)に太宰の兄文治夫婦の新居として建てられた津島家の離れで、現在地へ曳…
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大阪散歩 その35 根来寺に到着

 昼過ぎとなったので、県立紀伊風土記の丘のピュアという食堂で昼食を食べることにした。 ここはジビエ(野生鳥獣の肉)料理の店で、イノシシを扱っている店である。  日前宮からレンタカーで10分程、距離にして10km弱の距離にある。  このピュアで、1200円のイノシシ肉のカツと生姜焼きの定食を頼んだ。  臭みが無いと店の人は言…
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秋田県散歩(2015年の旅)その17 菅江真澄と奈良家

奈良家入口と書かれていて赤い矢印で示されている日常の出入り口となっていた下手中門から中に入った。 旧奈良家住宅は入口が二つあり、当時身分のある客は上手中門(写真左方向)から入り、身分の低い者は日常の出入り口となっていた下手中門から入った。(菅江真澄もここから入ったという。) 旧奈良家住宅は、江戸時代中期の宝暦年間(1751~17…
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探検家の歴史 第4部 その7 伊能忠敬その2(第5次測量まで)

 ここで第1次測量から第10次測量までを一覧表で見てみる。  最初は忠敬一家(息子、弟子、下男、人足)程度の規模の測量で測量費用も自腹だったが、第三次測量(1802年~東北日本海側)からは測量地の藩の協力が得られ、手当も支給されて収支トントンに近づいた。  第五次測量(1805年-1806年~近畿・中国地方)からは幕府直…
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茶の本 全文紹介 第1章 人情の椀 NO5

 茶の味には微妙な魅力があって、人はこれに引きつけられないわけにはゆかない、またこれを理想化するようになる。 西洋の茶人たちは、茶のかおりとかれらの思想の芳香を混ずるに鈍ではなかった。  茶には酒のような傲慢なところがない。 コ ーヒーのような自覚もなければ、またココアのような気取った無邪気もない。 1711年にすでにスペタテイター紙…
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砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅) その1 米子まで、そして米子から

旅の1日目は、ほとんど電車の中である。 7月29日(土)の早朝7時19分発の電車に乗り、17時21分に米子に到着するまで、待ち時間の1時間ほどを除けば、9時間は電車の中で過ごすのである。 東京までは我慢できたが、東京から岡山までが長くて、1時間に1回は電車と電車の間のデッキに立ち、身体を動かしたりしながら退屈…
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耽羅紀行(済州島の旅) その31 ジョアンスタジオと 柱状節理帯を見学

 薬泉寺の次はジョアンスタジオである。このスタジオノオーナーであるオ・ジョアンさんは、ペ・ヨンジュンをモデルにしたテディベアを制作したことで日本でもおなじみの方である。 僕もペ・ヨンジュンの演じた「冬のソナタのチュンサン」をブログでのハンドルネームとしているので、ここは興味を持って見学した。オ・ジョアン氏は世界的にも有名なテディベア作家…
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直江兼続の旅 その17 松苧神社

 最初に松苧神社に行った。  松苧神社は807年に坂上田村麻呂が奴奈川姫を祀るために創建したと伝えられる社殿で、本殿は、1497年建立の木造茅葺きで、県内最古の建築物として国の重要文化財に指定されている。  坂上田村麻呂が奴奈川姫を祀るために創建した神社とは驚いた。  坂上田村麻呂まで辿り着く前段の話をここで記す。  今の日…
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思い出の中の川 第10回 府屋大川河口

 2009年5月2日午後3時半頃に勝木川を見たが、それから府屋に向かい、この日は府屋の「通年民宿長平」に泊った。  府屋は新潟県の最北端に位置する旧山北町の中心街区で、2008年4月1日に村上市、荒川町、神林村、朝日村と合併し、村上市となるまでは、この府屋に町役場があり、町の行政や経済活動の中心となっていた。 この府屋に流れ込む川が府屋…
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天竜川の旅その32 秋葉山本宮秋葉神社上社への階段を歩いていく

