津軽街道をゆく(2013年の旅) その11 太宰の宿「ふかうら文学館」にて

深浦町の散策の次の目的地は秋田屋旅館である。秋田屋旅館は、今はふかうら文学館として一般公開されている。 文学館へ向かって、太宰が「何かあきらめた、底落ち着きに落ち着いている」とその印象を書いていた深浦町の1本路を歩いていく。落ち着いてはいるが、前に歩いたことがあるような懐かしさを感じさせてくれる静かな北のまほろばの湊街であ…
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近江街道をゆく その29 彦根城下を散策

ガイドと別れ、これから城下町を散策ということになるが、まず赤字1の四番町スクェアで昼食、それから赤字2、3、4の順に街を廻る。 四番町スクェアは彦根市場商店街が前身で、商店街の再開発を策定し、大正時代の町並みをイメージした商店街が2006年5月に完成したのである。 こんな看板が出ている街の中に入っていく。 この街の…
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金沢紀行 その3 「金沢文芸館」にて 

次に歩いたのは、兼六園の北東に位置する浅野川の両岸である。 具体的には、浅野川左岸の浅野川大橋付近の「主計町茶屋街」と、浅野川右岸の浅野川大橋から梅の橋までの広がりを持つ「ひがし茶屋街」である。 まず、「主計町茶屋街」近くの「泉鏡花記念館」に入った。 記念館は、泉鏡花の生家跡(生家は明治時代の火災により焼失)に建つ…
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歴史・地理雑学 日本という呼称の起源について

 言語の歴史は人類の起源ほどにはわかっていないらしいが、人類の移動・拡散に伴ってどんどん数を増やしていった言語の数は、かって1万種以上もあったということだ。  それが文化のグローバリゼーション(地球規模の文化の均一化)によって、現在は6千語くらいしか話されていないという。  その言語を語族として分類すると大まかに20くらいの…
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2018年 幻の40cmオーバーを撮り損ねた その1

 このところ、毎年4月1日の荒川水系の解禁日には関川村女川の支流のA沢に出かけている。 関川村の女川では合計17匹の尺岩魚を釣りあげているが、その中の15匹はA沢(いろいろと支障があるので匿名で)である。  「最長尺岩魚36cm」を釣り上げたのもこのA沢である。  解禁日の今日の風景であるが、霊峰「光兎山」には山名由来となっ…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その8  箱館戦争(旧幕府軍、蝦夷地制圧)

蝦夷地は幕藩体制下では「異域」とされ異国に等しい存在であったため、日本の版図としては認識されていなかった。 一連のロシア南下の脅威により、幕府内ではこれまでの「蝦夷地=異域」という見方から、蝦夷地は「日本の一部」であり早急に移民を送り込んで開拓を行ない蝦夷地の内国化を図る必要があると、はじめて認識されるようになった。 幕府は…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その26 建長寺の仏殿などを見学

三門の次は仏殿である。 この仏殿も重要文化財で、寄棟造となっており単層裳階が付いている。 もとは芝(東京都港区)の増上寺にあった徳川秀忠夫人崇源院の霊屋で、建て替えに際して1647年に建長寺に移築譲渡された。 仏殿の中に入ると、釈迦仏の本尊が多い禅寺としては珍しく、地蔵菩薩像(室町時代の作、像高2.4メートル)が本尊として…
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ジュンチャンと世界を巡る 第62回はニカラグア

 今は憧れの中央アメリカに来ています。  中学生に地理の時間の前に遊んでいた、「グアテマラ、ニカラグア、ホンジュラス、コスタリカ、エルサルバドル、パナマ」という国々が登場しています。  今回は、ニカラグア(国名はニカラグアの地に勢力を保っていた先住民の一つ、ニキラノ族の首長ニカラオがその由来)です。  ニカラグアは…
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木曽川への旅(2008年の旅) その12 南木曽町(なぎそまち)の桃介橋を見学 

