ジュンチャンと世界を巡る 第43回はバスク国

 これから、日本人が「南蛮」と呼んでいたスペインとポルトガルに入っていきますが、ジュンチャンはこの二つの国が、ひいきと言っていいほど好きな国です。  今回はその前座として、この両国にまたがるバスク国(スペインに認められている自治州で独立国家ではない。)を取り上げます。  この国はピレネー山中にあり、大人気の「フランス各地からピレネー…
コメント:0

続きを読むread more

「播磨と淡路のみち」 その20  播磨の小京都に到着

大石神社から、今夜の宿である龍野市の「片しぼ竹の宿 梅玉」へ向かった。 距離で23km、時間で45分程の場所である。 午後3時前には、「片しぼ竹の宿 梅玉」へ到着した。 「片しぼ竹の宿 梅玉」は、城下町龍野の脇坂藩筆頭家老屋敷跡に建つ、創業約100年余りの旅館である。 この宿に荷物を降ろして、日が暮れるまで時間が…
コメント:0

続きを読むread more

なるほど、The 中華料理

中華料理  多彩な技法や味のバラエティーを持ち、世界三大料理の一つに挙げられている。  ヨーロッパ全体に匹敵するほどの広大な国土を持ち、地理的、気候的条件が各地で大きく異なる中国では地方ごとに食材が異なり、また、漢民族に同化していった、もしくはかつて漢民族を支配した多彩な民族を基層としているため、その調理法や味付けも地域差が…
コメント:0

続きを読むread more

少年行  李白

    少年行  李白    五陵の年少 金市の東      銀鞍白馬 春風を度わたる         落花踏み尽くして      何れの処にか遊ぶ         笑って入る         胡姫の酒肆の中 五陵の遊侠の少年たちが、金市の東の盛り場で 銀の鞍をおいた白馬に…
コメント:0

続きを読むread more

越前と若狭の旅 その43 渤海国の使節のこと

西近江路を海津に向かって走っている。 この辺りは敦賀市追分で、もしかすると愛発関がこのあたりにあったのかもと思って、車を停めてしばらくあたりの風景を眺めた。 西近江路を更に走ること5分程、大津まで76km、京都まで89kmと書かれた道路標識が前方に見えて来た。 あと90kmもこの道を走れば京都である…
コメント:0

続きを読むread more

長江の旅 その2 南京にて(クイズ付き、ご回答ください!!)

  宋家三姉妹デス。最後に問題があります。  ↑     南京市は江蘇省の省都で、長江下流にあり、丘陵地が多く、緑豊かな歴史的古都で中国7大古都の一つともなっている。  史跡に恵まれており、いたるところ観光の要衝となっている。  特に有名なのは、明王朝の開祖「朱元璋」を葬る陸陵である『孝陵』と、近代…
コメント:0

続きを読むread more

岡倉天心 茶の本 第六章 芸術鑑賞 その2 花の過酷な運命(k)

 飢渇のほか何物もわれわれに対して真実なものはなく、われらみずからの煩悩のほか何物も神聖なものはない。  神社仏閣は、次から次へとわれらのまのあたり崩壊して来たが、ただ一つの祭壇、すなわちその上で至高の神へ香を焚たく「おのれ」という祭壇は永遠に保存せられている。  われらの神は偉いものだ。金銭がその予言者だ!  われらは神へ奉納す…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その10 能登島をドライブ

「須曽蝦夷穴古墳」から10分ほど走って、ひょっこり温泉に着いた。 ひょっこり温泉は、波静かな七尾湾にひょっこり浮かぶ能登島の中心部にある、日帰り天然温泉施設である。 約2,000平方メートルの建物には、サウナやジャグジーを備えた和風・洋風の大浴場があり、一週間交代で“男湯”と“女湯”が入れ替わるという。 し…
コメント:0

続きを読むread more

耽羅紀行(済州島の旅) その28 シュリの丘到達

  オルレ道を進んで行く。  ツアーの女性客たちが歓声を上げているので近づいていくと、グミが鈴なりになっている光景に出くわした。  そのうちの何名かの人達がグミを口に入れて食べていた。  「酸っぱいけど美味しい、あなたも食べてみたら・・・・」  僕も彼女たちに誘われ、グミを口に頬ばってみると、幸…
コメント:0

続きを読むread more

最上川と「おくのほそ道」の旅 その8 養泉寺を歩く

養泉寺に到着である。   寺の前に、奥の細道と白い字で書かれた標柱が立っていた。門前の円弧を描いて北に廻り込む古道は、かつて大名が行列をつくった羽州街道。これから右に曲がって養泉寺に入る。   最初に山門が出迎えてくれる。芭蕉は清風宅で3泊、残りの7泊はこの養泉寺に身を置いた。   境内から山門を見るとこう…
コメント:0

