釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第10回はタイ

 タイは日本人には馴染みのある国で、江戸時代初期にはバンコク近郊のアユタヤに山田長政の築いた日本人町があり、当時は2000人ほどがここに住んでいたそうです。  アユタヤの他にチェンマイは日本で言えば京都のようなところで、ここの観光も人気スポットとなっています。  釣り師は少年の頃、観光旅行でタイを旅したことがありますが、…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その3 極楽寺坂切通しを歩く

鎌倉権五郎神社の見学を終え、江ノ電の踏切を渡って極楽寺坂切通しに向かった。 この力餅家の角の左手方向が極楽寺坂切通しである。 力餅家であるが、創業は元禄時代にさかのぼるという300年以上の伝統を誇る老舗で、柔らかい餅をこしあんでくるんだ力餅で知られる店である。 力餅は右目を射られながらも戦ったと伝わる鎌倉権五郎景政の怪力にちなんだ…
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奈良散歩 その13 東大寺ミュージアム 

  次に南大門の近くにある東大寺ミュージアムに入った。   この東大寺ミュージアムでは、展示室が第1室から第5室まであり、部屋ごとにテーマが設けられている。第1室のテーマは創建期の東大寺、第二室には重要文化財の千手観音菩薩立像などの仏像や、誕生釈迦、菩薩半跏像の彫刻、工芸品などがあり、メイン展示室となっている。 第3室は、奈良時代か…
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ふぁじゃんぐる こちご 화장을 고치고(化粧を直して)/WAX

赤字クリックです ↓http://youtu.be/HLkOqamTxL8 うよに なる ちゃじゃわ さらんまん なんぎご がん の우연히 날 찾아와 사랑만 남기고 간 너 偶然 私を訪ねてきて 愛だけを残していったあなたはるが じな みょってが ふるろど あむ そしっと おんぬんで하루가 지나 몇해가 흘러도 아무 소식도…
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東京散歩 その16 朱舜水と水戸藩の話 

 次に東大農学部校内にある朱舜水記念碑を見学である。  本郷の東京大学校内は加賀藩屋敷跡であったが、東大農学部校内は江戸時代は水戸藩の中屋敷があった場所である。  水戸藩上屋敷は、現在は後楽園スタジアムとその隣にある小石川後楽園(江戸時代初期に水戸徳川家の江戸上屋敷内につくられた築山泉水回遊式の大名庭園であり、現在は都立…
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世界最大の「独立した祖国を持たない民族」 クルド人

民族紛争はいろいろ世界各地に散らばって発生しているが、オスマントルコの崩壊によって生じた、クルド人問題から始めていく。 クルド人は世界最大の「独立した祖国を持たない民族」で、人口は約3000万。 居住地域はトルコとイラク、イラン、シリアの国境地帯。 彼らの祖先は紀元前8世紀にイラン高原でメディア王国を建国したイ…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その7 神々の地「エチオピアにて」

 クリスマスの巡礼 ラリベラ(野町和嘉写真集より)  青ナイル川(あおナイルがわ、英語:Blue Nile、アラビア語:النيل الأزرق(an-Nīl al-Āzraq))は、エチオピアのタナ湖に源を発する川で、スーダンのハルツームで白ナイル川と合流する。    タナ湖からハルツームまで流れる…
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CONVERSATION PEACE スティーヴィー・ワンダー

音楽あり、↓クリックです!! https://youtu.be/9bsKqTwEU7I  スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder, 本名:Stevland Hardaway Judkins, 1950年5月13日 - )はアメリカのミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー。歌のほか、様々な楽器を演奏するマ…
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甲州街道と佐久平みち その20 別所温泉安楽寺

 信濃国国分寺から別所温泉までは、距離にして13km程、30分程で到着の予定である。  別所温泉はネット情報では夕飯時に営業している店がほとんどないとうことだったので、別所温泉に探していく道中で今夜の晩飯を調達するためにコンビニを探し回っていて、結局見つけられなかった。  仕方なく、別所温泉駅構内にある観光案内所に立ち寄ったが、時間…
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Tyunnsanの韓のくにの旅その9 ガイドの周さんが話してた兵役とリストラの話