木曽川の旅、2日目の9月12日(金)の日程は以下のとおりである。 藪原から妻籠までは案外近く、寄り道しないで行くと1時間で付ける距離で、途中の名勝・史跡等には目もくれず、南木曽町(なぎそまち)を目指した。 南木曽町では馬籠〜妻籠間の8kmを踏破することをメーンに妻籠宿や馬籠宿をしっかり見て回ることが最大の目的。 その他に、前泊…
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東京散歩Ⅱ その17 「寅さん記念館」で寅さんと会う

帝釈堂を出て、これから「寅さん記念館」に向かう。 ここは葛飾柴又の旅で最も楽しみにしていた場所で、ここで寅さんの世界にゆっくり浸りきりたかった。 歩いて5分ほどで「寅さん記念館」に到着した。 撮影セット「柴又帝釈天参道」で、寅さんの少年時代から故郷の柴又へ帰ってくるまでの物語を聞きながら、帝釈天参道のセットの中を歩いて…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その10 円覚寺薬師堂を訪れる

それでは、深浦町の散策である。   赤地に白文字で表記された箇所が、深浦で太宰治が訪れた場所である。円覚寺、料亭二葉、秋田屋旅館、元郵便局、海辺、元灯台である。 まず、円覚寺である。太宰は円覚寺訪問をこう書いている。駅から真っ直ぐに一本道をとおって、町のはずれに、円覚寺の仁王門がある。この寺の薬師堂は、国宝に指定されているという…
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近江街道をゆく その28 絶景の彦根城と玄宮園をゆく

これから天守を下って、第四代彦根藩主井伊直興によって造営された江戸時代の大名庭園である玄宮園に向かって歩いていく。 その途中でガイドが立ち止まって、要所要所の見所を説明していく。 ここが、先ほど天守から説明のあった搦手門(からめてもん)である。 実際に門があった当時は、ここを人一人がやっと通り抜けて城から脱出していったのだろう。 …
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その5 ハルツーム

   青ナイルのほとりで  ナイル河の旅、アブシンベルを南下すれば、そこはスーダンの国となる。  「スーダン」、アラビア語で「黒い人」を意味する。もともとスーダンは西アフリカから東アフリカに至るまでのサハラ砂漠以南の広い地域を指す地域名称。  現在のスーダンは、歴史的には東スーダンと呼ばれた地域。  人口…
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原体剣舞連(はらたいけんばいれん) 宮沢賢治の詩

原体剣舞連(はらたいけんばいれん)            (mental sketch modified)    この詩は、賢治が1922年8月30日から31日にかけ種山ヶ原に地質調査に出かけたおり、下山途中で田原村原体(現・奥州市江刺区田原)で見た民俗芸能・原体剣舞を見たことが元になり、『春と修羅』に「原体剣舞連(…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その6 北上川 NO1  宮沢賢治の「雨にも負けず・・・」 

 2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」十数名と出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、2…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その7 歴史発見ゾーンで五稜郭と箱館奉行所の歴史を学ぶ

渡り廊下を渡りきると、見学場所は歴史発見ゾーンとなった。 ここには、箱館奉行所の役割や五稜郭のこと、箱館戦争のことなどが詳しく展示資料で説明されていた。 ここでの資料を参考にしながら、箱館奉行所や戊辰戦争最後の戦争である箱館戦争のことなどについて記していきたい。 まず箱館奉行所だが、江戸時代後期になって新たに設けられた江戸幕府の役…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その25 鎌倉五山別館で昼食後、建長寺を見学

お昼を過ぎたので、建長寺の前にある鎌倉五山別館で昼食とした。 建長寺はけんちん汁が生まれた寺であり、この店では看板メニューがけんちん汁となっていた。 食べたのはけんちん汁と山菜ご飯がセットされているけんちんセットで値段は1,250円、  サッポロ黒ラベル中瓶が500円で、合わせて1,750円の豪華な昼食となった。  …
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最上川と「おくのほそ道」の旅 その27 春日山林泉寺で墓巡り

春日山林泉寺は、ほぼ墓巡りだけである。 ここで一番目に付くのが、直江兼続と妻お船の墓である。 直江兼続は40歳から20年間を米沢でお船と過ごした。 米沢は壮年からの、兼続が人生の最も充実した時期を過ごし、その足跡を最も多く残した土地である。 直江兼続は主君の命により名門直江家の婿となったが、妻となったお船は再婚で…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その4 僕の青春の旅はSFから始まる!!

