テーマ:近江街道をゆく

近江街道をゆく その13 石積みの門前町「坂本」を散策 その5 徳川ゆかりの寺社を見学

 滋賀院の裏手に天海(慈眼大師)の廟所である慈眼堂がある。  慈眼大師天海は徳川家康・秀忠・家光の時代に幕府の顧問として遇された大僧侶である。  織田信長の叡山焼打ちにより全山焼土と化した比叡山の復古に尽力したことにより、家光の命で慈眼堂が建立された。  慈眼堂の境内に入ったが、雰囲気はこんな感じの場所で…
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近江街道をゆく その12 石積みの門前町「坂本」を散策 その4 本家鶴喜そば本店で昼食

 日吉大社を見終えて午前中の日程終了ということで、楽しみにしていたそばを食べに、最澄の生まれた寺である生源寺の向かい側あたりにあるそば屋を目指して坂を下った。  大通りに面して「日吉そば」が店を出しているが、このそば屋は目的のそばやではない。  このそば屋の左手の小路を入っていく。  この格調の高…
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近江街道をゆく その11 石積みの門前町「坂本」を散策 その3 日吉大社に参拝

 これから日吉大社に行く。  全国には日吉神社、日枝神社、山王神社と呼ばれる日吉大社の神様の御霊(みたま)をお分けした分霊社が約3,800社あり、これから行く日吉大社が総本宮となっている。  日吉大社は東本宮と西本宮に分かれていて、ここの400,000㎡の境内は国の史跡となっているが、…
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近江街道をゆく その10 石積みの門前町「坂本」を散策 その2

 これから、叡山に向かって右側の街を散策する。  黄線に沿って街を歩き、大宮川に出たところで大宮川に沿って旧竹山院まで行く。  歩いてからしばらくして両側に石積みの街並みとなり、とても印象的で美しいと感じた。  このような街並みで、いつまでも初めて来たこの街を歩いていた…
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近江街道をゆく その9 石積みの門前町「坂本」を散策 その1

 叡山を降り、湖西線に乗って大津京のビジネスホテル西大津に戻った。  この日の夜はとても冷えそうで外食を食べる元気がまったくなかったので、あらかじめ駅前のコンビニで麻婆飯、サラダ、ビールなど(905円の出費)を買って、自室で夕食とした。  朝食は前日と同じくホテルの食堂で食べ、午前8時半頃にホテルを出た。  今日…
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近江街道をゆく その8 根本中堂を中心に東塔を歩く

 戒壇院の次に、これから比叡山延暦寺の総本堂である根本中堂(東塔区域の中心的建築物であり、比叡山延暦寺の中心であることからこう言われている)に行く。  中堂という呼称の詳細な由来は、最澄創建の三堂(薬師堂・文殊堂・経蔵)の中心に位置することから、薬師堂を中堂と呼ぶようになり、最終的にこの三堂は一つの伽藍にまとめられて、中…
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近江街道をゆく その7  西塔から東塔へ

 にない堂の次に、転法輪堂に行った。  この階段を降りると、その前が転法輪堂である。  転法輪堂は現在の西塔の中心をなす大堂で、ご本尊釈迦如来を祀ることから、釈迦堂の名で親しまれている。  延暦寺に現存する最古のお堂で、元は大津の園城寺(三井寺)の金堂であったものを、豊臣秀吉の命により1596年に山上に移…
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近江街道をゆく その6  昼食、そして西塔へ

 横川を出てこれから西塔に向かうが、その前に峰道レストラン前でバスを降りて、峰道レストランで昼食とした。  11月1日の近江路は平地ではまだまだ秋で夏服にジャンパーを羽織れば十分過ごせるが、比叡山では気温もぐっと下がって、バスから降りると寒さに震えるほどで、急いで暖房やストーブであったかくなっているレストラン内に入った。 …
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近江街道をゆく その5  元三大師のこと

 慈覚大師円仁を終え、今度は比叡山延暦寺の中興の祖として横川に20年居られたという、第18代天台座主良源への道を歩いていく。  良源(912年- 985年)は平安時代の天台宗の僧で、一般には命日が正月の3日であることから元三大師の名で知られており、角大師や豆大師という別称もあり、中世以降は民間の中で厄除け大師として独特の…
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近江街道をゆく その4  横川に入っていく

 延暦寺駅から15分ほど歩いて東塔バス停に行った。  ほどなくバスはやって来て、このトンネルを潜って叡山三塔の中で一番遠くにある横川にまず向かった。  横川は司馬遼太郎が何回も訪れた場所で、一番気になる場所で一番行きたかった所なので、心を弾ませながらバスに乗り憧れの横川へ行った。 …
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近江街道をゆく その3 坂本ケーブルに乗る

 坂本ケーブルは昭和2年に開設された全長2025mの日本一長いケーブルカーで、麓の坂本駅から延暦寺駅迄を11分で結んでいる。  初発が午前8時で毎時00分と30分に出発するので、僕はしばらく待合室で時間を過ごし、午前9時30分の便に乗って坂本駅を出発した。  ここは坂本駅を出て…
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近江街道をゆく その2 旅の初日はウトウト、翌日は比叡山へ

 旅は11月から始めた方が111と続く数字の関係で縁起がいい?かなとも考えたが、あえて古代ケルト人の祭りの日であるハロウィンの日を旅のスタートとした。  旅の最初から化物が出てくるような予感がするが、それも案外面白いかもしれない。  そんなことを思ったり、旅の装備を考えたりしている間に色々と迷いが生じて、結局旅の前夜は4…
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近江街道をゆく その1 旅の始まり

 「近江街道の旅」は、去年の「越前と若狭の旅」の続きである。  「越前と若狭の旅」は「越国(こしのくに)」と呼ばれ、ヤマト王権の勢力が十分に及ばない日本海側の地域でありながら、朝鮮半島や大陸からの交通路になっていて先進文化が栄えていた地域の南端部の旅であった。  「近江街道の旅」はヤマト王権の直接の主要な血となった継体天皇の…
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