テーマ:甲州街道と佐久平みち

甲州街道と佐久平みち その23  かわせみの宿 

 かわせみの宿は創業70年の、山あいに建つ緑の中の一軒宿である。  敷地内にある池にはかわせみも飛んで来るそうで、この旅館のマークはそのかわせみのマークになっていた。ここは1泊朝食付き10800円で、決して安い旅館ではない。 しかし、露天風呂から温泉街が一望できるなど、別所随一の高台からの眺望が自慢の旅館である。  こ…
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甲州街道と佐久平みち その22 北向観音 

 常楽寺の次に、北向観音に行った。  北向観音は天台宗の寺院で、近隣にある同じ天台宗の常楽寺が本坊であり、その伽藍の一部として同寺が所有管理している。寺伝によれば、825年に円仁(慈覚大師)によって、常楽寺とともに開創されたとされる。  北向観音下の駐車場は午後4時半までは有料となっているが、まだ午後3時を少し過ぎた時間だっ…
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甲州街道と佐久平みち その21 常楽寺にて 

次に常楽寺に行った。 常楽寺は天台宗の寺院で、北向観音の本坊にあたる。 寺伝によれば、平安時代初期の825年に七久里の里と呼ばれていた別所温泉に観音菩薩が出現し、菩薩を安置するために円仁が開創したとされる。  常楽寺では蝉しぐれが出迎えてくれた。「寺域は緑に包まれ、あたり一面に蝉しぐれが振り続けて、もうそれだけで十分で…
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甲州街道と佐久平みち その20 別所温泉安楽寺

信濃国国分寺から別所温泉までは、距離にして13km程、30分程で到着の予定である。  別所温泉はネット情報では夕飯時に営業している店がほとんどないとうことだったので、別所温泉に探していく道中で今夜の晩飯を調達するためにコンビニを探し回っていて、結局見つけられなかった。  仕方なく、別所温泉駅構内にある観光案内所に立ち寄ったが…
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甲州街道と佐久平みち その19 上田城跡と真田氏 

 川中島古戦場から、次に上田城跡に向かった。  上田城跡まで距離にして30km程で、午前11時半頃には上田城跡駐車場に到着した。  ここから城内までは500m以上あり、ペットボトルの水を飲みながらとぼとぼと歩いた。 後でわかったことだが、レンタカーを停めた駐車場が適切でなく、真田神社の近くの駐車場に停めればこんなに歩くこ…
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甲州街道と佐久平みち その18 八幡原史跡(川中島古戦場)にて 

 長野トヨタレンタ長野店から、まず八幡原史跡(川中島古戦場)公園を目指した。  距離にして6.5km、時間にして20分もかからない。  午前10時には川中島古戦場に到着した。 川中島と言えば武田信玄と上杉謙信の合戦で有名な場所である。 川中島の戦いは、甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信との間で、北信濃の支配権を巡って行…
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甲州街道と佐久平みち その17 松本城

午後1時半には大王わさび農場を出発した。  16km程の安曇野の道を走って、午後2時半には松本城に入った。  今まで現存12天守(北から弘前城、松本城、犬山城、丸岡城、彦根城、姫路城、松江城、備前松山城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城)のうち9か所(弘前城、丸岡城、彦根城、姫路城、松江城、丸亀城、松山城、宇…
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甲州街道と佐久平みち その16 万水川のほとりで 

 安曇野の大王わさび園は2003年の「姫川の旅」で一度行ったことのある場所である。  黒沢明監督の「夢」の舞台となった「万水川のほとりの水車小屋」は当時のままで、そこを流れている透明感の高い清流万水川の流れも当時のままだった。  尺を越えると思われる虹鱒も泳いでいた。 その清流の横を歩いて、まず大王わさび農場に向かっ…
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甲州街道と佐久平みち その15 「やまっちそば」を食べる

 約500メートルの唐沢そば集落には7件のそば屋が軒を連ねていて、当初は根橋屋というそば屋に決めていたが、駐車場が満杯でこの店の近くも車を停めることができなかった。  結局集落を下って、そば集落が始まる箇所に店を構えている「水舎本店」に入ることにした。  この店は昭和58年「居酒屋 水舎」として開店し、のちに「手打ち…
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甲州街道と佐久平みち その14 旧制松本高校から唐沢そば集落に 

 松本深志高校から3㎞程離れた旧制松本高校(新制信州大学の発足にあたりその母体の1つとなり、文理学部に改組された。)に向かった。  旧制松本高校は1919年4月、長野県松本市に設立された官立の旧制高等学校である。改正高等学校令に基づき9番目の官立旧制高等学校として設立された学校で、ナンバースクールの高校に続き設立されたいわゆる…
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甲州街道と佐久平みち その13 旧開智学校の中に入る 

