台湾紀行 その29  台湾原住(先住)民族アミ族のこと

 高雄から花蓮までの400km程の観光バスの旅は終了、目的地の花蓮市には午後4時半ころ到着した。 花蓮市は花蓮県の県都である。  ここで花蓮県の概要を紹介すると、花蓮県は台湾東部中央に位置し、西方は台湾中央山脈、東方は太平洋に面している。 面積は同国の県の中で最大であるが、大部分を山岳地帯が占め、平地は僅か7%しかなく、人口の大部分はこ…
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ジュンチャンと世界を巡る 第101回はリビア

 リビアと言えば、良いにせよ悪いにせよ、40年以上独裁政権を続けたカダフィが強烈な印象として残っています。(地球の歩き方)  リビアは北アフリカに位置する共和制国家で、東にエジプト、南東にスーダン、南にチャドとニジェール、西にアルジェリア、北西にチュニジアと国境を接し、北は地中海に面し、海を隔てて旧宗主国のイタリアが存在し、首都は…
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2018年6月23日 「神の意に沿う6月」の釣りⅢ 大石集落裏を釣る その1 大石川に到着

 大石川は釣り師にとってはとても魅力的な川である。  岩魚を釣るなら大石ダムへ流れ込む東俣川、中俣川、西俣川で、これらはいずれも本格的な源流釣行の対象となる川である。  東俣川の大淵には50cmクラスの大岩魚が無数にいたという話を聞いたことがあるが、実際にこれらの沢を釣ったことは一度もない。  ここは単身で釣る釣り…
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天塩川の旅 その8 松浦武四郎踏査の地にて

 国道40号線を北の方角に道を行く。 参考資料は、士別市博物館で職員から無料で貰った「北大河・テッシ~松浦武四郎まっぷ~」である。  風連町、名寄市と過ぎ、向かうは美深市の「美深森林公園びぶかアイランド」そこに松浦武四郎が踏査し、宿泊した地がある。 1857年6月13日と24日のことで、当時の宿泊地名はオクルマトマナイ、今の美深町恩根…
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長州路(2019年の旅) その6 長府毛利邸

下関市立歴史博物館を出て、これから長府の街を散策する。 長府の地名は「長門国府」にちなみ、ここには長門国設置にともなって国府および国分寺が置かれたが、忌宮神社の鎮座するあたりが国衙(日本の律令制において、国司が地方政治を遂行した役所が置かれていた区画)のあったところだろうと推定されている。 国衙跡と推定されている忌宮神社…
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近江街道をゆく その24 彦根城博物館を見学

彦根城は江戸時代初期に、彦根市金亀町にある彦根山に鎮西を担う井伊氏の拠点として置かれた平山城(標高50m)である。 山は金亀山(こんきやま)との異名を持つため、城は金亀城ともいい、多くの大老を輩出した譜代大名井伊氏14代の居城であった。 彦根城の敷地は広く、外堀、中堀、内堀に囲まれていて、この内堀を眺めながら表門から城内に入…
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四国のみち その1 瀬戸大橋を渡る

 それでは、「四国のみち」をスタートする。 僕は新潟の人間なので、本州から四国まで鉄道で行けるとは思ってなくて、最初は鳴門から四国に入ろうと考えていた。  計画立案中に岡山と四国の高松を結ぶ瀬戸大橋線があることを知り、瀬戸大橋から四国に入って「四国のみち」を始める計画とした。 旅の1日目は新潟から東京、大阪、岡山を経由して四国高松…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その61 藤田記念庭園和館にある小広間を見学 

次に、和館に入った。 ここは映画「奇跡のりんご」のロケ地となった場所である。 「奇跡のリンゴ」は、2013年制作の日本映画で、絶対に不可能と言われた無農薬リンゴの栽培に成功し、「奇跡のリンゴ」として大きな話題を集めた青森のリンゴ農家木村秋則氏の実話がもとになっている。 …
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探険家の歴史 第2部 アマゾン河の旅 その5 イキトスにて ピラルクー釣りにチャレンジ

 イキトスは、ペルーの国土の60%を占める熱帯雨林のジャングルの中にポッンと築かれた、人口30万程の町である。  そこはもう、モンゴロイドの末裔の住むペルーの国であり、僕ら東洋人にとってはどこか懐かしい、故郷に来たような思いを呼び起こす町でもある。   イキトスの町です。↑  ここへは陸路でいく…
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岡倉天心 茶の本 第五章 その1 芸術鑑賞