 2日目は430kmもの距離を駆け抜けるバスの旅となる。  ハンファ リゾート 龍仁(ヨンイン)で朝7時からバイキング方式の食事をとった後、ホテルを朝8時に出発した。  向かう先は丹陽、ホテルから約170kmの距離で時間は3時間程かかる予定だが、ガイドの周さんはこの距離を2時間半で行くと話した。  このマイクロバスは定員30名程だが…
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奴奈川姫の川「姫川」の源流で釣る その2

 荒神社の社を後ろから道なりに左廻りし、森を下っていくと姫川源流はそこにあった。  まさに案内書のとおり、源流は荒神社の境内の下から湧き出ていた。  今は渇水期なのだろうかそう水の勢いはなかったが、それでも湿地に生息する植物類の間から噴出すように流れ出ていた。  境内の上から若い女性グループが感嘆して、さかんにカメラのシャッタ…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その2 御霊神社に参拝

コミック「鎌倉ものがたり」は1980年代の鎌倉が舞台で、江ノ電やJR横須賀線はもちろん、「鳩サブレー」の豊後屋や、「梅花はんぺん」の井上蒲鉾店、「あがり羊羹」の北鎌倉・松花堂、小町通の喫茶店「門」など鎌倉でおなじみの店名が多数登場している。 一色正和の住まいは長谷1丁目となっているので、そこがどんな場所であるか気になったのでヤフーで検…
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奈良散歩 その13 東大寺ミュージアム 

  次に南大門の近くにある東大寺ミュージアムに入った。   この東大寺ミュージアムでは、展示室が第1室から第5室まであり、部屋ごとにテーマが設けられている。第1室のテーマは創建期の東大寺、第二室には重要文化財の千手観音菩薩立像などの仏像や、誕生釈迦、菩薩半跏像の彫刻、工芸品などがあり、メイン展示室となっている。 第3室は、奈良時代か…
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思い出の中の川 第7回 海府(笹川流れ)の小渓流 NO1

第7回は海府(笹川流れ)の小渓流である。平成21(2009)年から平成25(2013)年までの5年間、5月の連休の間に1泊2日の日程で、海府(笹川流れの)の小渓流へ釣りに出かけていた。 この時期はゆきしろが出て、どこの川も増水して釣りにならない。それで、山菜採りを兼ねて、海府(笹川流れ)の小渓流に釣りに行っていた。 宿泊したのは勝木の山…
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ある先輩

 「吠える犬は噛まない」と先輩は言った。  僕は安心して吠えている犬に手を出した。  犬は僕の手をしっかり噛んだ。  「先輩、噛まれたんですけど」僕は言った。  先輩は続けて言った。「少なくとも吠えている間は・・・・」  「最後まで君が話を聞かないからだ」  先輩はとどめをさした。
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東京散歩 その15 東大散策を終え、追分へ 

昼食後は並木道の中を、東大校内の雰囲気を楽しみながら正門へ向かって歩いた。 正門付近で歩いて来た道を振り返った。 安田講堂は遥か向こうにあり、それとともに東大も少しずつ僕の中から離れていく。 門をくぐって東大を出たが、今くぐり抜けた門が、東大総長時代の浜尾新が造らせた東大正門である。 赤門から入って、黄色線のように東…
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トルコ民族が中央アジアに残した言語そしてカラ(kara)

 トルコ民族はアルタイ山脈(モンゴル)の麓からアナトリア(トルコ)まで6000kmの大移動をした民族。  その移動の中で、そのまま中央アジアに住み着き、トルコ系の地名を多数残していった。  チェルク語での意味  アルタイ=金  天山南路の分岐点にあるトルファン=町  カザフスタンの旧都アルマアタ=りんご…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その6 スーダン南部

     牛と共生生活を送るディンカ族 ↑(問題は最後ダヨ、)  スーダンは現代アフリカの縮図であり、とりわけ南スーダンはその典型と言える。  それは、誰もが連想する貧困、飢餓、感染症による病死、少数民族の間で今も続く原始的な牧畜や農耕生活の風習、アニミズムと呼ばれる原始宗教による日々の暮らしぶりという意味であるが…
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旅人かへらず 西脇順三郎