秋葉ダムを過ぎれば、現在の目的地である秋葉山の山頂にある秋葉山本宮秋葉神社上社まで1時間もかからないで到着である。 秋葉山本宮秋葉神社は、山頂の上社の他に山麓の気田川の畔に下社があるが、下社には向かわず、秋葉山山頂の上社を目指した。天竜川から秋葉神社上社へ至る道は、行程7.5km平均斜度約10%の遠州一の激坂として有名で、ベタ踏みとま…
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奈良大和路散歩(2016年の旅) その15 「山の辺の道を歩く旅」の終わり

 平等寺から海柘榴市まで歩いている。  こんな気分のいい道が続いている。  この道を5分程歩いて行くと、道の右手に「金屋の石仏」の収蔵庫があった。 この収蔵庫の中に、二体の石仏がおさめられていて、右が釈迦で左が弥勒と推定されている。 高さ2.2m、幅約80cmの二枚の粘板岩に浮き彫りされたこの仏像は、平安時代後期〜鎌倉時…
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飛騨街道をゆく(2014年の旅) その18 飛騨高山の町家を見学 

飛騨国分寺の見学を終えると、次は赤字アの位置にある町家の見学、赤字イの位置にある桜山八幡宮及び高山祭り屋台会館を見学、それを終えてから昼食ということに決めた。 再び宮川を渡り、飛騨高山が誇る町家の伝統建築の鑑賞となった。 飛騨高山には「高山市市街地景観保存条例」で定めた「市街地景観保存地区」が10ケ所あり、第1種保存区域と第2種…
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大阪散歩 その34 日前宮 

和歌山城から車で10分、距離で3kmの日前宮に向かった。 日前宮は1つの境内に日前神宮と國懸神宮の2つの神社があり、総称して日前宮と呼ばれている。 日前宮は紀伊国一宮となっていて、入口から向かって左に日前神宮、右に國懸神宮がある。 日本で最も歴史のある神社の一つで神話と関わりが深く、「日本書紀」には天照大神が岩戸隠れした…
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秋田県散歩(2015年の旅)その16 菅江真澄の下北・津軽・羽後の旅

寛政4年(1792年)4月、真澄は北海道をあとにし下北半島に渡る。 奥戸(大間町)に上陸した真澄はこれより数年間、下北の暮らしぶりや文化について記録し、「おくのてぶり」をはじめとする六冊の日記にまとめた。 この時期の真澄の旅にはひとつの特徴があり、先を急ぐ旅というよりは田名部を拠点として下北という一定の地域の中をめぐる旅となる。 …
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能登(日本道)への道 その7 院内勅使塚古墳へ

実際には行かなかった七尾城跡の代わりに、七尾市街地から南南西へ6km、JR徳田駅から徒歩5分の位置にある院内勅使塚古墳に行った。 車で20分ほどでJR徳田駅に到着、駅で電車待ちをしていた七尾東雲高の生徒と思われる男子高校生達に院内勅使塚古墳までの道順を聞き出して、さっそく歩き出した。 こんな王朝時代の香りのするような…
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2022年5月19日~20日 関川村釣行 その4 小和田橋上流の女川

 昼飯後は、小和田橋上流の女川を釣ることにした。  ここは6月にはいい山女釣りができる場所である。 平成20年6月には、34cmの岩魚を釣ったことのある思い出の場所である。  このポイントでは、平成23年7月に30cmの岩魚を釣ったことがあった。  しかし、5月にはいい思い出はさっぱりない。 釣りは期待できないので、こ…
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砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅)プロローグ

司馬遼太郎の「街道をゆく」は、司馬遼太郎自身が「もし自分の仕事の中で後世にまで読み続けられるものがあるとすれば、それは街道をゆくになるのだろう」と語っていたという程のもので、唯の旅行記ではない。「街道・みち」に視点を傾けることで日本そして世界の歴史を展望、最終的には「日本とは何か、日本人とは何者か」という司馬遼太郎の永遠のテーマを自らの…
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耽羅紀行(済州島の旅) その30 東洋一の薬泉寺を見学 その2

 大寂光殿の中に入る。 ここは撮影可能ということで、遠慮しつつも大胆に仏の近くに向かった。  ちょうど坊さんが二人仏に向かっておられて、その後ろに女性の二人組が参拝していた。  仏にもっと迫ってよく見ると、本尊の両脇の仏様の後ろにも沢山の仏様が居られるのが見える。  2本の円柱に、2匹の龍が巻きついている。この仏は…
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