茶の本 第五章 芸術鑑賞 美術鑑賞に必要な同情ある心の交通――名人とわれわれの間の内密の黙契――暗示の価値――美術の価値はただそれがわれわれに語る程度による――現今の美術に対する表面的の熱狂は真の感じに根拠をおいていない――美術と考古学の混同――われわれは人生の美しいものを破壊することによって美術を破壊している その1 美術鑑…
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台湾紀行 その28 実にロマンチックな北回帰線標塔

 台湾では西海岸の嘉義県水上郷と東海岸の花蓮県豊濱郷靜浦村と道一つ内陸の花蓮県瑞穗郷の3カ所に標塔が設置されている。 僕らがこれから向かうのは、東海岸の花蓮県豊濱郷靜浦村にある北回帰線標塔である。その北回帰線標塔は公園風に整備されており、その上土産物屋まである観光地となっていた。 観光バスが何台も停まっていて、観光客で賑わっていた。 …
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砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅) その39 荒神谷の終焉  

原ガイドは話を続けて、男性のシンボルの良く見える女性のシンボルを象徴するこの神庭西谷で、縄文時代から引き続いて沢山の子宝に恵まれるよう「縁結び」も願ったのではないかと付け加えた。 縄文時代までは万物に神が宿ると考えられ、特に大木や巨石や山などが、神様が降臨する特別の場所と考えられていた。今から2300年前の弥生時代に入ると稲作技術…
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「日本最長10河川の旅」で出会った日本を代表する人物 北上川への旅 その6 宮沢賢治を歩く

 宮沢賢治の生きた時代は20世紀初頭の時代で、戦争や貧困が日常のように庶民に襲い掛かり、地方の裕福な階級として何不自由の無い生活をして来た心あるインテリ層を、突然革命家に変えるような時代だった。 北上川と豊沢川が合流する地点、豊沢川の右岸で北上川を臨む小高い丘の一角に、賢治が妹トシを失い、稗貫農学校の教員を辞めてから住んでいた羅須地人協…
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イトウ釣りの旅(オホーツク街道) その1 イトウ釣りの初日

 今日の旅、6月26日(火)の旅の日程は以下のとおり。   去年の9月にも稚内に来たのだが、その時は台風15号に追われてのまことに不遇な旅だったので、見落とした場所が沢山出来た。  今年の旅はそれを補いながらの「オホーツク街道」の旅となる。  今日からの旅が事実上のスタートとなる旅で、昨日の鰊(ニシン)街道の旅は前座の旅。  去年も泊っ…
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天塩川の旅 その7 天塩川下りの始まり

 9月19日朝5時半頃起床、今日は今回の旅の本番の日、天塩川の河口まで一気に走破する予定である。 レストラン日向で納豆や卵や海苔で軽い朝食を済ませ、天塩川の左岸の舗装道路を北に向かった。 しばらく走り、トウフトナイ川という看板が立っている沢を通り抜けたところで、小休止した。  この名は、間違いなくアイヌ語の地名である。   看板には説…
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長州路(2019年の旅) その5 下関市立歴史博物館

功山寺を下って、次に下関市立歴史博物館に行った。 博物館ではまず常設展で、赤間関や馬関と言われていた下関の歴史をさらっと見て回った。 下関の名称の変遷を紹介した展示パネルが面白かったので簡略に記載する。 8世紀前半に海上交通の取り調べのため「長門関」設置(現下関市前田付近) 9世紀頃、「上関」…
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近江街道をゆく その23 姉川古戦場跡で

小谷城跡から20分ほど走って、滋賀県北東部の旧浅井町(現長浜市)の「浅井三姉妹の郷」で昼食とした。  本駅は2016年3月にプレオープンし、僕がここに立ち寄ったのはこの期間で、2017年3月から正式に開業する予定となっていた。  駅の中で自然薯や地域の伝統料理中心のメニューで店を構えている自然薯茶屋「浅井家」で昼食と…
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四国のみち プロローグ

司馬遼太郎の「街道をゆく」は、司馬遼太郎自身が「もし自分の仕事の中で後世にまで読み続けられるものがあるとすれば、それは街道をゆくになるのだろう」と語っていたという程のもので、唯の旅行記ではない。「街道・みち」に視点を傾けることで日本そして世界の歴史を展望、最終的には「日本とは何か、日本人とは何者か」という司馬遼太郎の永遠のテーマを自らの…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その60 藤田記念庭園を見学 

石場家から旧藤田家の藤田記念庭園へ向かった。 この庭園は日本商工会議所会頭も務めた実業家である藤田謙一が、1919年(大正8年)に郷里である弘前市に別邸を構える際に、東京から庭師を招いてつくらせたもの。 園内は、高さ13mの崖地をはさんで高台部と低地部に分かれており、高台部は岩木山を借景した洋風庭…
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能登(日本道)への道 その27 揚げ浜式塩田