旅人かへらず /1節(冒頭節)旅人は待てよこのかすかな泉に舌を濡らす前に考へよ人生の旅人汝もまた岩間からしみ出た水霊にすぎないこの考へる水も永劫には流れない永劫の或時にひからびるああかけすが鳴いてやかましい時々この水の中から花をかざした幻影の人が出る永遠の生命を求めるは夢流れ去る生命のせせらぎに思ひを捨て遂に永劫の断崖より落ちて消え失せ…
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甲州街道と佐久平みち その19-2 信濃国分寺

 上田城址跡を見たあと、今夜の宿である別所温泉へ行こうかと考えていたが、その前に信濃国国分寺に寄った。 信濃国国分寺までは距離にして4km程、時間にして10分程である。 上田市には信濃国の国府が設けられたと見られており、古代信濃国の中心地であった。当時の遺跡として信濃国分寺跡・信濃国分尼寺跡(合わせて信濃国分寺跡)が、国分寺の南方300…
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韓のくにの旅その8  ハンファ リゾート 龍仁(ヨンイン)で1泊目

 今夜の宿舎ハンファ リゾート 龍仁(ヨンイン)へは午後8時40分頃戻って来た。  竜仁ハンファリゾートは250室の客室と室内プールなどの付帯施設を備えており、しかもソウルの都心や空港から一時間距離にあるため、旅行ツアーなどでは気軽に宿泊できる施設として使われているようだ。  夜はホテルの写真を撮っていなかったので、午後4時半頃にここへ…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第9回はベトナム

 ベトナムというと、ベトナム戦争がすぐに思い浮かぶせいか、暗い印象の国というイメージになってしまいます。  現在、ベトナムは共産党の一党社会主義体制を採用しており、社会主義市場経済やネット検閲など中国と類似する政策を行なっているために「ミニ中国」と言われているそうです。  ベトナムは長い歴史の中で中国の歴代王朝から繰り返し支配…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その1 ものがたりの始まり

2015年11月5日(木)から11月12日(木)まで7泊8日で、古都鎌倉と、横須賀を基地として三浦半島を巡ってきた。  鎌倉に4泊し、横須賀に3泊した。 普段は車で釣り旅を中心に日本の国を気ままに旅しているので、今回のようなほぼ電車とバスだけの旅は初体験に近く、旅に出るまでいろいろと心配していた。 終わってみればそう心配するような…
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奈良散歩 その12 南大門まで歩く

 次に東大寺四月堂(三昧堂)である。 ここは二月堂や三月堂のある上院エリアの小さなお堂で、三月堂の向かいに位置する。  本来の名前は三昧堂だが、このお堂で毎年四月になると法華三昧会(ほっけさんまいえ)と呼ばれる法要が執り行われることから、四月堂という名で呼ばれるようになっていった。堂内にはかつて脚が短く独特の佇まいを見せる千手観音菩薩…
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東京散歩 その14 東京大学の核心部を見学その2

 次はCの安田講堂である。 安田講堂は、東京大学本郷キャンパスにある講堂で、正式には東京大学大講堂といい、 1968年の東大紛争では、全学共闘会議によって占拠され、その後長期にわたり大講堂は荒廃状態のまま閉鎖されていた。 1990年の大改修により、1991年より卒業式・学位記授与式が再び安田講堂で行われるようになった。 また…
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トルコ系民族とその大移動

 最近いろいろと話題になっているトルコであるが、今回はこのトルコの国の先祖であるトルコ系民族とその大移動にスポットを当てる。 トルコ系諸民族は古くから内陸アジアのアルタイ山脈周辺の草原の道(ステップ=ロード)で活動した騎馬遊牧民であり、中央アジアのトルキスタンに定住してからはイスラーム化して広くイスラーム世界に広がり、現在でも中央アジ…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その5 ハルツーム

   青ナイルのほとりで  ナイル河の旅、アブシンベルを南下すれば、そこはスーダンの国となる。  「スーダン」、アラビア語で「黒い人」を意味する。もともとスーダンは西アフリカから東アフリカに至るまでのサハラ砂漠以南の広い地域を指す地域名称。  現在のスーダンは、歴史的には東スーダンと呼ばれた地域。  人口の構…
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甲州街道と佐久平みち その19 上田城跡と真田氏 

 川中島古戦場から、次に上田城跡に向かった。  上田城跡まで距離にして30km程で、午前11時半頃には上田城跡駐車場に到着した。  ここから城内までは500m以上あり、ペットボトルの水を飲みながらとぼとぼと歩いた。 後でわかったことだが、レンタカーを停めた駐車場が適切でなく、真田神社の近くの駐車場に停めればこんなに歩くことはなかった…
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韓のくにの旅 その7  「本水原カルビ」で本格焼肉料理の夕食!!

