2020年6月30日  大石川釣行 第1ラウンド

6月3回目の釣行となる今回も、前回に引き続き大石川を釣る。前回同様午前5時頃に新潟の家を出て、コンビニで食料を買い、30km程の長さの新新バイパスを30分ほど走って、いつものように新発田から国道290号線に入った。15分ほど走ると、右折すれば胎内スキー場に行ける鼓岡の赤信号の信号機の下に、関川村旧女川集落の霊峰である「光兎山」が微かに見…
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サロベツ川の旅  その6 3回戦、最終戦も完敗

   3回戦は、サロベツ原野が舞台のイトウ釣りの最終戦。  兎に角台風15号の動向を見ながらの日程調整となっているので、今回のイトウ釣りは、赤③の開運橋が最後の舞台となった。  開運橋上からサロベツ川上流方向を眺めたが、川面に白い雲が浮かんでおり、いかにも大物イトウが潜んでいそうな気配。…
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ブラジルの笑い話 その36 ハエ 

客「おい、ウエイター。ちょっと来てくれ」 ウエイター「何です、旦那?」 客「これを見ろ。俺の頼んだスープでハエが泳いでいるじゃないか」 ウエイター「ああ、こんなの無視すればいいんですよ。ハエの奴、自分が泳げることを自慢してるだけですから」
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金沢紀行 その8 寺町寺院群から西茶屋街へ

加賀藩第三代藩主前田利常が事実上造り上げた寺町寺院群は70近くもある寺からなっている。 赤四角で囲った妙立寺を中心にこんなにあるので、全部回ることは1日がかりの仕事になってしまうので、黄四角で囲った三寺だけを見て回った。 まず、西方寺である。この寺は前田利家の六女菊姫の菩提寺…
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台湾紀行その13  鹿港見学 その1

 昼食後は青丸で囲まれた赤い2番の場所「鹿港」の見学である。  鹿港は台湾西岸の中間に位置し、清の統治時代には天然の良港として商業の中心地として発展した。鹿港一体は台湾原住民平埔族のうちパゼッヘ族の居住地だった。なお平埔族(へいほぞく)は、台湾原住民のうち西部の平野部に住む民族を指す総称である。  元々は、台湾の平野部全域に居住…
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「純情小曲集」より「旅上」(萩原朔太郎)

ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し せめては新しき背広をきて きままなる旅にいでてみん 汽車が山道をゆくとき みづいろの窓によりかかりて われひとりうれしきことをおもはむ 五月の朝のしののめ うら若草のもえいづる心まかせに
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能登(日本道)への道 その6 七尾城跡前で 

近くにいた人に聞いたら車で10分ほどでいけるという七尾城跡や城山展望台だが、レンタカーを完全に把握してないこともあり、理性が慎重に行動することを要求したので、今回は城跡へ行くのはやめて、懐古館や七尾城史資料館を見るにとどめた。 懐古館は旧飯田家の建物である。 約200年前に建てられた茅葺き民家で、戸を取り払うと大広間になる間取りも能…
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因幡と伯耆の旅 その7 宇倍神社散策

 10分程で宇部神社に到着した。  宇部神社は、因幡の国の一宮である。孝徳天皇大化4年(648年)の創建と伝えられ、延喜式では鳥取県で唯一の名神大社(延喜式神明帳に記載のされた神社の中でも重要とされ、特別の社格が与えられた神社。)となっている。 この鳥居をくぐってこれから社殿…
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ブラジルの笑い話 その35 右足 

老人が右足が痛いといって医者にかかった。 医者「うーん、検査の結果では特に異常はありませんね。」 老人「じゃあ、この痛みは何です?」 医者「まぁ、お歳のせいでしょう。」 老人「先生、いいかげんな診断は止めてくださいよ。」 医者「どうしてです?」 老人「だって先生、左足も同い歳ですよ」
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ナイル河の旅 その6 スーダン南部

     牛と共生生活を送るディンカ族 ↑(問題は最後ダヨ、) 音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405  スーダンは現代アフリカの縮図であり、とりわけ南スーダンはその典型と言える。  それは、誰もが連想する貧困、飢餓、感染症による病…
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サロベツ川の旅  その5  2回戦も敗退!!