 揚げ浜式塩田は、白米千枚田から車で7~8分程の、黄矢印地点の三ツ子浜海岸にあった。  この塩田が始まるあたりから、国道249号線は塩街道や塩の道と呼ばれて、街道沿いには揚げ浜式の塩田が何か所か点在している。  ここの塩田は、塩の道の始まる起点として「塩の駅」と名付けられて…
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2018年6月23日 「神の意に沿う6月」の釣りⅢ 大石集落裏を釣る その1 大石川に到着

 大石川は釣り師にとってはとても魅力的な川である。  岩魚を釣るなら大石ダムへ流れ込む東俣川、中俣川、西俣川で、これらはいずれも本格的な源流釣行の対象となる川である。  東俣川の大淵には50cmクラスの大岩魚が無数にいたという話を聞いたことがあるが、実際にこれらの沢を釣ったことは一度もない。  ここは単身で釣る釣り…
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砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅) その38  青銅器埋納地に到着

荒神谷遺跡までの道を歩いていくと、目の前に2000年蓮が見えてきた。  この蓮は千葉県内の遺跡で2000年前の地層から出土した種から育て増やしたもので、約50アールの蓮池に5千株、5万本のハスが植えられている。 花は7月中頃にピークを迎え下旬ごろまで楽しめるということだが、既に花の盛りの時期は過ぎていて、蓮の実が蓮畑の至ると…
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新神戸ものがたり その4 展望広場まで

 雄滝から約5分ほど登ると「見晴らし展望台」があり、神戸の街を一望できるというので、そこまで歩いてみることにした。  雄滝からこんな道を上っていく。  しばらく登って行くと、おんたき茶屋がそこにあった。  平成26年に創業100年を迎えたおんたき茶屋だが、この雄滝を見下ろす茶屋は1833年に既に存在していたことが古くからの…
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台湾紀行その27  北回帰線標塔を目指し、東海岸地方を行く

 昼食後、バスは東海岸を花蓮へ向けて出発。 台東で花蓮までの道の半分ほど、残りはもう200kmまではないだろう。  これから黄色と赤の点線部分(台東〜花蓮)を行く。 この旅程のちょうど中程が北回帰線で、そこより南は熱帯、北は亜熱帯となる。僕等は熱帯台湾にいる訳で、これから北回帰線を通り抜け、亜熱帯へ入っていくことになる。 地図上で…
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2018年6月17日 「神の意に沿う6月」の釣り 大石川 その4 「幸せな釣り師」の特権

 「申し訳ないが気分がいい1日」は、まだ続いている。  また釣り下って、この細長い大淵を攻めたが、ここでは1匹もでなかった。  淵の左方の淵からの流れ込み地点で、この山女がでた。  ここでは2匹の山女が釣れた。  さらに釣り下って、この辺りでまた入れ…
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平安時代日記 その3 清少納言と紫式部が漫才すると

平安時代の才女二人が漫才すると、こんな感じかな? 清少納言  日本一の才媛と言われてはずかしくないの?紫式部  日本一のブスと言われてはずかしくないの?清少納言  おまえは源氏物語などというエロ小説を書いてエロ女と巷で噂になっているのを知ってるの? 紫式部  おまえは枕草子などというグロ随筆を書いてグロ女と巷で噂…
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天塩川の旅 その6 日向温泉にて

 小雨模様の天気の中博物館の見学を終えると、野外に設置された屯田兵屋を特別に開けてもらって家の中を覗いたが、薄気味が悪くなってすぐにその場を立ち去った。 別に霊感が強いほうではないが、何者かの強烈な排他的意思を感じたのである。 この感覚は、石狩川の旅でのアイヌの家でも感じた感覚で、よそ者はさっさと出て行けという意味の意思である。 アイヌ…
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長州路(2019年の旅) その4 三吉慎蔵の墓

 高杉晋作の像を見終えてから、長府毛利家の墓所でも見て帰ろうと思って歩いていたら、この寺で清掃ボランティアをされているお年寄りの一団に出会った。    このお年寄りたちとしばらく、夏みかんのような木(この木は夏みかんの木ではない。正確な名前は聞いたが既に忘れている。)の前で、司馬さんや長州藩についての話題でしばらく盛り上がっ…
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開高健  オーパ!!

