能登(日本道)への道 その38  最果ての禄剛埼灯台にたどりつく

 ほぼ2時間かかって、禄剛埼灯台にたどり着いた。  「さいはてにて」のロケ地などを色々見てくればもう1時間はかかっただろうが、夕方までに七尾の宿泊ホテルに着くには、今のペースが適当である。  このシーンは、350m程の禄剛埼までの登り道を振り返って見たところだが、勾配がきつくて息が切れ、何度も立ち止まって休んだ。  …
コメント:0

続きを読むread more

開高健と生きる その8 無駄をおそれてはいけない

無駄をおそれてはいけないし無駄を軽蔑してはいけない。何が無駄で何が無駄でないかは誰にもわからない。 By 開高健 神と自然は、何一つ無駄なことはしない。 By アリストテレス 神と自然の存在は、釣り師の人生を一喜一憂させる。 By ジュンチャン
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その54  豊川稲荷から清水谷公園へ

 高橋是清翁記念公園を出て、豊川稲荷東京別院へ向かった。  豊川稲荷東京別院は港区元赤坂にある曹洞宗の寺院で、豊川稲荷妙厳寺(愛知県豊川市)の唯一の直轄別院である。  この別院は、大岡越前守忠相が三河時代より豊川稲荷を信仰していたため、豊川稲荷から吒枳尼天(だきにてん)を勧請して屋敷稲荷として自邸で祀ったのを由来としている。 …
コメント:0

続きを読むread more

開高健と生きる その7 飲むのはつめたく 

飲むのはつめたく 寝るのは軟らかく 垂れるのはあたたかく(意味不明) By 開高健 経営者というものは、平時にあっては後方で采配を振るっていればよい。しかし、非常時には、みずから難局にあたって率先垂範するべきである。 By 松下幸之助 入れ食いはどの場所にもある。釣針を垂れて常に準備せよ。釣れないと思う場所は、実は釣れる…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その37 奥能登絶景街道をゆく 

 今日は能登半島の最北端最果ての地である禄剛埼灯台を目指し、それから能登半島の東海岸を南下して七尾に向かい、そこで泊まる計画である。  まず、新橋旅館から47km時間にして1時間ほどかかる、最北端最果ての地である禄剛埼灯台に向けて出発である。  この道は奥能登絶景街道と呼ばれていて、運転する者にとっては誘惑の多い魅力的な道で…
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その36 新橋旅館にて  

 今日の宿舎は、輪島川に架かる新橋近くに建っている新橋旅館である。  この旅館は一泊二食の6,640円で予約していたが、第一印象は値段相当の外観だった。  しかし、旅館の中に入ると館内全体が和紙のギャラリーとなっていて、和紙は輪島市三井で作られている仁行和紙を主に使っているとのこと。  廊下には棟方志功を思わせる…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その53  高橋是清翁記念公園にて

 時間が昼過ぎとなったので、近くの青山Vダックで昼食とした。  食べたのは900円のこの牛肉スタミナランチで、中に入っていた「もやし」がしゃきしゃきして、とても歯触りが良かった。  昼食後、赤坂散歩は高橋是清翁記念公園から豊川稲荷東京別院へと続いて行く。  まず、高橋是清翁記念公園に向かった。  ここは第20代日本国…
コメント:0

続きを読むread more

釣り師ジュンチャンと一緒に日本一周の旅に出よう 今日は島根県(^^)

 島根県といえば、出雲大社、宍道湖などが有名ですが 、ここは釣り師にとっては興味深い県で、松江市には「怪談」の小泉八雲(ラフガデオ・ハーン)が住んでいて 、彼は松江の士族の娘と結婚していましたが、彼の書いた怪談は、今読んでもワクワクします。  食もスゴくて、宍道湖には7珍があります。  「スズキ、モロゲエビ、ウナギ、アマサギ、…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その52 乃木坂散策

 本氷川坂から赤坂小学校に向かった。  ここに大岡忠相邸があったが、その痕跡を探そうと学校の周囲を探索したが、何も見つからなかったので、諦めて乃木坂に向かった。  乃木坂は、乃木神社や乃木邸の前の坂で、乃木神社の創建に合わせてその名称がつけられたということである。  実際の乃木坂は、こんな坂である。  名称のも…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その51 氷川神社から旧海舟邸まで