2回戦は②のパンケ沼が舞台となる。   パンケ沼の概要だが、幌延町に位置し、面積は3.47km2、アイヌ語で「下にある沼」を意味する。(ペンケ沼はアイヌ語で「上にある沼」の意味)、海の一部が閉塞されてできた海跡湖で、沼とその周辺は泥炭地となっている。  天塩川河口域からの海水がサロベツ川を経由して流入するため汽水環境が保たれ、ヤマトシ…
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ブラジルの笑い話 その34 寿司

ジロー「なあ、入院してるおばあちゃんにお見舞いに何もっていく?」 サブロー「うーん、ばあちゃんの大好物の寿司がいいんじゃないか」 ジロー「寿司?おいおい、病人に寿司はないだろ。」 サブロー「なんで?この間見舞いした時も、食べたいって言っていたよ」 ジロー「馬鹿だなあ、寿司は生ものだからだめなんだよ」 サブロー「なんで生…
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金沢紀行 その7 金沢2泊3日の旅はまず忍者寺から

 これから、2017年5月22日(月)から2017年5月24日までの金沢の旅となる。 これは能登半島を旅した後に、北陸新幹線の開通2年後でますます賑わう金沢の町を2泊3日で旅した紀行である。  2泊3日の日程はこのようなものである。 金沢駅に到着するとすぐに北鉄バスの1日フリ…
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台湾紀行その12  台中での昼食は飲茶で

文武廟の見学を終えると、僕らのツアーは再び台中に戻り、そこで昼食となった。  阪急交通社の委託を受けてこの旅行のガイドを出している台湾の金品旅行社の専属ガイドの王さんは、ちょうど24名の僕らのツアーを8名ずつ3組に分けた。  数名のグループ参加から一人参加まで幅広い旅行参加形態なので、最初からこういう分け方をしてくれると旅行者も楽、特に…
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ブラジルの笑い話 その33 歯医者

母親が歯が痛くて泣き喚く子供を歯医者に連れて行った。 治療が終わって会計に呼ばれた。 「150レアルです」 子供の母親は驚いて言った。 「先生、確か1本治療するのに30レアルではなかったのですか」 「お母さん。確かにそうです。しかしあなたのお子様が泣き喚いたために、 治療中に待合室から4人の子供が治療も受けずに帰…
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能登(日本道)への道 その5 国守の印と、正倉を祀る印鑰(いんにゃく)神社を見学

印鑰神社の次に、30分ほどかけて能登国分寺跡に向かった。 この黄矢印の地点の能登国分寺公園内に能登国分寺跡がある。 まず能登国分寺展示館に入って、国分寺跡の概要を知り資料等をいただいた。 能登国分寺は、かつてこの地方を支配していた能登臣(のとのおみ)の一族が白鳳時代末に建てた大興寺を、843年に国分寺として昇格させたものである。 能…
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因幡と伯耆の旅 その6 因幡国庁跡を訪ねる

  身体も頭もすっきり回復して、この夜はぐっすり眠れた。 翌日の朝食も、ホテルで美味しくいただいた。 旅も3日目となったが、今日からはレンタカーを借りて3泊4日で鳥取県を旅することになる。 レンタカーの旅となったことでようやく因幡・伯耆の旅が楽しめそうである。 当初の計画も一部分変更した。 …
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ブラジルの笑い話 その32 死亡証明書

ある男が入院生活の末病院で亡くなった。 主治医「奥さん、このたびはご愁傷様です。それで大変お辛いところ申し訳ありませんが、こちらの死亡証明書にサインしていただけますか」 妻「・・・はい。」 主治医「奥さん、そこは私がお書きしますよ。そこは死因を書く欄ですので・・・」 妻「ハイ、だから先生の名前を書いているんです。」
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ガルシア・ロルカの『ジプシー歌集』から夢遊病者のロマンセ

ラテンアメリカは大航海時代のスペイン、ポルトガルに発見され植民地化されて今日に至っているので、良かれ悪しかれ、この両国の影響を今でも引きずっている国々がほとんどである。 この両国の好みがラテンアメリカ人気質にも反映して、ロルカはラテンアメリカ人には人気のある詩人である。 彼は、多芸の人で音楽家、ピアニスト、画家等も兼務し、その才能を発揮…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その5 ハルツーム

   青ナイルのほとりで  ナイル河の旅、アブシンベルを南下すれば、そこはスーダンの国となる。  「スーダン」、アラビア語で「黒い人」を意味する。もともとスーダンは西アフリカから東アフリカに至るまでのサハラ砂漠以南の広い地域を指す地域名称。  現在のスーダンは、歴史的には東スーダンと呼ばれた地域。 …
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サロベツ川の旅 その4  最初のキャスト!!

