木曽川への旅(2008年)  その20  大妻籠そして、妻籠宿の入口へ

大妻籠集落手前を歩いている。 具体的には赤矢印のあたりである。 これから、大妻籠集落の古民家で県宝でもある藤原家を見たり大妻籠民宿街を悠々と歩いていく、競馬で言えば第4コーナーの街道を歩いていく。 黄矢印地点はもう妻籠宿への入口地点である。 下り坂の上気分が高揚しているので、自然と足取りも軽くなって来る。 道なりに進んで、…
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東京散歩Ⅱ その25 江戸東京博物館を見学 その1

午前10時を10分程過ぎて、今日の日程の中で一番楽しみにしていた江戸東京博物館に入った。 江戸東京博物館は墨田区横網にある東京都立の博物館で、両国国技館に隣接している。 失われていく江戸、東京の歴史と文化に関わる資料を収集、保存、展示することを目的に、江戸と東京の歴史や文化を伝える博物館として1993年3月28日に開館した。…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その17 木造駅で「張り付きシャコちゃん」に出会う  

つがるし縄文住居資料館カルコから黒字Aの五能線JR木造駅まで歩いて行くことにした。 木造駅舎には亀ケ岡遺跡から出土したシャコちゃんの巨大モニュメントが駅舎の表玄関を飾っているという。 司馬遼太郎もこの駅舎を見て度肝を抜かれたというようなことを「北のまほろば」に書いていた。  その巨大シャコちゃんに会いにいくのに簡単に車でという…
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近江街道をゆく その36  外村繁邸を歩く 

外村繁邸の他家との位置関係は下図のとおりで、順に外村宇兵衛邸、中江準五郎邸と見ていく。 ここの家主であった外村繁は、昭和10年「草筏」が芥川賞候補、昭和13年池谷賞を受賞、昭和31年「筏」が野間文学賞を受賞した、滋賀を代表する作家である。 さっそく屋敷の中に入っていく。 門を入ると川の水を取り入れた川戸と呼ばれ…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その9 源流にて(ファイナル)

   セネシオの繁茂するルェンゾリ(月の山)  ナイル河には三箇所の源流地点がある。  一つ目は、1862年に、探検家スピークが発見したビクトリア湖から流れでる川の最上流地点である。そこにはナイル河源流の碑が建てられている。この地点は、一般的にはナイル河の源流として大多数の人々に受け入れられている。 …
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」 その6 宮沢賢治の書いた童話や物語から その3 風の又三郎

賢治の童話の中でも一番有名なものは、「風の又三郎」そして「銀河鉄道の夜」だろう。 風の又三郎は、小学生の読み物としては面白いと感ずる、登場人物の年代に合わせた童話である。 9月の台風の多い時期、転校生として北海道から鉱山技師の父親と一緒にやって来た高田三郎は、山の小さな学校(1年から6年まで一教室)の4年生として編入される。 この…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その15 夕食は麺倶楽部炙(あぶり)で塩タンメン 

6月23日(月)の見学予定先を全て見学し終え、今日と明日の夜を過ごすことになる函館グランドホテルに向かった。  ここの1泊4700円素泊まりコースを、旅行日の2ケ月ほど前に予約していた。 函館グランドホテルは、函館山ロープウェイまで徒歩5分、レンガ倉庫まで徒歩7分、市電宝来町駅へも徒歩1分で行ける。 函館観光には便利な場所で近…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その33 「鎌倉物語」を終え、「横須賀ストーリー」へ

江ノ島にはお昼から午後3時ころまでの3時間程いた。 かなりの強さの雨が降る中、ごった返す江ノ島を見学するのはなかなか大変で、傘をさしながら「江の島イラストマップ」でおおよその見当をつけて、江の島のほんのさわりの部分を散策した。 黄線に沿って江ノ島の中心部を大回りして、赤字A;瑞心門、赤字B;奉安殿と江島神社辺津宮、赤字C;江ノ島…
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最上川と「おくのほそ道」の旅 その31 芭蕉乗船之地、本合海へ

今回から、松尾芭蕉の「おくのほそ道」の旅の山形県部分の2回目の旅を掲載する。 上図の茶線のように芭蕉は出羽路を旅したが、僕はまだ平成19年9月の最上川の旅では黄線部分で示した山刀伐峠-尾花沢-大石田-立石寺間しか旅していない。  平成27年5月に赤線で示した区間を旅する機会に恵まれたので、これから芭蕉の「おくのほそ道」2回目の旅…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 最上川の旅 その1