続きを読むread more

開高 健「オーパ!」アマゾンフィッシング紀行+河は眠らない から開高健の言葉

河は眠らない から開高健の言葉 森を歩いているとよくわかるけれども、 斧が入ったことがない、 人が入ったことがない森、 というのがそこらじゅうにいっぱいある。 それで土が露出していないで、 シダやらなんかに覆われているが、 草とも苔ともつかないもので森の床全部が覆われている。 それから風倒木が倒れてたおれっぱ…
コメント:0

続きを読むread more

人種とは、自然環境への人の適応形のこと

 人種(じんしゅ)とは、ヒト・人間を分類する用法の1つである。  現生するヒトは、遺伝的に極めて均質であり、種や亜種に値する差異も存在しない。  現代における「人種」とは、形質人類学や自然人類学などにおいて、身体の特徴を生物学的な相違に基づいて区分したヒトの集団のことで、汎地球的な分布をもつヒトの自然環境への地域的な適応形…
コメント:0

続きを読むread more

「播磨と淡路のみち」 その19 赤穂の大石神社へ 

昼食は、龍野市室津出張所の隣にあるみなと茶屋で済ませた。 この町には飲食スペースがないので、ここでは軽食しか食べることができない。 港を臨むところにテーブルと椅子が並んでいて、カレーやうどんやおにぎりができるので、カレーうどんとおにぎりを頼んでちょうど550円だった。 食事後、赤穂に向かった。 23km程の道のり…
コメント:0

続きを読むread more

「オホーツク街道」の旅 その8 稚内の北防波堤ドーム(きたぼうはていドーム)

 稚内では最初に、北防波堤ドーム(きたぼうはていドーム)に行った。  北防波堤ドーム(きたぼうはていドーム)は、北海道稚内市の稚内港にある大型の防波堤である。  高さ約14メートル、長さ427メートル、古代ギリシア建築を彷彿とさせる70本のエンタシス状の柱列群が斬新な印象である。  北海道大学を卒業して3年の26歳で、稚内築港事務所に…
コメント:0

続きを読むread more

越前と若狭の旅 その42 気比の松原から愛発関へ

朝食前に少しの時間ではあるが、敦賀市の景勝地である気比松原を散策したので、気比の松原を紹介してから竹野旅館を出発とする。 気比の松原には朝の6時半頃に付き、ここを20分程ほど散策した。 この松原は日本三大松原の一つとされ、1934年に国の名勝に指定されていている。 古くから景勝地として知られていて、万葉集や日本書紀…
コメント:0

続きを読むread more

甲州街道と佐久平みち その12 旧開智学校

旧開智学校に入ると、学芸員と思われる男性が、十数名ほどの観光客に向かって説明しているところだった。  旧開智学校については事前知識がまったくないので、ちょうどいい機会に遭遇できたと感謝しながら説明に耳を傾けた。  説明の男性は、今は重文になっているこの建物が今年中には国宝になる予定だと話し、それから国宝に格上…
コメント:0

続きを読むread more

2021年6月26日 続ワラビの季節 その3 ワラビ採りⅡ

 朝飯前に2カ所ほど釣り場を廻って、いつもの女川と藤沢川の出合いでタロウさん淵の見える場所で朝食とした。  ここは景色も良く、ここで落ち着いて食事をすると、渓流釣り場に来たんだなあという気持ちが自然に湧いてくる。  朝食は今回も、前回とほぼ同じメニューで、サンドイッチと納豆巻きと家から持参したトマトにバナナに、豚汁の味噌汁である。 以前…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その9 須曽蝦夷穴古墳にて

 須曽蝦夷穴古墳の駐車場に車を停めて、正面の道を歩いていく。 150m歩けば、須曽蝦夷穴古墳に到着である。 七尾市能登島須曽町に所在するこの古墳は、660年頃の古墳時代後期に造られた横穴式の方墳で、日本の古墳には例が少ない高句麗式の構造を備えている特徴がある。 今回の旅は、日本と朝鮮半島や大陸との交流の痕跡を求めての旅でも…
コメント:0

続きを読むread more

耽羅紀行(済州島の旅) その27 絶景のオルレ道で海女(ヘーニョ)に出会う

 オルレ道の途中で海の見える地点があったので、ヤンガイド一行は小休止となった。  ヤンガイドは僕らに「皆さん見えますか、あのオレンジ色の浮きのある場所に海女さんがいます。仕事してます。」と指差した。その方向へ、僕もビデオカメラを向けた。  この主にオレンジ色の四角の中に、海…
コメント:0