音類橋はサロベツ川下流部に架かる橋、釣り場案内の①のポイント。  このポイントを神様神川竜一にすがって釣る。  彼の初心者でも三日以内にイトウをキャッチする方法どおり、イトウにアタックする。  タックル装備は1. ロッド(1.7~1.9mのミディアムライト、ライト、ミディアムのロッド)     僕の場合は、2.7mミディアムのロッド …
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金沢紀行 その6 「ひがし茶屋街」と「にし茶屋街」を散策

「金沢しつらえ」で昼食を終え、店の外に出た。  店の入り口には、浴衣を着た二人の若い女性が店先で中をのぞき込んでいた。 僕の方はこれから「ひがし茶屋街」の散策である。 「ひがし茶屋街」の正式な地名は東山ひがしで、ここは重要伝統的建造物群保存地区となっている。 南北約130m…
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台湾紀行(動画) その1 日月潭

台湾紀行(動画) その1 日月潭     この旅は、「びっくり台湾ぐるり周遊5日間」と銘打ち、その旅の間に、台中、日月潭、鹿港、高雄、台東、花蓮、太魯閣、九フン、台北などを見て回る旅。 その最初の旅先は、台湾随一の景勝地日月潭 。 クリックです!! ↓http://www.youtube.com/watc…
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台湾紀行その11 文武廟を行く その3

そして最後が、「崇文」の館である大成殿(後殿)である。  ここは、武聖殿と大成殿(後殿)を繋ぐ階段で、この階段脇の画面中央に九頭の龍の彫刻がある。その階段を上がると大成殿である。  文武廟大成殿は全台で唯一正門を開いた孔子廟である(一般の孔子廟は平常閉まっている)。 ここの管理者によると、日頃から参拝客が多いため、出入りの安全…
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ブラジルの笑い話 その31 このスープ飲めない

ある男、スープを注文する。10分後、スープが運ばれてくる。 なにやら不機嫌そうな男、ボーイを呼び止める。 男「おい、ボーイ、このスープ飲めないよ。」 ボーイ「かしこまりました。料理長を呼んできます。」 男「おい、料理長、このスープ飲めないよ。」 料理長「かしこまりました。店長を呼んできます。」 男「おい、店長、こ…
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能登(日本道)への道 その4 石川県立七尾美術館で長谷川等伯展を見学

山の寺寺院群をさわりだけ散策して、これから石川県立七尾美術館に向かって歩いていく。   靴の調子も心配しながら、その後20分以上歩いて七尾美術館に到着した。 七尾美術館はドーム型の七つの屋根が特徴的な能登唯一の総合美術館で、能登にゆかりのある作品を中心に優れた作品を展示している。 春には、桃山時代に活躍した七尾出身の画家である長谷川…
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因幡と伯耆の旅 その5  馬の背の頂上制覇

砂丘で一番低いオアシスから砂丘で一番高い馬の背を目指して歩き始めた。思ったよりずっと砂丘は急傾斜で、身体を思いっきり前かがみにして一歩一歩足を踏ん張りながら砂丘を登っていく。 皆さん汗を流しながら頑張って登っている中で、一人だけ砂丘の坂を気持ちよさそうに駆け降りている男がいて、帰…
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2020年6月21日  大石川釣行 朝飯後に釣る

朝飯前に気分よく釣って、これから鮖谷橋の少し上流左岸で朝食とする。(D) メニューは、おかか入りのおにぎり1個、野菜ミックスサンドイッチ、自宅の冷蔵庫から持参したトマトとキュウイ、それに切り札のUCCコーヒーである。美味しく幸せにいただいた。この食事の最中、開高健が作品のなかでよく引用していた中国の古い諺(ことわざ)が浮かんできた。&n…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その4 アスワン (難問付きです!!)

