能登(日本道)への道 その39 絶景の東海岸で旅を終える
黄☆印の金剛岬を出発した。
奥能登絶景街道に引き続き絶景となる東海岸を40分ほど走って、恋路海岸の見附島(軍艦島)に到着した。
見附島は自然が造り出した高さ約28mの無人島で、島の形が大きな軍艦のような形をしているところから、別名軍艦島とも呼ばれており、能登半島を象徴する景勝地として知られている。
軍艦島で小休止して、ここから再び40分ほど走って真脇遺跡縄文館に着いた。
縄文館で、学芸員と思われる方から真脇遺跡の概要を説明してもらった。
真脇遺跡は能登半島の先端から少し内海に入ったところにある入江の奥に位置し、用水路工事に伴う1982 ~1983年にかけて行われた発掘調査により発見された。
ここには約6000年前から約2000年前まで、採集・漁撈の生活を営む集落があったものと考えられており、この発掘で300体を超える大量のイルカの骨や、長さ2.5メートルもある巨大な彫刻柱、土偶、埋葬人骨、厳つい風貌の土面は後期に属する日本最古の仮面などが発掘された。
この遺跡に住んでいた人々はイルカ漁を盛んに行ったらしく、大量のイルカの骨が発掘されている。
イルカの骨には石器の鏃や槍が残っていて、獲ったイルカは食用に供せられるほか、骨を再利用したり油を採ったり、他地域との交易に使われていたと考えられている。
北海道のオホーツク人のように大型海獣(ここではイルカ)を食料として生活していた人々が住んでいた真脇遺跡については興味深々となってしまうが、詳細については後日ネットで調べることとする。
昼食は黄☆印の能登七見の健康福祉の郷「なごみ」で生姜焼き定食を食べた。
漁師はこの櫓の上から海底に張ったフクロ網の上を通るのを待ち、網を通るとすぐさま引き上げた。
この漁方は江戸時代に始まり、かつて湾内に多数の櫓を見ることができたが、現在は観光用に残されているのみで、1996年を最後にこの漁は行われていないという。
ここは赤字イの場所にある能登鹿島神社である。
ここから見ると水田に浮かんでいるように見えるが、海の浮かんでいる小島にも見えるユニークな神社である。
ここは赤字ウの場所にある中島町深浦地区の海岸で、能登鉄道に乗った時もこの辺りの絶景を堪能した。
今回で、2017年春5月に旅した「能登(日本道)への道」は終了である。
古くは朝鮮半島や大陸からの交通路になっていて、それも表玄関とも言われていた能登半島の全貌を知ることは出来なかったが、その風土や歴史はしっかり見れたので、ほぼ満足できる旅となった。








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