最上川と「おくのほそ道」の旅 その8 養泉寺を歩く

養泉寺に到着である。

イメージ 1

 

寺の前に、奥の細道と白い字で書かれた標柱が立っていた。
門前の円弧を描いて北に廻り込む古道は、かつて大名が行列をつくった羽州街道。
これから右に曲がって養泉寺に入る。

イメージ 2

 

最初に山門が出迎えてくれる。
芭蕉は清風宅で3泊、残りの7泊はこの養泉寺に身を置いた。

イメージ 3

 

境内から山門を見るとこうなっている。
芭蕉が訪れた元禄2年は、養泉寺伽藍が大修理された翌年にあたり、院内にはまだ芳しい木の香りが漂っていたという。
奥羽山脈と出羽山地に挟まれた高温多湿の盆地にあって、高台に立地している養泉寺には最上川や丹生川からの涼風が吹き込み、芭蕉にとって旅の疲れを癒すに絶好の休み処となったという。

イメージ 4

 

山門の正面は観音堂である。
この寺は天台宗の寺で、江戸時代まで上野東叡山寛永寺直系の寺院として格式を誇り、ここの本尊は慈覚大師作の聖観世音菩薩である。
芭蕉は清風宅で3泊し、残りの7日は清風の計らいで養泉寺に身を置いた。
養泉寺の境内には、柴崎路水と鈴木素州が1762年に建てた、「涼しさを我宿にしてねまる也」の句碑がある。

イメージ 5

 

これが「涼し塚」である。
この句のほかにも芭蕉はこの尾花沢で
這出よ かひ屋が下の蟾(ひき)の声
眉掃きを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花
の2句を残している。

"最上川と「おくのほそ道」の旅 その8 養泉寺を歩く" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント