近江街道をゆく その34  旧伴家住宅などを見学

歴史民俗資料館の次に、市指定文化財となっている旧伴家住宅を見学した。 旧家主の伴庄右衛門は江戸初期に活躍した八幡商人で、屋号を扇屋といった。 寛永年間に東京日本橋に出店し、麻布・畳表・蚊帳を商い、5代目の伴蒿蹊は18歳で家督を継ぎ大坂淡路2丁目に出店したが、同じに学問にも興味を持ち、本居宣長、上田秋成、与謝蕪村らと親交のある国学者と…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その8 ウガンダにて

↑これは「ハンガーマップ(Hunger Map)」という世界地図です。  地図の色分けの意味は次の通りです。  緑色・・・十分に食料がある国(平均寿命の長い先進地域)  黄色・・・とりあえず食料がある国(それなりの国々)  赤・・・著しく食料が無い国(平均寿命の短い後進地域が多い。アフリカは、ほぼここです。) …
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実験室小景 宮沢賢治

実験室小景                   一九二七、二、一八、        (こんなところにゐるんだな)        ビーカー、フラスコ、ブンゼン燈、    (この漆喰に立ちづくめさ)        暖炉はひとりでうなってゐるし        黄いろな時計はびっこをひきひきうごいてゐる    (…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その6 北上川 NO3 宮沢賢治の書いた童話や物語からⅡ 「グ…

「グスコーブドリの伝記」は自己犠牲を扱った物語で、この種の物語のテーマは、「至高の愛=自己を捨てること」による他者の生存ということになる。 よくある例としては、水難事故に会って救命ボートで脱出しないと助からないが、たとえば恋人の男女とか、夫婦とか、親子とかが取り残されている。 一人しか助かるスペースがないので、どちらかは…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その13 外国人墓地などを歩く 

これから赤字2の外国人墓地など箱館西端に行く。   まず見学する場所は赤字アの曹洞宗寺院の高龍寺、函館市内にある最古の寺院である。  この山門は総ケヤキ造りで東北以北最大といわれるもので、国登録有形文化財となっている。  この奥の建物は本堂、格式の高そうなお寺で、同じく国登録有形文化財となっている。 法事があったのか…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その31 腰越状の満福寺を見学

鎌倉高校前駅から江ノ電に乗り、次の駅である腰越駅に降りた。 江ノ電腰越駅傍の踏切を渡り、写真右手の海岸道路を向こう方向に歩いていく。 約250メートル程歩き、再び踏切を渡ると、目の前が義経の腰越状で有名な真言宗大覚寺派の満福寺である。 踏切後方の階段を上がっていく。 1185年5月、源義経が兄頼朝の怒りを買って鎌倉入りを…
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最上川と「おくのほそ道」の旅 その30 直江石堤への旅 

 2009年9月16日(日)の米沢の旅も、今回が最終回である。 最終回は原方衆の子孫の家に残るウコギ垣を見てからの直江石堤への旅である。 上図の位置が直江石堤の場所だが、その前に茶斜線で記された原方衆の住んでいた町の家々のウコギ垣を見学した。 この写真の町は横堀町か石垣町だと思うが、どこかは定かではない。 原方衆とは上杉…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 最上川の旅 プロローグ

 2007年(平成19年)の「日本最長10河川の旅」は最上川と阿武隈川となった。 まず、最上川の旅から始まる。 最上川は隣県の山形県だけを流れる川ということで、旅行や釣りで度々訪れているが、正確に何回最上川に遭遇したかは曖昧なところがあり、はっきりとは言えない。 2007年のこの「最上川の旅」以前の旅のこととなると、はっきりと思い出すの…
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木曽川への旅(2008年) その17 馬籠妻籠間を馬籠峠まで歩く

水車塚の付近から石畳の山道となり、馬籠峠を目指して急坂を登って行く。 景色は良いのだが道の勾配がキツく、ゆっくりと登っていくしかない。 ひたすら我慢して登っていくと、道の左側に小屋が建っていて、その手前に二等辺三角形の碑が立っていた。 十返舎一九の碑である。 この碑には、「渋皮の剥(む)けし女は見えねども 栗のこはめしここの名物…
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東京散歩Ⅱ その22 墨田川河畔をツリーを眺めながら歩く

言問橋から吾妻橋方向に歩いて、ビュースポットとなっている場所に立ち止まってはシャッターを押していく。 この単純な作業を繰り返しながら、ふと探検家関野吉晴のグレートジャーニーの旅のワンシーンを思い出した。 シーンは、ヒマラヤ地域のカンリン・ポチェという聖山を、五体投地という礼拝などのために両手・両膝・額を地面に投げ伏して前へ進…
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「オホーツク街道」の旅 その30 ワッカ原生花園にて

 6月29日(金)、今日最初の目的地はワッカ原生花園、オホーツク海とサロマ湖を隔てる砂州上に位置する。  まず、ワッカ原生花園を探勝するためのセンターハウスである、ワッカネイチャーセンターへ行った。  「ワッカ」とは、アイヌ語で「ワッカ・オ・イ(=水が・ある・ところ)」という意味で、砂州の中ほどに真水の湧く沼があったことに由来して…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その14 鰺ヶ沢のアイドル犬「わさお」に会いに行く 

鰺ヶ沢のもう一人(一匹というのが正解)のスター、薬師丸ひろこ主演の映画わさおで有名になった鰺ヶ沢のアイドル犬「わさお」に会いに行く。 実は映画の方は、旅に出る前に事前に見ていた。 映画『わさお』は2011年公開の日本映画で、物語の中身だが、「わさおが元の飼い主と再会するまでが描かれたドラマである。」 ストーリー自体はフィクションで…
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近江街道をゆく その33 郷土資料館と歴史民俗資料館を見学

本願寺八幡別院をあとに、八幡商人の街並みを歩きながら郷土資料館に向かった。 この郷土資料館は、かつて安南(ベトナム)貿易で活躍した近江商人・西村太郎右衛門邸跡に昭和49年3月1日に開設された。 建物は明治19年(1886年)に八幡警察署として建設され、1953年にヴォーリズ建築事務所の手により大幅に改築され、現在の形になった…
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金沢紀行 その5 「ひがし茶屋街」にて

今、「鏡花のみち」を歩いている。 「鏡花のみち」は天神橋から中の橋の左岸にある約600mの道で、ここは浅野川大橋のたもとに生まれた泉鏡花が幼い頃を過ごした場所である。 天神橋は「義血侠血」の舞台となった橋で、そこまで歩いてから再び「鏡花のみち」の中ほどにある梅ノ橋まで引き返した。 この像は、梅ノ橋のたもとにある「義…
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2018年 幻の40cmオーバーを撮り損ねた その3

 結局この釣行で、「アマゴ半スレヒネリ8号」8本を全て無くしてしまった。 沢を覆っているこれらの枝に引っかかったり、沢の底のそこら中に散在している朽ちた木や枝に引っかけたりしてである。 沢の中にも朽ちた枝が沢山ころがっている。 しかし、これらの朽ちた木や枝は釣り人から見れば厄介な障害物だが、岩魚君たちの目から見れば、釣り人や外敵から自分…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その12 派手な看板の土方・啄木浪漫館に入館 

啄木小公園に隣接して、派手な看板に飾られて、土方・啄木浪漫館が建っている。  この建物は、函館にゆかりのある土方歳三と石川啄木の二人を記念して作られた記念館。 土方歳三は箱館戦争で旧幕府軍として戦い、1869年に函館・五稜郭で命を落とした。 石川啄木は函館での生活はわずか4ヶ月だったが、この地に短い生涯ではあったが生涯の友人に…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その30 鎌倉高校前駅にて

七里ガ浜を終え、再び江ノ電に乗り、次の鎌倉高校前駅で降りた。 ここは駅の前がすぐ海である。 電車が通り過ぎると、この駅の前はこんな風景となる。 サーファーの姿がこの駅からも沢山見えたが、七里ガ浜よりは数がかなり少ないようだった。 見ての通りこの駅は海を見渡せる景色の良い場所にあり、1997年には「関東の駅百選」に選ばれて…
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ジュンチャンと世界を巡る 第64回はパナマ