オムカレーの朝食後,道の駅「いいで」を出発し,南陽市で国道113号線から国道13号線に入った。山形市に入ってすぐに渋滞がしばらく続いたが,そう長い渋滞でもなく,山形蔵王インターチェンジから高速道路「山形自動車道」に乗り入れた。カーナビシステムは非常に便利で,目的地を入力するとそこまでの最短距離と時間が表示され,その指示に従って走っていけ…
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木曽川への旅(2008年の旅) その11 駅前旅館の井筒屋旅館で夕食タイム 

宿に帰ると、時間は午後6時に近かった。 風呂に入り、しばらくすると夕食が出た。 岩魚の味噌かけ塩焼き、マグロの赤みの刺身、ミョウガの酢の物、鶏肉とキノコの一品、ソバ、キュウリの漬物、サヤエンドウと一緒の黄色い食材は不明。 これらをアサヒスーパードライと共に美味しくいただいた。 1泊2食付きで7,500円で予約したが、ビールの追加…
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東京散歩Ⅱ その16  帝釈天を歩く

昼飯を食べ少し歩くと、柴又帝釈天が見えてきた。 寺の正式名称は経栄山題経寺である。 なお、帝釈天は本来の意味では仏教の守護神である天部の一つを指すが、地元では、題経寺の略称として用いられることが多い。 ではさっそく、1896年に建立されたというこの二天門から入っていく。 初層の左右には四天王のうちの増長天および広…
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「オホーツク街道」の旅 その27 植物研究家の米原ふさ子さんに案内されてオムサロ遺跡を見学

 オムサロ原生花園の国道を挟んだ反対側に、北海道指定史跡「オムサロ台地竪穴群」の一画に整備されているオムサロ遺跡公園がある。  標高10mから15mのオムサロ台地には、縄文早期から続縄文、オホーツク文化、擦文、そしてアイヌ時代と、各時代の生活の痕跡が途切れることなく残っており、その期間は何と約1万年と考えられている。  公園内に入る坂…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その9 深浦の かまど屋でそばを食う

深浦には昼頃に到着した。まず、飯を食べ、それから深浦の街を歩こうと考えた。真言宗のお寺である円覚寺(えんがくじ)の前の広いスペースに車を停めた。 適当な食堂を探したが見当たらなかったので、車を停めた円覚寺前に戻って来た。円覚寺前には「かまど屋」というそば屋があった。 最初目に付いた食堂で、結局昼食となった。無…
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近江街道をゆく その27 天守にて

天守に入り、天守から北の方角を眺めた。 森の向こうの広大な平原は、城の建てられた当時は琵琶湖の内海だった。 遥か向こうに山脈がありその一部が途切れているが、琵琶湖から途切れている場所を抜けて帆かけ舟が城に入ってきて、お殿様はその光景が大好きだったという。 そういえば司馬遼太郎は「街道をゆく 近江散歩」の中で、中学生の頃に安…
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金沢紀行 その2 兼六の園を歩く

ところで、兼六園とは「宏大」「幽邃(ゆうすい)」「人力」「蒼古」「水泉」「眺望」の六勝を兼ね備えているという理由でつけられた名である。 この六勝を共存させるのは難しく、宋の時代の書物「洛陽名園記」(北宋の済南の詩人、李格非が撰じた、洛陽の19の名園の紹介文)の中では湖園のみがこの六つの景観が共存していると記されている。 兼六園は洛陽…
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2018年渓流釣り場の下見 その2