続きを読むread more

ジュンチャンと世界を巡る 第42回はリヒテンシュタイン

 今回も、ヨーロッパのミニ国家を取り上げます。  ミニ国家とは規模の非常に小さい主権国家のことで、極小国家、微小国家、マイクロステートなどともいいます。  今回取り上げるのは人口35000人くらいのリヒテンシュタインで、中央ヨーロッパに位置する立憲君主制国家となっていて、スイスとオーストリアに囲まれているため、「二重内陸国」(海…
コメント:0

続きを読むread more

思い出の中の川 第5回 仙見川

 第5回は仙見川である。 「どうせ人生歩くなら、旅するように人生を歩いてみたい」 とロシアを旅した学生の頃から思っていたが、その思いが実際に実現するのは、スバルレオーネツーリングワゴン1800STを手に入れた時からである。  この車を購入したのは昭和62年のこと、西暦で直せば1987年の7月のことだったと記憶している。  車の名もツーリ…
コメント:0

続きを読むread more

「播磨と淡路のみち」 その18 浄雲寺を歩く

浄雲寺は室津にある浄土宗知恩院の末寺で、法然上人霊跡の一つでもある。 遊女の元祖とされる友君や、「お夏清十郎」ゆかりの寺としても知られている。 寺のすぐ前まで歩いてきて、今まで歩いてきた道を振り返った。 どこにでもある細い道であるが、浄雲寺門前の道ということで、どこか清浄な空気に包まれている道である。 再び振り返って歩い…
コメント:0

続きを読むread more

奈良散歩 その74 旅の終わりは法起寺 

 法輪寺から法起寺までは600m余りで、歩いて行ける距離である。 レンタカーをスタートさせると、法起寺の駐車場まで1分ほどで到着したが、駐車場がごった返していて、適当な場所に車をとめるのに苦労した。 結局法輪寺から20分もかかって、午後1時37分に法起寺の門前に到着した。 法起寺は聖徳宗の寺院で、古くは岡本寺、池後寺(いけじりでら)とも…
コメント:0

続きを読むread more

『本格派 中国四川美人歌手 』 張靚穎(チャン・リャ...

『 中国の美人歌手 』 張靚穎(チャン・リャ...   張靚穎は、現在の中国本土で一番有名な実力派女性歌手。この映像は、2005年超人気オーディション番組『超級女声』に応募した張靚穎で、プロになる前の四川大学生20歳のころのリャンインです。予選参加者は15万人。このオーディションで第3位となっています。歌唱力では、確実に1位であっ…
コメント:0

続きを読むread more

江南の春  杜牧

  江南の春  杜牧            千里鶯啼いて緑紅に映ず    水村山郭 酒旗の風    南朝 四百八十はっしん寺    多少の楼台煙雨の中  当時の人が「江南」といったとき、連想するのは広い農村と古い都。広い農村の春には明るい晴れの天気が、古い都の春にはしっとりとした小雨がよく映る。南朝、特に梁の時代は仏教が盛…
コメント:0

続きを読むread more

越前と若狭の旅 その41 疋檀城跡見学後、敦賀の旅館へ

これから疋田集落にある歴史的旧跡である疋檀城跡に向かう。 疋壇城は室町時代の文明年間(1469〜1487年)に朝倉氏の部将・疋壇久保によって築かれた。 疋田の地は、柳ヶ瀬越・塩津越・海津越といった越前と近江を結ぶ道が集まる交通・軍事上の要衝であり、越前朝倉氏の最南端防衛拠点として築城されたものである。 疋壇城跡は疋…
コメント:0

続きを読むread more

長江の旅 その1 上海にて(クイズ付き、ご回答ください!!)

                   長江文明がもたらした稲作伝来の道 ↑ 安田喜憲氏の著書「長江文明の謎」によれば、長江文明は今から6千3百年前に誕生したという。 地球の寒冷化によるこの地域の乾燥化の中で、長江流域の人々は城塞を築きため池を作った。 稲作を守るために水のコントロールを始めたのである。都市型集落の成立であり、文明の誕生と…
コメント:0

続きを読むread more

岡倉天心 茶の本 第六章 芸術鑑賞 その1 花なくてどうして生きて行かれよう(k)