 パナマは北アメリカ大陸と南アメリカ大陸の境に位置する共和制国家で、北西はコスタリカ、南東はコロンビアに接し、北はカリブ海、南は太平洋に面し、国の中央部にあるパナマ地峡より北が北アメリカ、地峡より南が南アメリカで、国の中に北アメリカと南アメリカが存在します。  ヨーロッパ人の来航以前の現在のパナマの地には、主にチブチャ族(南アメリ…
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木曽川への旅(2008年) その16 馬籠妻籠間を藤村の水車塚まで歩く

馬籠妻籠間は全長約9Km、ゆっくり歩くと3時間、普通の足で2時間半程度かかるということだが、最初の急坂を我慢すれば馬籠から妻籠へ歩く方がずっと楽で時間も短くて済むとのこと。  大雑把なコース全体図を見ると、馬籠峠までの急坂の登りを凌げば辺りの景色を眺めながら、旧中山道を楽しく歩くことができそうである。  まず、馬籠峠…
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東京散歩Ⅱ その21 牛嶋神社から言問橋を歩く

牛嶋神社は牛御前社とも言って、荒俣宏の集英社発行「日本妖怪巡礼団」に載っている化物神社である。 この神社にまつわる謂れを紹介する。 源頼光の兄弟に牛御前がいた。 牛御前は牛鬼のような姿をしていたので父は牛御前を嫌い、頼光に牛御前を討つよう命じた。 牛御前は関東へ下ってきて王国を築ことしたが渡辺綱ら四天王に滅ぼされ、牛御前…
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エチオピア南部オモ川流域の先住民族 ムルシ族など

オモ川(Omo River)は、エチオピアの川。エチオピア南部のオロミア州西部を水源とし、南部諸民族州を通ってトゥルカナ湖へと注ぐ。全長760km。流域全域がエチオピアに属する。 水源はエチオピア高原の標高2000mの地点にあり、そこから500mのトゥルカナ湖へと注ぐ。標高差が激しいため流れは速く、ココビ滝などいくつもの滝があ…
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近江街道をゆく その32 朝鮮人街道を歩く

八幡堀の船旅をたっぷり堪能した後、八幡商人のまちなみとその街を貫く朝鮮人街道を訪ねた。 この京街道と書かれている道が、通称で朝鮮人街道と呼ばれる道である。 この「近江街道の旅」は、日本人の血液のなかの有力な部分が朝鮮半島を南下して大量に滴り落ちてきた痕跡の一部にたどり着くのが最も重要な目的で、その痕跡の一つがこの朝鮮人街道で…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その7 神々の地「エチオピアにて」

 クリスマスの巡礼 ラリベラ(野町和嘉写真集より)  青ナイル川(あおナイルがわ、英語:Blue Nile、アラビア語:النيل الأزرق(an-Nīl al-Āzraq))は、エチオピアのタナ湖に源を発する川で、スーダンのハルツームで白ナイル川と合流する。    タナ湖からハルツームまで流れる…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その6 北上川 NO3 宮沢賢治の書いた童話や物語からⅠ「注文…

宮沢賢治の書いた童話や物語を思いつくままに列挙してみると、「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」「虔十公園林」「「グスコーブドリの伝記」「よだかの星」「やまなし」「注文の多い料理店」「セロ弾きのゴーシュ」「どんぐりと山ねこ」「シグナルとシグナレス」「なめとこ山のくま」「種山が原」などが思い浮かぶ。 童話として誰もが面白いと感じるのは、「注文の…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その11 啄木小公園にて 

昼食後の日程だが、当初の計画が大雑把だったので、より詳細にした。 歩いていける箱館市街地は明日から見れるので、車で行ったほうが何かと都合のいい場所を、午後から回ることにした。  まずはじめに石川啄木ゆかりの地である赤字1の大森浜にある啄木小公園、それから赤字2の外人墓地など箱館西端、最後に赤字3の、これも石川啄木ゆかりの…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その29 七里ガ浜でサーファーに驚く

稲村ヶ崎を終え、再び江ノ電に乗った。 江ノ電は2両編成で、車内の風景はこんな感じである。 車内には江ノ電カレンダーの宣伝ポスターが掲げられていて、このポスターを江ノ島の旅の終わりに1300円出して買ってしまったが、そのポスターはブログを書いている机の目の前に下げられている。 また鎌倉高校前駅を舞台に、「江ノ電で、会いに…
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最上川と「おくのほそ道」の旅 その29 法泉寺(旧禅林寺)を見学 

