テーマ:台湾紀行

台湾紀行 その42  饒河街夜市見学(台湾紀行の旅最終回)

 饒河街夜市見学で台湾紀行の全日程は終わる。  今まで、北京、ソウルと、日本と並ぶ東アジアのリーダーの国々の首都を十分とは言えないまでも、ある程度把握できる程度に散策する機会を持った。  しかし、同じ東アジアの隣国である台湾の首都である台北は、故宮博物館と夜の台北を垣間見るに留まった。  首都を知らずして台湾の概要を理解したということに…
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台湾紀行 その41 台北101展望台見学

この台北101(赤字1)は夜景が目的、この後は夜市(赤字2)見学である。  まず、噂の101の夜景からである。東南の方角に南港山があるので、夜景見学は南から西そして北と順に見ていった。 エレベーターを降りると、まず南方の夜景。  この方角はそう目立った建物も少ないので、地味な感じの夜景が広がっている。  西方だが、この方角は台北の中心部…
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台湾紀行 その40 Kavalanを買って台北101展望台へ

 2012年3月26日(火)の残された日程は免税品店でのショッピング、その後市内の食堂でバイキング形式での夕食、最後に「台北101展望台と夜市散策」となっていた。明日はもう飛行機で帰国するだけの日程である。  まず台北唯一の免税店EVERRICH DUTY FREE SHOP(昇恒昌)へ案内された。 ブルガリ、バーバリー、カルティエ、セ…
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台湾紀行 その39 「場所の悲哀」

 この辺で故宮博物院を後にするが、台湾人にとって台湾がどういう国であるか、真摯に考えてみたい。  司馬遼太郎は「街道をゆく 台湾紀行」の巻末に、蒋介石の息子で台湾総統だった蒋経国の後を引き継ぎ、1988年から2000年まで10年以上に渡って、はじめて本島人出身の身で台湾総統となった李登輝総統との対談を掲載している。  対談の名前は「場所…
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台湾紀行 その38 故宮博物院で「肉形石」を見学

 三大至宝の一つである肉形石(にくがたいし)も「翠玉白菜」の近くに展示されていた。このように、一見しただけでは、豚の角煮そのものである。  「玉髄(ぎょくずい)」という天然石で出来ていて、色は着色したもの。 清時代の作品で、皮の表面には、毛穴まである。 肉形石の素材は、幾層もの模様が重なった碧玉類の鉱物で、彫刻師はこの天然の特徴を生かし…
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台湾紀行 その37 故宮博物院で「翠玉白菜」を見学

 九份観光を終えると、僕等のツアーは台北の故宮博物院へ向かった。 北京の故宮は2010年1月の厳冬期に訪問したが、その頃は今ほど大気汚染が深刻化してなくて、故宮(紫禁城)の気温は零下2度位で、冷たくはあったが爽やかだった。台北の故宮博物院は2013年3月26日に訪問、気温は20度を超え、半袖でも過ごせるほどだった。  故宮博物院での写真…
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台湾紀行 その36  九份(千と千尋の街)を歩く

 この「悲情城市」という名の喫茶店の前が40分後の集合場所となり、ここから王ガイドとはお別れとなり、各自勝手に九份の街を散策となった。  自由散策になるとは知らなかったので、九份の街をかなり詳しく紹介しているまっぷるの「台湾」というガイドブックを、残念ながらバスの中に置いて来てしまった。  従ってここからは、人の動く方向に沿って適当に見…
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台湾紀行 その35 九份(ゴールドラッシュの街)を歩く

 九份は東洋随一の金鉱があった金瓜石に近く、かってゴールドラッシュに沸いた街。  清朝時代の1890年(明治23年)、基隆川に架ける鉄道橋工事の最中、作業員によって渓流から砂金が発見された。 1893年には九份にて金鉱を発見、一躍ゴールドラッシュの様相を呈し、翌1894年には金瓜石でも金鉱が発見された。 金瓜石鉱山は日本統治時代に東洋一…
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台湾紀行 その34  台湾高速鉄道に乗る

太魯閣渓谷の見学を終えると花蓮市内に戻って大理石工場の見学を1時間程したが、たいしたこともなかったので省略する。  大理石工場の見学を終えると、僕等のツアーは青線区間を台湾高速鉄道に乗った。行く先は1年のうちの280日が雨という、千と千尋の神隠しのモデルとなった九份(チュウフン)の街である。  この花蓮駅から高速鉄道に乗り込んだ…
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台湾紀行 その33 太魯閣渓谷(タロコ渓谷)を見学

 2013年3月26日(火)の朝となった。  台湾4日目のこの日の朝は5時に起床、6時からホテルでバイキング朝食、7時にはホテル出発という強行日程だった。   阪急交通社さんの密度の濃い(よく言えばの話だが)日程には、2012年10月の韓国一周の旅で慣れている。  4日目は、花蓮の北方に位置する太魯閣渓谷(タロコ渓谷)を最初に見学、その…
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台湾紀行 その32 花蓮の宿は統帥大飯店