 旧開智学校の中に入ったが、特に印象に残るような展示は無かった。 親切に説明してくれたガイドとも別れたので、全く訳の分からないものにとっては、さらっと建物の中を一階から二階へ通り抜けるような見学しかできなかった。  ここは一階の廊下で、目立つような展示は無かった。  二階に入っても展示教室はガランとしていて、印象…
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甲州街道と佐久平みち その12 旧開智学校

旧開智学校に入ると、学芸員と思われる男性が、十数名ほどの観光客に向かって説明しているところだった。  旧開智学校については事前知識がまったくないので、ちょうどいい機会に遭遇できたと感謝しながら説明に耳を傾けた。  説明の男性は、今は重文になっているこの建物が今年中には国宝になる予定だと話し、それから国宝に格上…
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甲州街道と佐久平みち その11 信州松本の旅の始まり

 信玄堤を見たあとレンタカーを返して、甲府駅から特急あずさ号に乗って松本へ向かった。  松本駅までは計画表のとおり1時間ほどで、予定の時間に到着した。ただこの電車は特急と言っても山岳地帯を走るので、鈍行列車並みの速さとなっていた。  今夜宿泊するホテルはエースイン松本である。 松本は上高地へ行く玄関口となっている…
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甲州街道と佐久平みち その10 信玄堤を見る

 県立美術館の職員から場所を聞いて、楽しみにしていた信玄堤に向かった。信玄堤は山梨県甲斐市竜王にある堤防で、武田信玄により築かれたとされている。  堤防の位置は信玄橋の下流のピンク色で囲まれた地帯だと教えてもらったが、いくら探してもそんなものはなく、消防訓練の一団が車でやって来て、駐車しているレンタカーが訓練の邪魔になると…
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甲州街道と佐久平みち その9 山梨県立美術館

 次に、山梨県立文学館の向かいに建っている山梨県立美術館に入った。  文化不毛の地と評されていた山梨県では戦後博物館建設構想など文化事業振興の気運が高まり、山梨県知事となっていた田邊圀男は1975年に山梨県立美術館の設置事業に着手し、翌1976年には山梨県農事試験場跡地に美術館の建設が着工された。田辺と初代館長の千澤テイ治によ…
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甲州街道と佐久平みち その8 山梨県立文学館にて

 せっかく明野まで来たので、アルプスの少女ハイジをモチーフにしたテーマパーク「ハイジの村」に寄った。  アルプスの少女ハイジは動画の方が有名だが、もともとはスイスの作家ヨハンナ・スピリの児童文学作品である。1880年から1881年に執筆されたもので、原題は「Heidis Lehr- undWanderjahre」(ハイ…
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甲州街道と佐久平みち その7ー1 明野のひまわり畑

 その明野のひまわり畑に突入した。 ひまわり畑は家族連れや、絶景を撮影に来たカメラマンで賑わっていた。 これからこのひまわり畑を歩いていくが、雲が出ていてひまわり畑の背景となる南アルプスの山並みが霞んで見えるのが残念というとこである。 すぐ横で家族連れが横一列になって、お父さんから記念の1枚を撮影してもらっていた。 大人になってから、こ…
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甲州街道と佐久平みち その7 明野までの旅

 甲府城を下ってから、昨夜歩いた甲州夢小路を歩いてみた。  ライトアップされた昨夜の通りとは感じが全く違っていたが、気持ちよくこの通りを歩けた。  ここは昨夜白州を飲んだ明治館の建物で、この建物の二階に「U-ME」というバーが入って営業していた。  午前7時半前には宿泊先のホテルニューステーションに…
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甲州街道と佐久平みち その6 甲府城(別名舞鶴城)にいく 

白州のせいか、この夜は睡眠時間がことのほか快適で、朝までぐっすりだった。 午前6時前に、甲府駅近くにある甲府城(別名舞鶴城)に出かけた。  甲府城は甲府市中心街の一条小山に築城された中世から近世にかけての平山城で、武田氏滅亡後に甲斐を領した徳川氏や豊臣系大名が甲府城を築城して新たに甲府城下町が整備された。豊臣政権では…
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甲州街道と佐久平みち その5 「甲州夢小路」で白州を飲む

明日はレンタカーで甲府から松本まで行く予定だったが、天気予報では山梨県や長野県は午後から雷雨の予報が出ていたので心配になって、急きょ松本まで電車で行くことにした。 変更したせいで、レンタカー料金がすごく安くなった。 夕食はホテルの自室で、コンビニで買ったおにぎり2個と納豆の細巻き寿司とキュウリ等のスティック野菜と缶ビール(合計121…
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甲州街道と佐久平みち その4 積翠寺から甲斐善光寺へ