それでは平成19年9月15日(土)午前5時自宅前を出発、新潟県北を北上、山形県境を超え、鶴岡市から酒田市を目指す。一日目の計画は、下記の通りである。 ほぼこの計画どおりに新潟県北を抜け、鼠ヶ関から山形県に入り、鶴岡を通って酒田市に入った。  酒田市は魅力的な町で、見所もたくさんあるのだが、今回は黄四角で囲った山居倉庫を見学し…
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木曽川への旅(2008年)  その19 男滝・女滝から男垂川(おだるがわ)に沿って歩く

男滝女滝は吉川英治氏著「宮本武蔵」の舞台となっていて、「宮本武蔵」の中で、男滝が武蔵の修行の場として、またお通とのロマンスの舞台として登場している。 道から下に降りると、すぐに川があり小さな橋が架かっていて、その上流に女滝がある。 次に紹介する男滝と比すると、なるほど優雅で女性的な雰囲気の滝である。 女滝から流れる川に沿って下って…
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東京散歩Ⅱ その24 北斎通りを散策

都営大江戸線両国駅を超え、北斎通りを歩いている。 北斎とは、江戸時代後期に富嶽三十六景や北斎漫画を描いた世界的に著名な浮世絵師の、あの葛飾北斎のことである。 北斎生誕の地がここにあるので、北斎通りと命名されているらしい。  この通りには北斎生誕の地以外にも、大相撲春場所のご当地である両国国技館のある街に相応しく野見宿禰…
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「オホーツク街道」の旅 その31 常呂遺跡を訪ねる

 ワッカ原生花園の傍には、常呂遺跡がある。  オホーツク海をのぞむ海岸に沿って常呂川の河口からサロマ湖西岸へと続く幅約300メートル、長さ約2.7キロメートルの砂丘上に立地し、2,000基以上の竪穴住居跡および墳墓と推定される多数の小形の竪穴状遺構がある。  僕はワッカネイチャーセンターから目と鼻の先にある「ところ遺跡の森」を訪ねた…
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ロシア人が遠く旅行したくなるプーシキン

 あるロシア文学者がプーシキンについてこう語っている。  「プーシキンを読めば、ロシア人は遠く旅行をし、多くの本を読んだような気分になれる。」  ロシアではすべての人がプーシキンを知っている。  プーシキンの名前を聞くとロシア人の心は喜びと軽やかさと感謝でいっぱいになるという。 プーシキンと同時代の作家ゴーゴリは「プーシキンは並…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その16  「つがるし縄文住居資料館カルコ」を見学

9月28日(土)、津軽街道の旅の3日目が始まった。 今日の日程は、まず「つがるし縄文住居資料館カルコ」を見学、併せてその近くのJR木造驛舎を見学、その後太宰治の生家のある金木町へ向かい、太宰治斜陽記念館など金木町にある太宰治関連の史跡等を一日探訪。  上の写真は「つがるし縄文住居資料館カルコ」へ向かう途中で、津軽平野の一角から見…
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近江街道をゆく その35  五個荘散策の始まり 

昼食を食べ終えると、急いでバスに乗り、近江八幡駅まで向かった。 ここから近江鉄道八日市線で八日市に行き、八日市からこの近江鉄道バスで五個荘町まで行き、ぷらざ三方よしというバス停で降車した。 1時間ほどもかかって、近江商人の故郷として名高い、陸の孤島のような目的地の五個荘に到着したのであるが、後で別ルートがあることを知ってがっ…
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金沢紀行 その6 「ひがし茶屋街」と「にし茶屋街」を散策

「金沢しつらえ」で昼食を終え、店の外に出た。  店の入り口には、浴衣を着た二人の若い女性が店先で中をのぞき込んでいた。  僕の方はこれから「ひがし茶屋街」の散策である。 「ひがし茶屋街」の正式な地名は東山ひがしで、ここは重要伝統的建造物群保存地区となっている。 南北約130m、東西約180m、約1.8haで、…
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2018年 朳差岳を見ながら釣る その1