 春の東雲のふるえる薄明に、小鳥が木の間で、わけのありそうな調子でささやいている時、諸君は彼らがそのつれあいに花のことを語っているのだと感じたことはありませんか。 人間について見れば、花を観賞することはどうも恋愛の詩と時を同じくして起こっているようである。 無意識のゆえに麗しく、沈黙のために芳しい花の姿でなくて、どこに処女の心の解ける姿…
コメント:0

続きを読むread more

横山大観 無我

芸大一期生として新しい「日本画」というジャンルを拓いた大観の出世作。当時は藝大にはまだ、西洋画は無かった。無我とは悟りの境地。彼はそれを無邪気な子供にたとえている。「無我」とは仏教用語で「諸法無我」、大観はそれを幼児の天真爛漫の姿になぞらえた。現代風に言うとポニーテールのようなくわい頭の童子が奈良時代の夾纈(キョウケチ:古代染めの一…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その8 能登島ドライブの旅の始まり

 院内勅使塚古墳を見終えると、昼食のために七尾市街に戻った。 昼食は上地図の能登食祭市場である。 この市場の正式名称は七尾フィッシャーマンズ・ワーフ・能登食祭市場といい、七尾市の姉妹都市であるモントレーが位置するアメリカ合衆国カリフォルニア州の沿岸都市に多く見られる観光地「フィッシャーマンズワーフ(漁師の波止場の意味)」を参…
コメント:0

続きを読むread more

耽羅紀行(済州島の旅) その26 絶景のオルレ道の散策 

 昼食が終わると、午後1番目は赤字2のオルレ道の散策。  オルレ道の入口の済州ロッテホテルまでバスで向かった。  まるで王宮のような済州ロッテホテルに到着した。  この済州ロッテホテルはオールインなど数々の韓ドラのロケ地として使用されたホテルで、オールインを完全に1回ぶっ通しで視聴し、オールインのシナリオ集まで通販で購入し、この日のため…
コメント:0

続きを読むread more

最上川と「おくのほそ道」の旅 その7 尾花沢で芭蕉・清風歴史資料館を見学

午前中は尾花沢から大石田そして山寺へと進んでいくが、この3箇所は芭蕉がおくのほそ道で歩いた道でもある。山刀伐峠を越え、元禄2年(1689年)5月17日(新暦7月3日)、尾花沢にたどり着いた芭蕉は旧友鈴木清風を訪ねた。   季節は紅花の開花期となっており、紅花問屋を営む島田屋鈴木家は多忙を極めていた。僕も芭蕉の歩いた道を辿って鈴…
コメント:0

続きを読むread more

2021年6月26日 続ワラビの季節 その2 ワラビ採りⅠ

 「旅するように人生を生きていくスタイル」を支えてくれた我がスバルレガシーツーリングワゴンに乗って、6月26日(土)午前4時半前に我が家を出発、途中でいつものようにコンビニで朝・昼食を購入、釣具屋で餌のミミズを買って、女池インターから新新バイパス(新潟~新発田間)に乗り入れ、新発田インターで下車した。 自宅から60km程走って、午前6時…
コメント:0

続きを読むread more

「播磨と淡路のみち」 その17 賀茂神社に行く 

少し歩いていくと、龍野市室津出張所があり、隣にみなと茶屋というこの施設を利用した喫茶・軽食休憩スペースがあった。 この右手の建物であるが、昼食にここを利用することにして、そのまま前に向かって歩いていく。 しばらく歩くと、右手に「本陣 薩摩屋跡」の石柱が建っていた。 時の流れに押し流されて、建物自体は撤去されたが、こ…
コメント:0

続きを読むread more

奈良散歩 その73 法輪寺

 法隆寺のある斑鳩の里エリアでは、法隆寺と中宮寺と藤ノ木古墳と法輪寺と法起寺を見る予定としていた。 今回の旅である「奈良散歩」はこの斑鳩の里エリアで終わることになる。 残る寺は、赤☆印の位置の法輪寺と青☆印の位置の法起寺で、まず法輪寺から巡る。 藤ノ木古墳から法輪寺までは3㎞程、午後1時頃には寺に到着した。 法輪寺は、三井寺(みいでら)…
コメント:0

続きを読むread more

「オホーツク街道」の旅 その7 イトウ釣りの初日

 今日の旅、6月26日(火)の旅の日程は以下のとおり。  去年の9月にも稚内に来たのだが、その時は台風15号に追われてのまことに不遇な旅だったので、見落とした場所が沢山出来た。  今年の旅はそれを補いながらの「オホーツク街道」の旅となる。  今日からの旅が事実上のスタートとなる旅で、昨日の鰊(ニシン)街道の旅は前座の旅。  去年も泊っ…
コメント:0

続きを読むread more