 憧れのアマゾンとアンデスだが、いろんな作家がアマゾンのことを書いている。  僕は、中でも開高健の「オーパ!」に魅かれる。  アマゾンの本拠地ブラジルでは、驚いた時や感嘆した時に「オーパ!」という。  この本は、そんな驚きの連続となる彼のブラジル釣行の記録である。  でも、この本にはちょっとしたほの酢っ…
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近江街道をゆく その22 小谷城跡を歩く

 国友から小谷城跡に向かった。 戦国時代、「近江を制するものは天下を制す」といわれたほど、近江は天下を左右する重要な位置にあり、数多くの戦乱の場となり多くの城郭が築城された。小谷城は長浜市湖北町伊部(旧・近江国浅井郡)にあった戦国時代の日本の城で、日本五大山城の一つに数えられている。 城は戦国大名浅井氏の居城として標高約495m小谷山…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その59 弘前藩出入りの商家であった石場家を見学 

天守閣を降り、北の郭を抜け、北門まで来た。 この北門は、当初亀甲門といわれ弘前城の表門で、亀甲門が表門として使われたのは、参勤交代に鰺が沢街道が便利だったためといわれている。 南門である追手門が正門に変わるのは、4代藩主の信政の時代で、1665年に、羽州街道が整備され、参勤交代に鰺が沢街道が使われ…
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探険家の歴史 第2部 アマゾン河の旅 その4 マナウスにて-ドラードを釣る?

 マナウスはアマゾン河口より1500キロ上流にあるアマゾナス州の州都である。このあたりでもアマゾンの河幅は10kmもある。  地形的には、アマゾン本流のソリモンエス川と、最大の支流であるネグロ川の合流部北側に立地し、170万以上の人口を抱える、巨大都市である。  1900年前後をピークとする未曾有…
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岡倉天心「茶の本」 第四章 茶室 その5 重複を避ける 

人生と芸術の力強いところはその発達の可能性に存した。 茶室においては、自己に関連して心の中に全効果を完成することが客各自に任されている。 禅の考え方が世間一般の思考形式となって以来、極東の美術は均斉ということは完成を表わすのみならず重複を表わすものとしてことさらに避けていた。 意匠の均等は想像の清新を全く破壊するものと考えられてい…
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砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅) その37 荒神谷遺跡の概要

ボランティアガイドの原一征さんの話は続く。「この荒神谷に埋納された青銅器はいったい何なのか、何に使われたのか」ということであるが、原さんは、「これらの青銅器は農耕祭祀に使われたもので、この荒神谷は農耕祭祀の執り行われた場所だと考えている」と話を進めていく。 「ここには青銅器に対応した集落が存在して、青銅器はそれらの集落の御神体とし…
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台湾紀行その26  台東で田舎料理の昼食

 台東市の更生路にある「一家餐廳」が僕らの昼食の場所。一家餐廳は、創業20年歴史を誇り、店内も広い。 ここのメインメニューは湖南料理や台湾料理や江浙料理などで、それらをバラエティ豊かに揃えて、地元の人の披露宴や忘年会、会議、宴会などによく利用されているという。 この店で田舎料理というものを食べたが、いつものように円卓テーブルを囲んだのは…
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「日本最長10河川の旅」「日本を代表する人物」 北上川への旅 その5 宮沢賢治の書いた童話や物語から その4 賢治…

賢治の童話の中でも一番有名なものは、「風の又三郎」そして「銀河鉄道の夜」だろう。 今回は「風の又三郎」は省略し、「銀河鉄道の夜」を取り上げる。 「銀河鉄道の夜」は賢治作品中の最も大作と言われ、賢治文学の最高傑作とも称されるもので、簡単な言葉で語ることは出来ない重い作品であると受け留めている。 ジョバンニが夢の中で、友人カンパネルラと死…
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長州路(2019年の旅) その3 革命が起こった場所で、高杉晋作と出会う

功山寺は下関市長府にある曹洞宗の寺で、長府毛利家の菩提寺である。 溢れる程の新緑の中、功山寺の参道を上がっていく。 この山門は二重櫓造りで、1773年に長府藩主10代毛利匡芳の命を受けて建立されたもので、入母屋造りの美しい反りのある本瓦葺の屋根となっていて、軒までの高さは11mとのこと。 山門をくぐって、境内の奥へ…
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天塩川の旅 その5 松浦武四郎の天塩川探検

 昼食の後は、士別市立博物館ヘ直行した。 羊と雲の丘から下っていくと、士別公園内の一角に博物館は設置されている。僕は隣接の士別市公会堂から入った。                     (士別市公会堂) 公会堂展示館には、女優で極地探険家としても知られている和泉雅子さんの北極探険関係の展示などもあった。 通路を通って隣接の士別市立博…
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