テーマ:石川啄木と函館

石川啄木と函館 その1 啄木小公園にて

 啄木が妻子を盛岡に、老婆を渋民に残し、妹の光子と津軽海峡を越えたのは、明治40年(1907年)5月4日で、まず函館に居を構えた。 その後札幌、小樽、釧路と北海道を遍歴放浪することになるが、ここでは啄木の函館時代に触れることにする。 平成26年(2014年)に11泊12日の日程で北海道の道南地方を旅したことがあり、その時に啄木の旧跡等を…
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石川啄木と函館 その5 「友の恋歌矢ぐるまの花」の青柳町を散策Ⅱ

 「啄木と函館」に添付してあった地図を頼りに、青柳町を更に散策した。 アの位置の苜蓿舎同人吉野白村宅跡、イの位置の松岡蕗堂居宅跡、ウの位置の石川啄木居住地跡、エの位置の亀井勝一郎の文学碑跡の4箇所である。 この広く見える通りは桜通り、左手にはすりばち坂、すりばち坂の向こうの黄四角で囲ったアの位置に、苜蓿舎同人吉野白村宅があった。 吉野白…
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石川啄木と函館 その4 「友の恋歌矢ぐるまの花」の青柳町を散策Ⅰ

 翌日の平成26年(2014年)6月25日も、良く晴れて暑い一日となった。 午前中「函館の青柳町こそかなしけれ 友の恋歌 矢ぐるまの花」で有名な青柳町を散策した。 グルメの街である函館でいろいろ間食し過ぎ、それがたたったのか食欲なしで、朝飯抜きでのスタートとなった。 ホテルから5分程歩き、宝来町で電車に乗り、ひと駅先の青柳町に降車した。…
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石川啄木と函館 その3 橘智恵子の弥生小学校

 啄木は明治40年6月、函館の弥生尋常小学校で代用教員になったが、翌日の平成26年(2014年)6月24日に弥生小学校に立ち寄った。 弥生小学校は、函館山の右端の山裾の西部地区と呼ばれる地域にあった。 啄木はこの地に建っていたこの小学校の前身である「弥生尋常小学校」に、明治40年6月12日から7月中旬まで1ケ月あまり出勤した。 そこには…
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