テーマ:日本最長10河川旅で出会った「日本を代表する人物」

「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 北上川への旅 その10 早熟の天才少年と誰もが認める男を…

僕は、啄木が好きだったという鶴飼橋の方へ歩いて行った。この辺りの北上川の川幅は30m程である。 小学生の頃の啄木は、夕暮れになると友達を連れ出して鶴飼橋に行ったという。 橋の上から上流方向には姫神山、下流方向には岩手山が見える。 丁度その頃、月は東の峰にのぼり、日は西の峰に落ちる。 ここを舞台にして啄木は小説…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 

渋民公園内の啄木歌碑が見たかった。あのやはらかに柳あをめる      北上の岸辺目に見ゆ         泣けとごとくにの歌碑である。  遠く岩手山を望む北上河畔に、啄木没後10年を記念して大正11年にこの短歌を刻んだ歌碑が建てられた。 歌碑は大勢の啄木ファンの寄付で集まった資金を元に、地元の無名の青年たちの手により建てられたもので、…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 北上川への旅 その8 石川啄木 NO2 学校の図書庫の裏…

常光寺の次に、啄木が少年時代・青春時代を生活した岩手県盛岡市玉山区渋民字渋民に向かった。 ここには、少年時代・青春時代を生活した宝徳寺、啄木が通った旧渋民小学校跡地、旧斎藤家跡地などがあるが、旧渋民尋常高等小学校校舎と旧斎藤家は石川啄木記念館の敷地内に移築されている。最初に啄木記念館に入った。 石川啄木記念館は石川啄木の人となり…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 北上川への旅 その8 石川啄木 NO1 青春の匂いだけの…

 2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、2…
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「日本最長10河川の旅」で出会った日本を代表する人物 北上川への旅 その6 宮沢賢治を歩く

 宮沢賢治の生きた時代は20世紀初頭の時代で、戦争や貧困が日常のように庶民に襲い掛かり、地方の裕福な階級として何不自由の無い生活をして来た心あるインテリ層を、突然革命家に変えるような時代だった。 北上川と豊沢川が合流する地点、豊沢川の右岸で北上川を臨む小高い丘の一角に、賢治が妹トシを失い、稗貫農学校の教員を辞めてから住んでいた羅須地人協…
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「日本最長10河川の旅」「日本を代表する人物」 北上川への旅 その5 宮沢賢治の書いた童話や物語から その4 賢治…

賢治の童話の中でも一番有名なものは、「風の又三郎」そして「銀河鉄道の夜」だろう。 今回は「風の又三郎」は省略し、「銀河鉄道の夜」を取り上げる。 「銀河鉄道の夜」は賢治作品中の最も大作と言われ、賢治文学の最高傑作とも称されるもので、簡単な言葉で語ることは出来ない重い作品であると受け留めている。 ジョバンニが夢の中で、友人カンパネルラと死…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 北上川への旅 その5 宮沢賢治の書いた童話や物語から そ…

賢治の童話の中でも一番有名なものは、「風の又三郎」そして「銀河鉄道の夜」だろう。 風の又三郎は、小学生の読み物としては面白いと感ずる、登場人物の年代に合わせた童話である。 9月の台風の多い時期、転校生として北海道から鉱山技師の父親と一緒にやって来た高田三郎は、山の小さな学校(1年から6年まで一教室)の4年生として編入される。 この…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 北上川への旅 その6 宮沢賢治の書いた童話や物語から そ…

「グスコーブドリの伝記」は自己犠牲を扱った物語で、この種の物語のテーマは、「至高の愛=自己を捨てること」による他者の生存ということになる。 よくある例としては、水難事故に会って救命ボートで脱出しないと助からないが、たとえば恋人の男女とか、夫婦とか、親子とかが取り残されている。 一人しか助かるスペースがないので、どちらかは…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その6 北上川 NO3 宮沢賢治の書いた童話や物語からⅠ「注文…

宮沢賢治の書いた童話や物語を思いつくままに列挙してみると、「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」「虔十公園林」「「グスコーブドリの伝記」「よだかの星」「やまなし」「注文の多い料理店」「セロ弾きのゴーシュ」「どんぐりと山ねこ」「シグナルとシグナレス」「なめとこ山のくま」「種山が原」などが思い浮かぶ。 童話として誰もが面白いと感じるのは、「注文の…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その6 北上川 NO2 宮沢賢治の理想

賢治は、花巻で一、二を争う程裕福な商家に生まれた。                                 宮沢賢治生家 父親の政次郎は理財の才能のある人で、彼は知人にもし自分が宗教というものにまったく縁のない人間だったら、三井や三菱のような財閥を築いていただろうと語っていたというエピソードがあるが、それ程賢治の父は…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その6 北上川 NO1  宮沢賢治の「雨にも負けず・・・」 

 2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名と出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その5 利根川 NO3 萩原朔太郎と西脇順三郎