次に赤③の法泉寺を見学した。 この文殊橋を渡ると法泉寺(旧禅林寺)である。 現在法泉寺は、道路を挟んで南の寺院・墓地と北の文殊堂・庭園に分かれている。 元はこの南北を隔てる道はなく、直江兼続創建時法泉寺(旧禅林寺)は三の丸北西に位置しており、掘立川に掛けられた橋を渡るとすぐに旧禅林寺の門があったと伝えられている。 …
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その6 青春の川「北上川」の終わり 

 ここが北上川源流地である、「弓弭の泉」への最初の入口である。 源流地は源流公園として整備されており、源泉は御堂観世音の境内から湧き出ている。 そこへ車を進めていくが、その前に恒例の源流釣行を試みた。 この旅は渓流釣り師半分旅人半分の気持ちで旅しているが、いつも寄り道回り道戻り道の旅となって、なかなか目的の源流地にはすんなりと着けない旅…
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木曽川への旅(2008年) その15 馬籠宿を歩く(馬籠脇本陣資料館を見学)

次に赤字Bの馬籠脇本陣資料館を見学した。  馬籠宿の脇本陣の屋号は「八幡屋」といい馬籠宿の年寄役も兼ねていた。  島崎藤村の『夜明け前』に登場する造り酒屋でもある。  明治28年の馬籠宿の大火で建物は消失したが、その後馬籠脇本陣史料館として復活した。 脇本陣の上段の間を復元し、脇本陣当時使用した什器や絵画、小説の資料『蜂谷源十郎…
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東京散歩Ⅱ その20 昼食後、ツリー周辺の街を散策

 東京スカイツリー内で昼食の予定びしていたが適当な場所を探せず、ツリーの外に出て、ツリー周辺の街を歩き出した。  歩いてしばらくして、「嵐山」という居酒屋兼家庭料理の店を発見した。  面白そうな店だと思って、そのまま店の中に飛び込んだ。  店の中に入るとカウンターの正面に、久保田、八海山、雪中梅、寒中梅、鶴亀など新潟県…
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「オホーツク街道」の旅 その29  氷海展望塔オホーツクタワーの見学

 さて、いよいよ氷海展望塔オホーツクタワーの見学である。  紋別港の南東の端、紋別港第3防波堤、通称クリオネプロムナードを500mほど歩くと、海に突き出たスロープを登った先に氷海展望塔オホーツクタワーがある。  オホーツクタワーは海上38.5m、海底7.5mの世界初の氷海海中展望塔で、海上からの展望だけでなく海中からもオホーツク海を眺…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その13  鰺ヶ沢のヒーロー「舞の海」に会う

鰺ヶ沢は人口1万程の西津軽の町である。ところでこの町のスターだが、小結まで上り詰めた170cmの小さな巨人「舞の海」と薬師丸ひろこ主演の映画わさおで有名になった鰺ヶ沢のアイドル犬「わさお」である。まず、小さな巨人「舞の海」に会いに、「海の駅わんど」という道の駅の類似施設に向かった。   ここの1階は、鮮魚や水産加工品、農産物、土産…
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近江街道をゆく その31 屋形船に乗って、八幡堀をゆく

彦根から近江八幡に帰り、その夜も近江八幡ステーションホテルで快適に眠った。 そして11月6日(日)、旅に出て7日目の朝となった。 毎日同じメニューではあるが、しっかりした朝食をこの日もおいしくいただいた。  今日の日程だが、午前中は近江八幡の街並みを見て、午後から五個荘をガイド付きで散歩する予定である。  近江八幡駅前から近…
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金沢紀行 その4 主計町散策

「金沢文芸館」を出ると、浅野川沿いの主計町茶屋街に向かった。 金沢には、藩政期に公許され周囲を塀で囲まれた廓(くるわ)があり、 金沢城からの方角によって「東の廓」と「西の廓」に区分けされていた。 それは現在、「ひがし茶屋街」、「にし茶屋街」として、毎日大勢の観光客で賑わう金沢の観光名所の一つとなっている。 主計町は…
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