関川村の春はまだまだ、従って本格的な渓流釣りのシーズンもこれから一月後となる。  女川の様子はある程度わかったので、今度は藤沢川を最上流の田麦集落まで上がって、イワナ釣場の現状の確認もしてみることにした。  これは藤沢川中流域の中束(なかまるけ)集落にある中束橋上からの藤沢川上流の景色であるが、春満開の頃とは違って華やかさやカラ…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その6 箱館奉行所を見学

五番目の見学場所は、メインとなる箱館奉行所である。 函館奉行所の歴史は、北海道の近世から近代へかけての歴史でもある。 まず奉行所の見学を先に始め、それからじょじょに函館奉行所の歴史に入って行く。  これが再現された函館奉行所である。 では、箱館奉行所に入っていく。  玄関には、日本語(ローマ字と漢字)と英語とハングル語…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その24 長寿禅寺に立ち寄り亀ヶ谷坂切通しを歩く

明月院の次に、予定になかった長寿禅寺に立ち寄った。 この寺は臨済宗建長寺塔頭寺院で、いただいたパンフレットによると、1336年に足利尊氏邸跡に創建され、諸山第一位の列に定められた。 尊氏没後、初代鎌倉公方足利基氏が父尊氏の菩提を弔うために七堂伽藍を備えた堂宇を建立した。 足利尊氏ゆかりの寺ということで、庭も建物もな…
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ジュンチャンと世界を巡る 第61回はエルサルバドル

 今は憧れの中央アメリカに来ています。  中学生の頃、地理の時間の前に遊んでいた、「グアテマラ、ニカラグア、ホンジュラス、コスタリカ、エルサルバドル、パナマ」という国々が登場しています。  今回は、エルサルバドル(スペイン語で救世主を意味する)です。  エルサルバドルは、中央アメリカ中部に位置するラテンアメリカの共和…
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木曽川への旅(2008年の旅) その10 「野麦街道」、そして鰤(ぶり)街道

そして、「ああ野麦峠」で有名な「野麦街道」である。 野麦街道は飛騨高山と松本を結ぶ道で、江戸時代、飛騨から江戸への最短距離であったため盛んに使われたが、主な道は梓川右岸を通る山道と、中山道藪原から境峠を越える本道の二本のルート。 梓川右岸を通る山道が黄線の道、現在はこの道が野麦街道として整備されている。 中山道藪原から境峠を越…
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東京散歩Ⅱ その15 柴又の街を歩く

柴又の街は最初から楽しそうである。 洒落のわかる方のお土産に、金のうんこという土産物まであった。 柴又橋を渡って、のんびりしながらも拡張のある柴又の街を歩いていく。 しばらく歩くと、帝釈天参道の表示版が天井に掲げられていて、どうやらここが柴又帝釈天へと続く参道の入口のようである。 参道を歩いて10分程で、どこから…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その8 深浦まで

黄金崎不老不死温泉の次は深浦である。五能線の「18ウェスパ椿山駅」から車で5分のところにある温泉から深浦までは、五能線で「19艫作駅(へなしえき)」、「20横磯駅(よこいそえき)」、「21深浦駅(ふかうらえき)」となり、三つ目の駅となる。 ここからは、津軽人「太宰治」が、僕の旅に加わることになる。太宰治はあまりに有名な小説家なので、彼…
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近江街道をゆく その26 彦根城天守に立つ

ガイドと楽しくブラタモリ風に見学しているうちに、目指す天守が近くなってきた。 ただ、なかなか目指す天守は目の前に現れてこない。 こんな坂がけっこうだらだらと続いていく。 ガイドはこの坂を左に曲がって、先ほど見た天秤櫓の中に入った。 ここでも、ガイドは天秤櫓についていろいろと詳細に説明してくれたが、そのことはここで…
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