テーマ:歴史

耽羅紀行(済州島の旅) その2 上野アメ横にて

 4月13日(日)、14時7分発のMAXとき328号に乗車、ダイヤ通り16時14分に上野に到着した。   普段は車で旅をしていて、外国旅行も居住する新潟空港から直接なので、新幹線で旅をするのは滅多になく、2時間程の新幹線の旅を新鮮な気持ちで楽しんだ。   日曜日の午後の出発なので、始発の新潟駅は同じ車両に僕の他には一人しか乗…
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「播磨と淡路のみち」 その3 竹田城散策の始まり

 竹田城収受棟前でガイドの今村さんが待っていてくれた。  ここで竹田城観覧料の500円を支払って、今村ガイドにもここで2000円のガイド料を支払った。  これから竹田城址に向かって歩いていくが、今村ガイドは城址までの道を簡単に竹田城址の説明をしながら登って行く。  僕もビデオカメラを回しながら、今村ガイドの説明をビデオに収録してい…
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耽羅紀行(済州島の旅) その1 旅の計画そして上野まで

 今回お世話になった旅行会社とツアーコースだが、旅行会社は「心に届く旅でお馴染みの阪急交通社」さん、ツアーコースは成田発「ラマダプラザ済州に泊まる春爛漫済州島3日間」の「4月14日から16日」までの3日間の旅である。  他社の菜の花の時期のイメージ写真を借用しているが、こんな絶景が見られる。  菜の花の背景は世界遺産の城山日出…
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「播磨と淡路のみち」 その2 竹田城跡バス停に到着

 旅の二日目となった。  朝食はホテルでのバイキングによる朝食である。  セレクトしたのはこんなおかずとご飯とみそ汁で、コンビニで買った朝食とはいろいろと違うので、やはりホテルで暖かい朝ご飯を食べることができるのは、旅するものにとってはありがたい。  ホテルのレストランはこんな感じの雰囲気で、ここで夕食も食べてみたかっ…
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耽羅紀行(済州島の旅) プロローグ

 僕の心の中で気になる場所で、行きたいと思いながらなかなか行けなかった済州島に、2014年4月14日~16日の2泊3日の日程で行って来た。  最近の済州島への興味は、気楽な娯楽としてのオールインなどの韓ドラの中のロケ地を実際にこの目で見てみたいというものに変わってしまったが、その前は、文化人類学者の泉誠一(僕の中では、インディジ…
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「播磨と淡路のみち」 その1 姫路文学館

 旅の1日目は、まず(上越・東海道山陽)新幹線を乗り継いでの電車の旅である。  朝食と昼食は電車の中で済ませた。  朝食はミックスサンド+お茶、昼食は東京駅で買った金目鯛の味比べ膳である。  今日から3日間宿泊することになるホテル姫路プラザには午後2時前に到着したので、ホテルに荷物を預けると姫路駅前から姫路城ループバスに乗っ…
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「播磨と淡路のみち」 プロローグ

 2018年(平成30年)11月4日(日)から11月12日(月)まで、8泊9日の日程で兵庫県を旅した。  古来は播磨国(山崎藩・安志藩・三日月藩・林田藩・三草藩・龍野藩・小野藩・姫路藩・赤穂藩・明石藩・福本藩・新宮藩・姫路新田藩・平福藩が江戸時代に置かれた。)と呼ばれた地域である。  そして、古来は淡路国(古事記、日本書紀、の…
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能登(日本道)への道 その39  絶景の東海岸で旅を終える

 黄☆印の金剛岬を出発した。  奥能登絶景街道に引き続き絶景となる東海岸を40分ほど走って、恋路海岸の見附島(軍艦島)に到着した。  見附島は自然が造り出した高さ約28mの無人島で、島の形が大きな軍艦のような形をしているところから、別名軍艦島とも呼ばれており、能登半島を象徴する景勝地として知られている。  軍艦島…
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東京散歩Ⅱ その55  「東京散歩Ⅱ」、最後は鬼門封じの日枝神社を拝観

 「東京散歩Ⅱ」の8泊9日の旅も、今回で最後である。  清水谷公園から再び弁慶橋を渡って、山王権現日枝神社に着いた。  今日の最後に、江戸街の鬼門封じの意味で天海和尚によって創建された寛永寺と対をなして、江戸街の裏鬼門に設置された日枝神社を拝観する。  ちなみに、京都の街の鬼門封じは、桓武天皇の時代に京都の表鬼門に建てられた…
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能登(日本道)への道 その38  最果ての禄剛埼灯台にたどりつく

 ほぼ2時間かかって、禄剛埼灯台にたどり着いた。  「さいはてにて」のロケ地などを色々見てくればもう1時間はかかっただろうが、夕方までに七尾の宿泊ホテルに着くには、今のペースが適当である。  このシーンは、350m程の禄剛埼までの登り道を振り返って見たところだが、勾配がきつくて息が切れ、何度も立ち止まって休んだ。  …
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東京散歩Ⅱ その54  豊川稲荷から清水谷公園へ

