テーマ:「日本最長10河川の旅」での釣り

奴奈川姫の川「姫川」の源流で釣る その1

 姫川の源流で渓流釣りをする機会を持った。  姫川は河川総延長距離がたった58km、しかしその平均勾配は1000分の13ということで、まさに日本の川の典型のような短い急流の川である。  姫川は名前も美しい、その急峻な流れも美しい。  川の名前のルーツは古事記にまでさかのぼるが、古代、姫川下流の越(高志)の国に、奴奈…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その11 青春の川「北上川」の終わり 

 ここが北上川源流地である、「弓弭の泉」への最初の入口である。 源流地は源流公園として整備されており、源泉は御堂観世音の境内から湧き出ている。 そこへ車を進めていくが、その前に恒例の源流釣行を試みた。 この旅は渓流釣り師半分旅人半分の気持ちで旅しているが、いつも寄り道回り道戻り道の旅となって、なかなか目的の源流地にはすんなりと着けない旅…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その10 早熟の天才少年と誰もが認める男を愛した女の話  

僕は、啄木が好きだったという鶴飼橋の方へ歩いて行った。この辺りの北上川の川幅は30m程である。 小学生の頃の啄木は、夕暮れになると友達を連れ出して鶴飼橋に行ったという。 橋の上から上流方向には姫神山、下流方向には岩手山が見える。 丁度その頃、月は東の峰にのぼり、日は西の峰に落ちる。 ここを舞台にして啄木は小説「鳥影」を書き、…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その9 渋民公園内でやはらかに柳あをめる・・・(石川啄木詩歌集 一…

渋民公園内の啄木歌碑が見たかった。あのやはらかに柳あをめる      北上の岸辺目に見ゆ         泣けとごとくにの歌碑である。  遠く岩手山を望む北上河畔に、啄木没後10年を記念して大正11年にこの短歌を刻んだ歌碑が建てられた。 歌碑は大勢の啄木ファンの寄付で集まった資金を元に、地元の無名の青年たちの手により建てられたもので、…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その8 学校の図書庫の裏の秋の草 今も名知らず(石川啄木歌集 一握…

常光寺の次に、啄木が少年時代・青春時代を生活した岩手県盛岡市玉山区渋民字渋民に向かった。 ここには、少年時代・青春時代を生活した宝徳寺、啄木が通った旧渋民小学校跡地、旧斎藤家跡地などがあるが、旧渋民尋常高等小学校校舎と旧斎藤家は石川啄木記念館の敷地内に移築されている。最初に啄木記念館に入った。 石川啄木記念館は石川啄木の人となり…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その7 青春の匂いだけの人「石川啄木」の故郷である玉山村渋民への旅…

北上川の河口から源流までの2日目の旅、次の目的地は石川啄木の故郷である玉山村渋民で、盛岡市 の北20~30kmほどのところに位置している。  啄木ほど青春の匂いのする文学者はめったにいない。 何故なら彼の人生は僅か二十六歳で、その終焉の月に明治は大正となった。 明治の中期に生を受けながら大正の時代を生きられなかった啄木、彼の数々…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その6 宮沢賢治を歩く

 宮沢賢治の生きた時代は20世紀初頭の時代で、戦争や貧困が日常のように庶民に襲い掛かり、地方の裕福な階級として何不自由の無い生活をして来た心あるインテリ層を、突然革命家に変えるような時代だった。  北上川と豊沢川が合流する地点、豊沢川の右岸で北上川を臨む小高い丘の一角に、賢治が妹トシを失い、稗貫農学校の教員を辞めてから住んでいた羅須地人…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その5 宮沢賢治の書いた童話や物語から その4 賢治文学の最高傑作…

賢治の童話の中でも一番有名なものは、「風の又三郎」そして「銀河鉄道の夜」だろう。 今回は「風の又三郎」は省略し、「銀河鉄道の夜」を取り上げる。 「銀河鉄道の夜」は賢治作品中の最も大作と言われ、賢治文学の最高傑作とも称されるもので、簡単な言葉で語ることは出来ない重い作品であると受け留めている。 ジョバンニが夢の中で、友人カンパネルラと死…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その5 宮沢賢治の書いた童話や物語から その2「グスコーブドリの伝…