    ナイル河から見たアスワン市街    アスワン(Aswan)は、エジプト南部の都市でカイロの南899km、ナイル川の東流域に位置する。  市街地は、エジプトの国家の一大事業であったアスワン・ハイ・ダムとその前に建設されたアスワンダムの間にあり、 市内には、アガサ・クリスティが『ナイルに死す』を執筆し、その舞台とな…
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サロベツ川の旅  その3 最初のポイントへ

 2011年9月20日(火)午前6時、天塩町のサンホテルを出発、初めてのイトウ釣りに出発した。  天塩川河口に架かる天塩河口大橋を渡り、ほぼ真北に位置するサロベツ原野を目指し、日本海沿いを北上する。  目指すはサロベツ原野南端に位置する音類橋である。  イトウ釣りは僕の夢の一つで、開高健がモンゴルで2年間に渡ってチャレンジした「モ…
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ブラジルの笑い話 その30 我慢

ハイキングに来ていた家族が山の中で道に迷い、歩き回っているうちにどんどん森の奥に入ってしまい、とうとう夜になってしまった。 子供が泣きながら「神様、助けて」と言うと、森の神様が現れて言った。 「お前たちの望みを一つだけ叶えてやろう」 すると父親がすぐに答えた。「私たち家族を、とても我慢強くしてください」 「わかった。その望み叶え…
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金沢紀行 その5 「ひがし茶屋街」にて

今、「鏡花のみち」を歩いている。 「鏡花のみち」は天神橋から中の橋の左岸にある約600mの道で、ここは浅野川大橋のたもとに生まれた泉鏡花が幼い頃を過ごした場所である。天神橋は「義血侠血」の舞台となった橋で、そこまで歩いてから再び「鏡花のみち」の中ほどにある梅ノ橋まで引き返した。 …
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台湾紀行その10 文武廟を行く その2

 文武廟は斜面に建てられており、前から拝殿(前殿)、武聖殿(中殿)、大成殿(後殿)の三段に分かれている。  前殿には開基元祖と文昌帝君が、中殿には關聖帝君と岳武穆王が、後殿には孔子がそれぞれ祀られている。  それでは拝殿(前殿)から見ていこう。文章帝君は学問の神様だが実在した人だ。(菅原道真を思い出す。)  (天井の絵は文章帝君の話を絵…
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ブラジルの笑い話 その29 不眠症 

マルシア夫人は不眠症のためドクターを訪ねた。 「先生、最近夜どうしても寝付けないんです。何とか治療してください」 ドクターは夫人を診察してこう言った。 「軽い不眠症ですな。寝る前にこの薬を飲んで、ベッドに横たわると同時に、ゆっくり数を数えるといいですよ。牛が一頭、牛が二頭とね」 「わかりました。やってみます」マルシア夫人は家路に…
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能登(日本道)への道 その3 山の寺寺院群のさわり部分を散策

小丸山公園を出て、七尾の街をどう歩こうか思案していたが、初日はいつもの履き慣れた靴の代わりに、主に肉体労働をする人たちのための商品を扱っている店から安くて丈夫な靴を使って歩いていたが、どうもこの日はこの靴の調子が悪くて、見学箇所を大幅に縮小することにした。 これから山の寺寺院群に向かって歩いて行く。 山の寺寺院群は、1581年に前田利…
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因幡と伯耆の旅 その4 オアシスに到着

 このオアシスだが、砂丘に降った雨や雪が湧き水となって溢れ出しているもので、1年中あるわけではなく晩秋から春にかけて出現し、雨が少ない夏場は消えてしまうのである。ところが今年は冬季間に90cmを超える雪が降ったために湧き水の量が多くなり、7月8月の記録的な猛暑の中でも、かなりの大きさのままで残っているとのこと。 …
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2020年6月21日  大石川釣行 朝飯前に釣る

6月2回目の釣行となる今回は大石川を釣る。午前5時頃に新潟の家を出て、コンビニで食料を買い、30km程の長さの新新バイパスを30分ほど走って、いつものように新発田から国道290号線に入った。この道は、春から秋の釣りシーズンは「釣り街道」、冬のシーズンは「スキー街道」となる。  2…
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