 武田神社から、次に積翠寺に向かった。  積翠寺までは距離にした約3km、時間にして5分ほどの距離であるが、積翠寺が標高約530mの位置に立地するため、実際には10分以上車に乗っていた。  真っすぐ目の前の石州瓦のような色合いの屋根の建物が積翠寺である。  この寺の開祖は行基とされていて、「甲斐国志」に拠れ…
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甲州街道と佐久平みち その3 躑躅ヶ崎館跡を散策

破却された躑躅ヶ崎館を想像しながら、武田神社の周囲を歩いていく。  現在の参道は武田神社創建時に切り開かれた通路であり、躑躅ヶ崎館の正門は、大手と呼ばれる東側にある。  黄色で塗った道を矢印のように歩いたが、初めて歩いた道なので実際は手探りで歩いているような状態となった。  この濠に沿って、神橋から…
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甲州街道と佐久平みち その2 武田神社宝物殿などを見る

武田神社は甲府市古府中町にある神社で、躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)の跡地に建てられている。  この神社は、武田信玄を祭神としている。  神社に参拝してから、この宝物殿に入った。  宝物殿は、軍配を持ったこの信玄公像のみが撮影が許可されていたので、これだけを宝物館の中で撮った。宝物殿は、昭和48年、に…
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甲州街道と佐久平みち その1 甲府駅前「奥藤本店」で昼食

7月29日(月)、旅の最初の日である。 計画通り上越新幹線に乗って東京駅で下車、東京駅からは中央線で新宿まで行き、新宿から特急かいじ号で甲府まで行った。 朝食は新潟駅のコンビニで買ったミックスサンドとおにぎり1個ですませた。 予定通り甲府駅に到着した。 電車に乗っていた時は気付かなかったが、外は既に相当な暑さで、少し…
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甲州街道と佐久平みち プロローグ

2019年夏の旅は、「甲州街道と佐久平みち」の旅である。 去年(2018年8月末)に旅した鳥取県(因幡国・伯耆国)への旅は、日本最高気温の記録塗り替えとこれも記録破りの台風が頻発する合間を縫っての盛夏に挙行した、終わってみれば「奇跡のような旅」となった。 今年は去年のようなことはないように祈りながら、夏の旅の計画を作成した。 …
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甲州街道と佐久平みち その29 、「甲州街道と佐久平みち」の終わり 

 午後3時過ぎにはアクアホテル佐久平に到着した。  このホテルは北陸新幹線の佐久平駅浅間口より徒歩1分の距離にあり、139室の客室と朝食会場を備え、最上階には佐久平市内を一望できる展望風呂を持っている。夕食は、佐久平駅浅間口裏の八風水産市場隣にある市場直営の寿司割烹八風で食べた。 明日は新潟へ帰るので、今夜は最後の晩餐となる。 ジ…
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甲州街道と佐久平みち その28 追分宿 

 午後から、追分宿まで行った。  佐久平駅近くの食堂から、レンタカーで12km程の距離である。追分宿は中山道六十九次のうち江戸から数えて二十番目の宿場で、今は北佐久郡軽井沢町追分という住所で、北国街道との分岐点であり、追分の名はこれに由来する。  まず、信濃追分駅を見た。それから、追分宿に向かった。  追分宿は元禄時代には…
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甲州街道と佐久平みち その27 塩名田宿 

 八幡宿の次にその隣の塩名田宿を見た。 塩名田宿は中山道六十九次のうち江戸から数えて二十三番目の宿場で、現在は長野県佐久市塩名田となっている。  この下の道が旧中山道で、千曲川の旧渡し場まで続いている。橋が掛けられたこともあったが、洪水の度に流失して、船や徒歩で渡るのが専らであった。 塩名田宿は暴れ川であった千曲川の東岸にあり、旅…
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甲州街道と佐久平みち その26 八幡宿を散策 

 望月宿からは、旧中山道の佐久平にある宿をたどって歩くことにした。  具体的には上図の黄枠に囲った八幡宿、塩名田宿、岩村田宿、追分宿である。まず八幡宿に向かったが、八幡宿では最初に本陣跡に行った。 この本陣(小松家)では皇女和宮も宿泊している。  ここには当時のままの本陣門が残されており、中山道八幡宿本陣跡と刻まれ…
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甲州街道と佐久平みち その25 望月宿 

 望月宿は海野宿からはレンタカーで14km、時間にして25分程の距離である。   この道中の景色が景色と適当に曲がりくねった道路がドライブするには格好のコンディションとなっていて、冬に行うゲレンデスキーでの滑りを思い出しながら、まるで白馬高校スキー部の方々のように、豪快にカツスピーディにこの道を走った。   午前10時ころには、望月…
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