 浄土真宗髙田派三寺に別れを告げ、氷川神社に向かって歩いて行く。  氷川神社へは、南部坂を通って行った。  南部坂は赤坂二丁目と六本木二丁目の境界を、アメリカ大使館宿舎わきを西北に上り、左折してさらに氷川神社のほうに上る坂である。   坂の名称は、江戸時代初期に近隣の氷川神社の辺りに南部家中屋敷があったことに因むが、こ…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その50 浄土真宗髙田派三寺を訪問

 司馬遼太郎の「街道をゆく 赤坂散歩」を参考書として、浄土真宗髙田派三寺をこれから訪問する。  最初の寺は正福寺で、門には三つ葉葵の家紋がある。  正福寺の山号は櫻田山といい、光教院休傳法師が開基となり影正庵として創建し、1726年に現寺号に改めたという。  赤坂散歩を読むと、「一番初めに江戸人というものができたとすれ…
コメント:0

続きを読むread more

春望

 国の都の長安は戦争で破壊されてしまったが、山や河は昔のままである。  町にも春が来て、草木は深く生い茂っている。  このような戦乱の時世を思えば、花を見ても涙が落ちる。  家族との別れを悲しんでは、鳥の鳴き声を聞いても心が痛む。  戦乱ののろし火は、もう何ヶ月も続いていて、家族からの手紙は万…
コメント:0

続きを読むread more

開高健と生きる その5 入ってきて人生と叫ぶ

入ってきて人生と叫び 出て行って死と叫ぶ。 By 開高健 どこで死に襲われようと、我々の戦いの雄叫びが誰かの耳に届き、我々の武器を取るために別の手が差し出され、他の人たちが立ち上がるのなら、喜んで死を受け入れよう。 By チェ・ゲバラ 入ってきて釣りと叫び 出て行っても釣りと叫ぶ。 By ジュンチャン
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その49  赤坂散歩の始まり

 この日の夕食は、慶応大学医学部前の通りで営業している食堂で済ました。  食堂はこの黄四角の部分にあり、宿泊している外苑ホテルからも近い便利な食堂で、ここで1080円の広島牡蠣定食+納豆を食べた。  翌8月2日(火)は曇り時々雨の天気となった。  今日は、上の日程で赤坂を散歩する計画である、  いつもの外苑ホテルの朝…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その48 神田古書店街を散策

 食事が終わっても、依然として雨の降り止む気配がなかったので、午後に予定していた計画を取りやめ、神田の古書店街の散策にとどめた。  神田古書店街は、主に東京都千代田区神田神保町にある古書店などが密集している場所の総称で、1880年代にこの地域に相次いで創立された法律学校、明治法律学校(明治大学)、英吉利法律学校(中央大学)、日本法律学…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その47 大学発祥の地を歩く

 一ツ橋徳川家屋敷跡を後に、一ツ橋を渡って北に向かって歩いていくと、いろんな学校の発祥の地碑が建っている界隈となる。  この辺りは、東京の学問の発祥の地の一つでもある。  まず、東京外国語大学の前身である東京外国語学校の発祥の地碑があった。  そのすぐ隣に、新島襄先生生誕の地碑とその説明板が立っていた。 …
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その46 玄武館跡から一橋家跡まで

 お玉ヶ池種痘所の次に、千葉周作の道場である玄武館があった場所に行ってみた。  玄武館があった場所は千桜小学校が建っていたが、今は廃校となっているという。  この地図を目当てに、交番の方にも聞いたりして、何とか玄武館があった場所に辿り着いた。  この場所は2014年10月末日以降建設工事中で、このフェンスの中に玄武館が…
コメント:0

続きを読むread more

ネットで拾った、ほんとは笑えない話 「アレェ!?ねぇぞォ?」など

ネットで拾った、ほんとは笑えない話 その1 酔っぱらいも遠くで見てるぶんには面白いのもいるんだけどね。 駅のトイレで用を足そうとしてた酔っぱらいのオッサン。 チャックを開けてゴソゴソしながら 「アレェ!?ねぇぞォ?」 そんなはずあるか。よく探せ。 その2 オレが高校生の頃、一人で王将でメシ食ってたら、横で明…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その45 神田於玉が池を散策

 そして、翌朝となった。  今日も朝食は、クリームパンとゆで卵とヨーグルトとコーヒーの簡素な食事である。  今日の日程であるが、司馬遼太郎の「街道をゆく 神田界隈」に沿って、神田界隈で取上げられた場所を中心に散策していく予定である。  まず、宿泊駅の信濃町から中央線に乗り、神田で降車し於玉ヶ池(おたまがいけ)跡を目指し…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その44 引き続き、神田駿河台を散策