 朔太郎のことを思いながら前橋に到着した僕は、最初に前橋文学館へ行きたかったが、道を聞いた70代位の女性に、随分疲れているようだからホテルに直行しなさいと言われ、そうすることにした。 今日の宿泊先は、前橋サンホテルという名のビジネスホテルで、国道17号にも国道50号にも近い、前橋の繁華街の裏通りに合った。 何回か手を入れてはいるがそうと…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その5 利根川 NO2 朔太郎の妹「アイ」と初恋の女「馬場ナカ」

 アイは朔太郎の美人4姉妹の末の妹であるが、アイで思い出すのが三好達治である。 以前三国湊を旅した際に、世に名高い遊郭地帯で料亭を営んでいた「たかだや」跡を通ったことがある。 「たかだや」は昭和を代表する詩人三好達治が、1944年から1949年までの5年間この三国に疎開し、戦争後頻繁に通って三國湊の風情に親しんだ料亭である。 三好達治は…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その5 利根川 NO 0 環境考古学者安田喜憲

 僕が現在注目している環境考古学という分野の学問のパイオニアである安田喜憲氏は、ある講演会の中で、西洋文明の目的地としてのユートピアと東洋文明の目的地としての桃源郷の意味するものについて記載していた。 彼は西洋文明と東洋文明の違いを、前者は畑作牧畜民の創った文明、後者は稲作漁労民の作った文明としてとらえている。  畑作牧畜民の…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その5 利根川 NO1 萩原朔太郎のまち「前橋」へ向かう

 2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、2…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その4 阿賀野川 NO2「野口英世青春館」にて」

 2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、2…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その4 阿賀野川 NO1「野口英世青春通り」

2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、20…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その3 姫川 NO3「ポラリス 岡倉天心」

2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、20…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その3 姫川 NO2「岡倉天心と会津八一」

2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、20…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その3 姫川 NO1「岡倉天心への旅」 

 2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、2…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その2 神流川 「内山節」

2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、20…
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日本最長10河川の旅で出会った「日本を代表する人物」その1 信濃川 「島崎藤村」

 2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、2…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 その13 天塩川の旅   

 2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、2…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 その12 石狩川への旅  司馬遼太郎 NO3「北海道の諸…

 新十津川町の物語は、故郷崩壊と故郷再生の物語である。 新十津川町は奈良県南部に位置する日本一広い村として有名な十津川村の住民が、大洪水で被災し、難民同然に北海道の空知地方の中央部に入植し、新しい十津川をこの地で造りあげた町として有名で、今では北海道でも有数の富裕な農村として知られている。 小松左京氏の著名な小説に「日本沈没」というSF…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 その12 石狩川への旅  司馬遼太郎 NO2「北海道の諸…

厚田村を出てからの行き先は月形町である。 それから新十津川町、更に深川市など、司馬遼太郎が「街道をゆく 北海道の諸道」で書いていた場所を回り、昼過ぎには旭川市に入る予定である。 北海道近代史の想像を絶する凄さとは、日本人が弥生時代(紀元前10世紀中頃から始まる)から始め、2千年もの時を使って拡大改良させて来た稲作技術を中心とする生活体系…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 その12 石狩川への旅  司馬遼太郎 NO1「北海道の諸…

 石狩川への旅は、「司馬遼太郎の街道をゆく」を携えて旅した最初の旅となった。 この川では、「司馬遼太郎の街道をゆく 北海道の諸道」を旅の友とした。 「北海道の諸道」の中の、「厚田村へ」と「集治監」と「新十津川町」の3節をこの旅で参考書としたが、残りは「松前街道をゆく」の際に参考書とした。 それでは、「司馬遼太郎の街道をゆく」のプロローグ…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 その11 天竜川への旅 NO3 柳田國男が本当の意味で誕…

旧谷中村で簡単な昼食を済ませた後、次の目的地である日本民俗学の父・柳田國男ゆかりの地、茨城県北相馬郡利根町へ向かった。  赤丸印の旧谷中村からほぼピンクの線どおりに利根川を下り、青丸印の利根町布川へ午後3時頃に到着した。 時間も限られているので、利根町では柳田國男記念公苑だけを見ることにした。 柳田國男記念公苑は、國男が少年時代を…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 その11 天竜川への旅 NO2 飯田で柳田國男記念館に行く

柳田國男は1875年(明治8年)7月31日、飾磨県(兵庫県)神東郡田原村辻川(現:兵庫県神崎郡福崎町辻川)に儒者で医者の松岡操、たけの六男(男ばかりの八人兄弟)として出生した。 松岡左仲━━小鶴         ┏松岡鼎       ┃  (操と改名) ┃       ┣━━━松岡賢次  ┣松岡俊次       ┃     ┃   ┃…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 その11 天竜川への旅 NO1 飯田で柳田國男記念館に行…

 2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、2…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 その10 木曽川への旅 島崎藤村 NO2 藤村の初恋の人…

下図は本陣と脇本陣と脇本陣の隣の歴史資料館の位置関係であるが、この三館の共通入館料が700円で売られていて、それを買って三館を廻った。 妻籠本陣はさっと見て、脇本陣に向かった。 妻籠の脇本陣は屋号を「奥谷」と称し、代々林氏が脇本陣・問屋を勤めた家。 現在の建物は明治10年にそれまで禁制であった桧をふんだんに使い建てられた。…
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