 アミ族ショーを楽しんだ後は、市内のレストラン(記録がないのでどこかは不明)で広東料理での晩餐となった。  ここでは酢豚などの僕ら日本人が普段親しんでいる料理が出されたので、メモには今まで台湾で食べた料理の中で一番合っていたと書いてあった。  なお、スープはとびきり美味しいコーンスープと記録にあった。  晩餐の後は、今夜の宿である花蓮…
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台湾紀行 その31 台湾原住(先住)民族アミ族のショー

 それでは、アミ族のショーを見学である。 花蓮市内の地図だが、赤矢印の位置がアミ族ジョーの行われる阿美文化村である。  ショーは1回目が夕方の午後5時半から、2回目が午後7時半からということで、それぞれ1時間程行われる。  僕等のツアーは1回目の開演時間に合わせて、午後5時少し過ぎに、ここに到着していた。  ここで偶然、台中でバスの乗り…
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台湾紀行 その30  台湾原住(先住)民族アミ族のこと その2

台湾原住民の祖型がわかったところで、話を進めて行く。 現在、政府から認定された原住民族は、タイヤル(アタヤル)、アミ、ヤミ(タウまたはタオ)、プユマ、パイワン、ルカイ、ブヌン、ツォウ、サイシャット(サイシヤット)、サオ、タロコ、カバランの十二族で、住み分けは上図のとおり。 台湾原住民族の歴史だが、1603年(明:万暦31…
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台湾紀行 その29  台湾原住(先住)民族アミ族のこと

 高雄から花蓮までの400km程の観光バスの旅は終了、目的地の花蓮市には午後4時半ころ到着した。  花蓮市は花蓮県の県都である。   ここで花蓮県の概要を紹介すると、花蓮県は台湾東部中央に位置し、西方は台湾中央山脈、東方は太平洋に面している。  面積は同国の県の中で最大であるが、大部分を山岳地帯が占め、平地は僅か7%しかなく、人口の大部…
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台湾紀行 その28 実にロマンチックな北回帰線標塔

 台湾では西海岸の嘉義県水上郷と東海岸の花蓮県豊濱郷靜浦村と道一つ内陸の花蓮県瑞穗郷の3カ所に標塔が設置されている。  僕らがこれから向かうのは、東海岸の花蓮県豊濱郷靜浦村にある北回帰線標塔である。その北回帰線標塔は公園風に整備されており、その上土産物屋まである観光地となっていた。  観光バスが何台も停まっていて、観光客で賑わっていた。…
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台湾紀行その27  北回帰線標塔を目指し、東海岸地方を行く

 昼食後、バスは東海岸を花蓮へ向けて出発。 台東で花蓮までの道の半分ほど、残りはもう200kmまではないだろう。  これから黄色と赤の点線部分(台東〜花蓮)を行く。 この旅程のちょうど中程が北回帰線で、そこより南は熱帯、北は亜熱帯となる。僕等は熱帯台湾にいる訳で、これから北回帰線を通り抜け、亜熱帯へ入っていくことになる。 地図…
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台湾紀行その26  台東で田舎料理の昼食

台東市の更生路にある「一家餐廳」が僕らの昼食の場所。一家餐廳は、創業20年歴史を誇り、店内も広い。  ここのメインメニューは湖南料理や台湾料理や江浙料理などで、それらをバラエティ豊かに揃えて、地元の人の披露宴や忘年会、会議、宴会などによく利用されているという。 この店で田舎料理というものを食べたが、いつものように円卓テーブルを囲ん…
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台湾紀行その25  台湾東海岸にて 王ガイドの話 その2

王ガイドの話は続く。   台湾は北が雨が多い地域、南が雨が少ない地域となる。 毎年7月から10月までは台湾は台風のシーズンとなり、台風は東部海岸の花蓮のあたりから上陸するので、花蓮はこのシーズンは大変である。(今は3月だからベストシーズン)  現代は仕事でも何でもパソコンの時代で、少し昔の話しになるが、台湾の一般人がコンピューター…
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台湾紀行その24 台湾東海岸にて 王ガイドの話 その1

 高雄を出ると台湾島をさらに南東に下っていく。  大きな黄色の丸に囲まれた地域が台湾最南端の恒春、台湾映画『海角七号(かいかくななごう)君想う、国境の南』の舞台の地である。  ここで、日がな一日ロケ地回りをしたりするのも楽しいのだが、今日の旅は残念ながらほぼ一日バスに乗ってるだけの旅で、空色のコースを途中下車もせずに進んでいくだけ…
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台湾紀行その23  高雄市内の土産物店で北投石を買う

 高雄トンマオホテルを出て、高雄市内の土産物店に向かった。   昨日は見学箇所が多くて買い物どころではなかったが、今日は台湾東海岸の花蓮目指して400km程の距離をバスで移動するのが主な日程。  大移動の前に、市内の宏宜藝品公司での買い物が今日最初の日程となった。  ツアーバスから降り店内に入ると、すぐに僕らは階段を降り、その…
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台湾紀行その22 高雄出発の朝(高雄トンマオホテルで朝食)

