近江街道をゆく その35  五個荘散策の始まり 

昼食を食べ終えると、急いでバスに乗り、近江八幡駅まで向かった。
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ここから近江鉄道八日市線で八日市に行き、八日市からこの近江鉄道バスで五個荘町まで行き、ぷらざ三方よしというバス停で降車した。

1時間ほどもかかって、近江商人の故郷として名高い、陸の孤島のような目的地の五個荘に到着したのであるが、後で別ルートがあることを知ってがっかりした。
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バス停の前に観光案内所があり、案内所に五個荘を案内してくれる観光ボランティアガイドの方が待っていて、その方の案内で、赤斜線で示された五個荘町の近江商人のふる里である金堂地区を歩くのである。
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金堂地区は、近代日本経済の基礎を築いた近江商人の発祥地として広く全国に知られ、現在も商人たちの本宅と伝統的な農家住宅が調和のとれた美しい町並みをつくり出している。

金堂の歴史は古く、奈良時代に寺院が建てられ、古代神崎郡の中心地の一つであったと思われているが、現在の集落の基礎ができたのは江戸時代に入ってからで、大和郡山藩の金堂陣屋を中心に古代の条里制地割に沿って、弘誓寺や勝徳寺・浄栄寺などが周囲に配置され、集落が形成された。
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金堂地区をガイドとともに歩いていくが、この堀には大きな錦鯉が飼われている。

金堂の近江商人は、主に江戸時代後期から明治・大正・昭和戦前期にかけて、呉服や綿・絹製品を中心に、諸国産物廻しや複式簿記を使ったりして流通システムの確立を図って、商圏を全国に広げた。
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 金堂地区最初の見学は、この弘誓寺からである。

この寺は、本願寺三世覚如上人の高弟で那須与一の孫の愚咄を開祖とし1290年に創建され、た五個荘金堂重要伝統的建造物群保存地区の中心的な存在となっている。
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現在のこの本堂は1753年に再建されたもので、重要文化財となっている。
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次に、近江商人屋敷として公開されている近江の生んだ作家として有名な外村繁邸を見学する。

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