 僕の釣り場である関川村は、旧女川村と旧関村が合併して出来た村である。  その旧女川村には女川が流れ、霊峰光兎山が鎮座している。  旧女川村を流れる藤沢川や女川の一番の水源となっている山が光兎山で、だからこの山は旧女川村に生きる様々な生命にとって一番重要な山となっている。  今日(4月12日)は、光兎山の良く見える藤沢川と女川の…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その14 立待岬で眠る石川啄木 

函館西端から函館山のすそ野を横切り、函館山の南東に位置する石川啄木ゆかりの立待岬まで行った。 立待岬は、北海道函館市住吉町にある、津軽海峡に面した岬である。 津軽海峡につきでた断崖上にあるため展望が良く、天気の良い日には下北半島を望むことができ、付近には与謝野鉄幹・晶子の歌碑も設置され、函館有数の観光スポットとなっている。 …
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その32 江ノ島でシラスを食べる

 あいにくの雨天となっているが、江ノ電で各駅毎の乗降を繰り返し、ようやく江ノ島駅に到着した。 駅を降りてから、「湘南すばな通り」を歩いて今日の最終目的地である江ノ島へ向かって歩いていく。  歩くこと10分ほどで、江ノ島弁天橋まで来た。  橋の右手に、「名勝史跡江ノ島」と白字で書かれた大きな石碑が建っている。  雨天でなけ…
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ジュンチャンと世界を巡る 第65回はコロンビア

 コロンビア(国名はアメリカ大陸の発見者「コロンブス」に由来)は南アメリカ大陸北西端に位置する国家で首都はボゴタ、東にベネズエラ、南東にブラジル、南にペルー、南西にエクアドル、北西にパナマと国境を接しており、北はカリブ海、西は太平洋に面しています。  南アメリカで最大の製造センターで、非常に多様な文化、民族を持つ国です。  ヨー…
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木曽川への旅(2008年) その18 熊に怯えながら男滝・女滝まで歩く

予定したより時間が掛かり、50分程歩いてようやく馬籠峠に到着した。 馬籠峠頂上は標高が801mあり、ここには昔ながらの茶店と正岡子規の石碑がある。 子規は明治24年に中山道を経て松山へ帰省する途中馬籠峠へ立ち寄った。 峠の茶屋で一休みした後、茶店の脇の子規の句「白雲や 青葉若葉の 三十里」を小さな声で詠み、昨日の藪原宿でた…
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東京散歩Ⅱ その23 旧安田庭園を散策

夕食はJR両国駅ガード下に店を構える全国チェーンの「熱烈中華食堂日髙屋」で食べた。 食べたのは、旅先で食事とするのに適当な肉と野菜の両方がしっかり入った肉野菜炒め定食で、ここのは期待に違わず、激安で超オイシかった。 翌日の朝食はホテルの簡単ないつものもので、写真の中には実際にはホテルの朝飯として提供してなかっ…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その15 鰺ヶ沢の駅前旅館「尾野旅館」にて

尾野旅館は鰺ヶ沢駅前にあった。 ナビが役に立たず、携帯で直接尾野旅館に電話して、位置の概要を確認してようやく到着した。 到着してみれば、何のことはない、尾野旅館は古くはあるが普通の駅前旅館だった。  この尾野旅館で夕食までの間、司馬遼太郎の街道をゆく「北のまほろば」の鰺ヶ沢の章を読みながら、江戸時代の鰺ヶ沢の景色を空想…
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近江街道をゆく その34  旧伴家住宅などを見学

歴史民俗資料館の次に、市指定文化財となっている旧伴家住宅を見学した。 旧家主の伴庄右衛門は江戸初期に活躍した八幡商人で、屋号を扇屋といった。 寛永年間に東京日本橋に出店し、麻布・畳表・蚊帳を商い、5代目の伴蒿蹊は18歳で家督を継ぎ大坂淡路2丁目に出店したが、同じに学問にも興味を持ち、本居宣長、上田秋成、与謝蕪村らと親交のある国学者と…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その8 ウガンダにて

↑これは「ハンガーマップ(Hunger Map)」という世界地図です。  地図の色分けの意味は次の通りです。  緑色・・・十分に食料がある国(平均寿命の長い先進地域)  黄色・・・とりあえず食料がある国(それなりの国々)  赤・・・著しく食料が無い国(平均寿命の短い後進地域が多い。アフリカは、ほぼここです。) …
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実験室小景 宮沢賢治