高雄トンマオホテル(高雄統茂休間飯店)は市の中心部、愛河の近くに位置する三つ星ホテルで、二つ星ホテルだった台中の富王大飯店よりはホテルの評価は高い。  この時の部屋は枕が二つあり、ダブルベッドの部屋だった。  もしかすると、夜市で知り合った檳榔(びんろう)売りのような若い娘と過ごすためにあらかじめ・・・・などと楽しい夢想もしたが、…
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台湾紀行その21 高雄の六合夜市にて

夕食は海鮮料理とのことで、食べ物が1品ずつ出て来た。 昼と同じテーブルスタイルで、昼と同じく、3班の8名とテーブルを囲み、楽しく会食。  料理の中では、イカを使った酢豚風の料理が美味しかったが、その他に生エビのサシミも印象に残った。  そして、午後7時半から台湾名物の夜市見学となった。  僕らが行くのは、今夜宿泊となる高雄トンマオホ…
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台湾紀行 その20 寿山から高雄湊を見下ろす

これから寿山の寿山公園に上がり、高雄の街を見下ろす。  寿山は高雄市の西南部に位置し、南北に走るサンゴ礁の上にできた丘陵地。古くは麒麟山、埋金山、打狗山、打鼓山とも呼ばれた高雄市の天然のランドマーク。もとは平埔族という原住民が狩りをしながら暮らしていたところでもある。  寿山公園の山頂からは高雄港の絶景が望めた。   時…
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台湾紀行その19  高雄で道教寺院「慈濟宮」を見学

慈濟宮は龍虎塔の道路を挟んで反対側にあり、台湾の民間信仰の道教寺院でもある。  主祭神は病気平癒の医神“保生大帝”で、中国・宋の仁宗の時代(11世紀)にその皇后の難病を全快させた名医“呉本”を指すと言われている。 先ほどの龍虎塔はこの慈濟宮の一部と見なされている。慈濟宮に入ってみたが、いかにも台湾という感覚の装飾が施され、赤と金で…
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台湾紀行その18  高雄に到着、まず蓮池潭見学

高雄は、台湾第二の都市で、台湾南部に限れば第一の都市。寿山というテーブル状の大きな台地(標高200m)のふもとに位置し、海からの目当てになる山と、旗津という名の砂州に保護された潟があり、古くから良港として知られていた。 日本統治が始まる以前から日本統治期間にかけての市街地は、愛河(日本統治時代の高雄川)の西側、寿山山麓に位置し…
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台湾紀行その17  日本の台湾統治時代と八田與一のこと

王ガイドはまた、八田與一についても話した。僕は司馬遼太郎の台湾紀行を事前に読んでいたので、彼のことは知っていた。  司馬遼太郎の台湾紀行には印象に残る傑物が大勢登場し、台湾紀行の格式をグレードアップさせる役割を演じているが、僕が台湾紀行の中で特に惹かれたのが元中華民国(台湾)総統の李登輝、そしてもう一人が日本の水利技術者で日本統治時代の…
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台湾紀行その16 台湾紀行 檳榔(びんろう)の話

鹿港見学後、僕等のツアーは、今日の宿泊地である台湾の南に位置し台湾第2の人口を誇る高雄に向かった。 日程表では3時間の行程と書かれていたが、実際には2時間半で着いたので、午後4時ころの到着となった。  鹿港-高雄の行程は黄色の実線部分で、ほとんど高速道路。  バスの中は半分眠って、半分は王ガイドの話に耳を傾けていた。王ガイドは檳榔…
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台湾紀行その15   鹿港の老街、九曲巷を歩く

 老街は、中山路と並行し、埔頭街、瑤林街、大有街にまたがるエリア。  上図では、赤線の部分が老街である。現在、古跡保護区に指定されていて、道の両脇にはレンガ造りや木造の家屋が並び、風情溢れる通りとなっている。 茶芸館やお土産屋など商店も多く、週末は多くの観光客で賑わい、僕等も日曜日に訪れたので、ここはごった返していた。  僕等のツア…
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台湾紀行その14  鹿港見学 その2

 それでは、鹿港見学に入ろう。  まず、最初は中山路から天后宮に向かう。それから老街(古市街)、九曲巷と、休日の日曜日でごったがえす鹿港の街を見学する。  鹿港のメインストリートである中山路は、燈籠や中国刺繍、錫物など伝統工芸品の店が多数あることで知られ、200年前の黄金時代には五福大街という名で、現在と同じく鹿港で最もにぎやかなエリア…
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台湾紀行その13  鹿港見学 その1

 昼食後は青丸で囲まれた赤い2番の場所「鹿港」の見学である。  鹿港は台湾西岸の中間に位置し、清の統治時代には天然の良港として商業の中心地として発展した。鹿港一体は台湾原住民平埔族のうちパゼッヘ族の居住地だった。なお平埔族(へいほぞく)は、台湾原住民のうち西部の平野部に住む民族を指す総称である。  元々は、台湾の平野部全域に居住…
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