 今日の宿舎は、水原から1時間ほどのところにある龍仁ハンファ・リゾート、水原からいったん宿舎に入り、午後5時半ホテルフロント集合で今日の夕食の場所となる水原の韓国100選レストラン「本水原(ポンスウォン)カルビ」に向かった。  市内中心部の八達区を中心に水原カルビの有名店が並んでいるが、本水原(ポンスウォン)カルビもその一つで、創業35…
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奴奈川姫の川「姫川」の源流で釣る その1

 姫川の源流で渓流釣りをする機会を持った。  姫川は河川総延長距離がたった58km、しかしその平均勾配は1000分の13ということで、まさに日本の川の典型のような短い急流の川である。  姫川は名前も美しい、その急峻な流れも美しい。  川の名前のルーツは古事記にまでさかのぼるが、古代、姫川下流の越(高志)の国に、奴奈川姫という才色兼…
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思い出の中の川 第6回 小川

 第6回は小川である。  大石川の本流に金俣集落を通り大石川に注ぐ支流が小川である。 この川はけっこう上流までいい釣り場が続くということだが、釣り師は堰堤までの黄線部分でしか釣ったことがない。 この小川で、2006年(平成18年)6月18日に27cmの山女と26cmの山女を釣り上げた。 27cmのこの山女は銀毛化していてパーマークが消え…
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能登(日本道)への道 その39  絶景の東海岸で旅を終える

黄☆印の金剛岬を出発した。  奥能登絶景街道に引き続き絶景となる東海岸を40分ほど走って、恋路海岸の見附島(軍艦島)に到着した。 見附島は自然が造り出した高さ約28mの無人島で、島の形が大きな軍艦のような形をしているところから、別名軍艦島とも呼ばれており、能登半島を象徴する景勝地として知られている。 軍艦島で小休止して、ここか…
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奈良散歩 その11 手向山八幡宮と三月堂 

十分に廬舎那仏や大仏殿を見た。   このあと、赤⇒の道を通って手向山八幡宮や三月堂、四月堂などを見ることにした。  その道中で、東塔院跡発掘調査中と書かれた遺跡発掘現場に出会った。ここは大仏殿で見た右側の塔の在った場所で、早ければ20年後に100mクラスの七重の塔が再建される場所のようである。東塔は東塔院とも呼ばれ、重厚な回廊が塔を…
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プル(pur)「集落・城塞を意味」が世界を駆け回った話

 インド・ヨーロッパ語族(印欧語族)のサンスクリット語は古典学術用語として栄えたラテン語・ギリシア語とともに「三大古典印欧語」と称される。     このサンスクリット語で「集落・城塞」を意味するプル(pur)という言葉がある。  今日はこのプル(pur)が世界を駆け回った話。     直接purに由来する地名は、インド、東…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その4 アスワン (難問付きです!!)

    ナイル河から見たアスワン市街  アスワン(Aswan)は、エジプト南部の都市でカイロの南899km、ナイル川の東流域に位置する。  市街地は、エジプトの国家の一大事業であったアスワン・ハイ・ダムとその前に建設されたアスワンダムの間にあり、 市内には、アガサ・クリスティが『ナイルに死す』を執筆し、その舞…
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東京散歩 その13 東京大学の核心部を見学 その1

これから東京大学の核心部を見学する。 Aの三四郎池、Bの浜尾新像、Cの安田講堂の順で見学し、赤星印の大講堂下の中央食堂で昼食である。まず、Aの三四郎池からである。1615年の大坂夏の陣の後、加賀藩前田家は幕府から現在の東京大学(本郷キャンパスの一部)およびその周辺地を賜った。 1629年4月、前田家3代藩主利常の時に徳川3代…
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