 高橋是清翁記念公園を出て、豊川稲荷東京別院へ向かった。  豊川稲荷東京別院は港区元赤坂にある曹洞宗の寺院で、豊川稲荷妙厳寺(愛知県豊川市)の唯一の直轄別院である。  この別院は、大岡越前守忠相が三河時代より豊川稲荷を信仰していたため、豊川稲荷から吒枳尼天(だきにてん)を勧請して屋敷稲荷として自邸で祀ったのを由来としている。 …
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能登(日本道)への道 その37 奥能登絶景街道をゆく 

 今日は能登半島の最北端最果ての地である禄剛埼灯台を目指し、それから能登半島の東海岸を南下して七尾に向かい、そこで泊まる計画である。  まず、新橋旅館から47km時間にして1時間ほどかかる、最北端最果ての地である禄剛埼灯台に向けて出発である。  この道は奥能登絶景街道と呼ばれていて、運転する者にとっては誘惑の多い魅力的な道で…
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能登(日本道)への道 その36 新橋旅館にて  

 今日の宿舎は、輪島川に架かる新橋近くに建っている新橋旅館である。  この旅館は一泊二食の6,640円で予約していたが、第一印象は値段相当の外観だった。  しかし、旅館の中に入ると館内全体が和紙のギャラリーとなっていて、和紙は輪島市三井で作られている仁行和紙を主に使っているとのこと。  廊下には棟方志功を思わせる…
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東京散歩Ⅱ その53  高橋是清翁記念公園にて

 時間が昼過ぎとなったので、近くの青山Vダックで昼食とした。  食べたのは900円のこの牛肉スタミナランチで、中に入っていた「もやし」がしゃきしゃきして、とても歯触りが良かった。  昼食後、赤坂散歩は高橋是清翁記念公園から豊川稲荷東京別院へと続いて行く。  まず、高橋是清翁記念公園に向かった。  ここは第20代日本国…
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東京散歩Ⅱ その52 乃木坂散策

 本氷川坂から赤坂小学校に向かった。  ここに大岡忠相邸があったが、その痕跡を探そうと学校の周囲を探索したが、何も見つからなかったので、諦めて乃木坂に向かった。  乃木坂は、乃木神社や乃木邸の前の坂で、乃木神社の創建に合わせてその名称がつけられたということである。  実際の乃木坂は、こんな坂である。  名称のも…
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東京散歩Ⅱ その51 氷川神社から旧海舟邸まで

 浄土真宗髙田派三寺に別れを告げ、氷川神社に向かって歩いて行く。  氷川神社へは、南部坂を通って行った。  南部坂は赤坂二丁目と六本木二丁目の境界を、アメリカ大使館宿舎わきを西北に上り、左折してさらに氷川神社のほうに上る坂である。   坂の名称は、江戸時代初期に近隣の氷川神社の辺りに南部家中屋敷があったことに因むが、こ…
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東京散歩Ⅱ その50 浄土真宗髙田派三寺を訪問

 司馬遼太郎の「街道をゆく 赤坂散歩」を参考書として、浄土真宗髙田派三寺をこれから訪問する。  最初の寺は正福寺で、門には三つ葉葵の家紋がある。  正福寺の山号は櫻田山といい、光教院休傳法師が開基となり影正庵として創建し、1726年に現寺号に改めたという。  赤坂散歩を読むと、「一番初めに江戸人というものができたとすれ…
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東京散歩Ⅱ その49  赤坂散歩の始まり

 この日の夕食は、慶応大学医学部前の通りで営業している食堂で済ました。  食堂はこの黄四角の部分にあり、宿泊している外苑ホテルからも近い便利な食堂で、ここで1080円の広島牡蠣定食+納豆を食べた。  翌8月2日(火)は曇り時々雨の天気となった。  今日は、上の日程で赤坂を散歩する計画である、  いつもの外苑ホテルの朝…
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東京散歩Ⅱ その48 神田古書店街を散策

 食事が終わっても、依然として雨の降り止む気配がなかったので、午後に予定していた計画を取りやめ、神田の古書店街の散策にとどめた。  神田古書店街は、主に東京都千代田区神田神保町にある古書店などが密集している場所の総称で、1880年代にこの地域に相次いで創立された法律学校、明治法律学校(明治大学)、英吉利法律学校(中央大学)、日本法律学…
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東京散歩Ⅱ その47 大学発祥の地を歩く

 一ツ橋徳川家屋敷跡を後に、一ツ橋を渡って北に向かって歩いていくと、いろんな学校の発祥の地碑が建っている界隈となる。  この辺りは、東京の学問の発祥の地の一つでもある。  まず、東京外国語大学の前身である東京外国語学校の発祥の地碑があった。  そのすぐ隣に、新島襄先生生誕の地碑とその説明板が立っていた。 …
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東京散歩Ⅱ その46 玄武館跡から一橋家跡まで

 お玉ヶ池種痘所の次に、千葉周作の道場である玄武館があった場所に行ってみた。  玄武館があった場所は千桜小学校が建っていたが、今は廃校となっているという。  この地図を目当てに、交番の方にも聞いたりして、何とか玄武館があった場所に辿り着いた。  この場所は2014年10月末日以降建設工事中で、このフェンスの中に玄武館が…
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