 食事後、まず中央大学駿河台記念館に立ち寄った。  中央大学は、現在は東京都八王子市に本部を置いているが、1926年から1978年の多摩移転までは、この駿河台記念館の建てられている場所にあった。  記念館は、1985年の中央大学創立100周年記念事業の一環としてその跡地に造られた施設。  学校の沿革だが、1885年に増…
コメント:0

続きを読むread more

ネクラーソフ「赤鼻の酷寒(マロース)」抜粋 その4 

《みるがいい、若い女よ、もっと大胆に 酷寒(マロース)の主がどんなものだか! このわしのように 若者よりも一層力強く、美しい者を おまえは一度でも見ることがあったか? 吹雪も 雪も、また霧も いつも酷寒にはへりくだっている 八重の潮路の大海に行き── そこに氷の宮殿(みや)をたてよう。 わしはおもいきめたの…
コメント:0

続きを読むread more

釣り師ジュンチャンと一緒に日本一周の旅に出よう 今日は鳥取県(^^)

 日本一周の旅 今日は鳥取県(^^)!  鳥取と言えば最初に鳥取砂丘、それから大山、三朝温泉、皆生温泉、二十世紀梨、松葉ガニなどが思い浮かびます。  鳥取県は、昔は因幡の国と伯耆の国に分かれていましたが、因幡の国を去年の夏に旅した時のことが、釣り師の思い出の中に強く残っています。  因幡国庁跡の近くにまんまるとした…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その43 神田駿河台を散策

 午前中時間が残ったので、東京物理学校跡、東京法学院跡、日経新聞社跡、岡書院跡など、司馬遼太郎の「神田界隈」で書かれていた場所を探したが、痕跡すら見当たらなかった。  僕の歩いている東京は、司馬遼太郎がここを歩いた頃からもう25年程も経過している。  現在地の神田小川町から、学生の街となっている神田駿河台の方角へ向かって…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その42 神田明神にて

 湯島聖堂を見終え、神田明神に向かった。  神田明神の正式名称は神田神社で、東京の中心の神田、日本橋、秋葉原、大手丸の内、旧神田市場、築地魚市場の108町会の総氏神様である。  この、神田明神鳥居をくぐり抜けて神社内に入っていく。  神社社伝によると、730年に出雲氏族で大己貴命の子孫・真神田臣(まかんだおみ)により武…
コメント:0

続きを読むread more

開高健と生きる その3 朝露の一滴にも

朝露の一滴にも天と地が映っている。            by 開高健                   一滴の水滴にも天と地が含まれている            by ブレーク 水道の一滴にも微量の塩素が含まれている。            by ジュンチャン
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その41 大成殿を見学

 斯文会館に入ってみた。  ここでは生涯学習が行われていて、斯文会文化講座という名で様々な講座が開講されており、大勢の一般市民の方々がそれぞれの申し込んだ講座を受講していた。  講座の内容を見ると、中国の古典と漢詩の講座が目立った。  僕も漢詩は好きで、暇な折は気に入った漢詩を読んでは中国の古代に思いを馳せたりすることもあるの…
コメント:0

続きを読むread more

東京散歩Ⅱ その40 聖橋から湯島聖堂へ

 聖橋の上から秋葉原の方角を眺めているが、橋の下を流れている川が神田川である。  神田川は東京都を流れる一級河川で荒川水系の支流である。  この川を有名にしたのは、フォークグループかぐや姫の曲である神田川で、僕もこの川を眺めているとこの歌を口ずさみたくなる。  神田川の元の名前は平川といい、現在の日本橋川の分流点付近から南流…
コメント:0

続きを読むread more

香炉峰の雪(例の清少納言の・・・) 白居易

日高睡足猶慵起 小閣重衾不怕寒 遺愛寺鐘欹枕聽 香爐峰雪撥簾看 匡廬便是逃名地 司馬仍爲送老官 心泰身寧是歸處 故郷何獨在長安 (読み) 日高く睡り足るも、なお起くるにものうし 小閣にしとねを重ねて寒さをおそれず 遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き 香爐峰の雪は簾をかかげてみる 匡廬(きょうろ)はすなわちこれ名を逃るる…
コメント:0

続きを読むread more