実験室小景                   一九二七、二、一八、        (こんなところにゐるんだな)        ビーカー、フラスコ、ブンゼン燈、    (この漆喰に立ちづくめさ)        暖炉はひとりでうなってゐるし        黄いろな時計はびっこをひきひきうごいてゐる    (…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その6 北上川 NO3 宮沢賢治の書いた童話や物語からⅡ 「グ…

「グスコーブドリの伝記」は自己犠牲を扱った物語で、この種の物語のテーマは、「至高の愛=自己を捨てること」による他者の生存ということになる。 よくある例としては、水難事故に会って救命ボートで脱出しないと助からないが、たとえば恋人の男女とか、夫婦とか、親子とかが取り残されている。 一人しか助かるスペースがないので、どちらかは…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その13 外国人墓地などを歩く 

これから赤字2の外国人墓地など箱館西端に行く。   まず見学する場所は赤字アの曹洞宗寺院の高龍寺、函館市内にある最古の寺院である。  この山門は総ケヤキ造りで東北以北最大といわれるもので、国登録有形文化財となっている。  この奥の建物は本堂、格式の高そうなお寺で、同じく国登録有形文化財となっている。 法事があったのか…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その31 腰越状の満福寺を見学

鎌倉高校前駅から江ノ電に乗り、次の駅である腰越駅に降りた。 江ノ電腰越駅傍の踏切を渡り、写真右手の海岸道路を向こう方向に歩いていく。 約250メートル程歩き、再び踏切を渡ると、目の前が義経の腰越状で有名な真言宗大覚寺派の満福寺である。 踏切後方の階段を上がっていく。 1185年5月、源義経が兄頼朝の怒りを買って鎌倉入りを…
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最上川と「おくのほそ道」の旅 その30 直江石堤への旅 

 2009年9月16日(日)の米沢の旅も、今回が最終回である。 最終回は原方衆の子孫の家に残るウコギ垣を見てからの直江石堤への旅である。 上図の位置が直江石堤の場所だが、その前に茶斜線で記された原方衆の住んでいた町の家々のウコギ垣を見学した。 この写真の町は横堀町か石垣町だと思うが、どこかは定かではない。 原方衆とは上杉…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 最上川の旅 プロローグ

 2007年(平成19年)の「日本最長10河川の旅」は最上川と阿武隈川となった。 まず、最上川の旅から始まる。 最上川は隣県の山形県だけを流れる川ということで、旅行や釣りで度々訪れているが、正確に何回最上川に遭遇したかは曖昧なところがあり、はっきりとは言えない。 2007年のこの「最上川の旅」以前の旅のこととなると、はっきりと思い出すの…
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木曽川への旅(2008年) その17 馬籠妻籠間を馬籠峠まで歩く

水車塚の付近から石畳の山道となり、馬籠峠を目指して急坂を登って行く。 景色は良いのだが道の勾配がキツく、ゆっくりと登っていくしかない。 ひたすら我慢して登っていくと、道の左側に小屋が建っていて、その手前に二等辺三角形の碑が立っていた。 十返舎一九の碑である。 この碑には、「渋皮の剥(む)けし女は見えねども 栗のこはめしここの名物…
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東京散歩Ⅱ その22 墨田川河畔をツリーを眺めながら歩く

言問橋から吾妻橋方向に歩いて、ビュースポットとなっている場所に立ち止まってはシャッターを押していく。 この単純な作業を繰り返しながら、ふと探検家関野吉晴のグレートジャーニーの旅のワンシーンを思い出した。 シーンは、ヒマラヤ地域のカンリン・ポチェという聖山を、五体投地という礼拝などのために両手・両膝・額を地面に投げ伏して前へ進…
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「オホーツク街道」の旅 その30 ワッカ原生花園にて

 6月29日(金)、今日最初の目的地はワッカ原生花園、オホーツク海とサロマ湖を隔てる砂州上に位置する。  まず、ワッカ原生花園を探勝するためのセンターハウスである、ワッカネイチャーセンターへ行った。  「ワッカ」とは、アイヌ語で「ワッカ・オ・イ(=水が・ある・ところ)」という意味で、砂州の中ほどに真水の湧く沼があったことに由来して…
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