「グスコーブドリの伝記」は自己犠牲を扱った物語で、この種の物語のテーマは、「至高の愛=自己を捨てること」による他者の生存ということになる。  よくある例としては、水難事故に会って救命ボートで脱出しないと助からないが、たとえば恋人の男女とか、夫婦とか、親子とかが取り残されている。 一人しか助かるスペースがないので、どちらかは死とい…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その5 宮沢賢治の書いた童話や物語から その1「注文の多い料理店」…

イーハトーブ館の後に童話村へ行ったが、ここではその話は省略し、それに替えて宮沢賢治の童話や物語の幾つかを紹介する。 宮沢賢治の書いた童話や物語を思いつくままに列挙してみると、「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」「虔十公園林」「「グスコーブドリの伝記」「よだかの星」「やまなし」「注文の多い料理店」「セロ弾きのゴーシュ」「どんぐりと山ねこ」「シグ…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その4 宮沢賢治の理想

 賢治は、花巻で一、二を争う程裕福な商家に生まれた。                                              宮沢賢治生家 父親の政次郎は理財の才能のある人で、彼は知人にもし自分が宗教というものにまったく縁のない人間だったら、三井や三菱のような財閥を築いていただろうと語っていたというエピソー…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その3 宮沢賢治の「雨にも負けず・・・」

 宮沢賢治は童話作家だが、彼の詩も実にいい。 宮沢賢治詩集は2冊ほど手元にあり、幾度かページをあいまいにめくったり、眠るまでの時間に数編だけ読んだりしたことがあるが、じっくりと詩集にかかれている作品の意味を考えたことは、これまで一度もなかった。  中学生や高校生の当時、宮沢賢治の作品に影響され行動したというような記憶が皆無で、青春の作…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その2 宮沢賢治と石川啄木を訪ねる三度目の旅

北上川への二度目の旅は、ここでは省略する。  北上川への三度目の旅は、宮沢賢治と石川啄木を訪ねる旅となった。宮沢賢治や石川啄木にとって北上川は、「北上川で産湯を使い・・・・」と言われるほど彼等にとっては故郷そのものの身近な川で、彼らの「青春の川」であった。今日の北上川の旅は、宮沢賢治の花巻と石川啄木の 玉山村 に途中下車ということになる…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 北上川への旅 その1 「一度目の北上川の旅」の不確かな思ひ出

 平成18年の源流釣行の旅は北上川となった。 この北上川を旅するのは、実は三度目ということになる。 一度目は,僕が学生であった昭和47年のことで、当時の親しい友人と、僕の当時の愛車である軽のダイハツフェローマックスで1週間くらいの間旅をした時に、確か北上川を通ったような記憶がある。                 我が愛車ダイハツフェ…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 利根川その5 環境考古学者安田喜憲氏と利根川源流の男たちとの共通点を発見 

 僕が現在注目している環境考古学という分野の学問のパイオニアである安田喜憲氏は、ある講演会の中で、西洋文明の目的地としてのユートピアと東洋文明の目的地としての桃源郷の意味するものについて記載していた。  彼は西洋文明と東洋文明の違いを、前者は畑作牧畜民の作った文明、後者は稲作漁労民の作った文明としてとらえている。  畑作牧畜民…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 利根川その4 先祖代々大切にしてきた山里の暮らしを集めた郷土資料館で 

俺の仕事は俺一代という本の中に、大坪さんは「山里のロマン」という、18ページほどの挿絵つきの文章を書いている。こんな書き出した。 「俺が広い世界があるということを知ったのは、4歳の時だった。藤原の冬は寒くて長い。12月になればもう外では遊べない。子どもたちは家の中に閉じこもり、囲炉裏でジャガイモを焼いたり、焼き餅を食ったりして春を待つ。…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 利根川その3 『俺の仕事は俺一代』の世界 - 大坪義一さん-(k)

 奥利根湖の帰り、このまま水上に帰るのももったいないし、源流釣行の場所を探すついでにこのあたりを見学しようかと考えて、車を藤原湖の方角に進めた。 すると眼前に、桃源郷なるものが此の世にあるとしたら、桃源郷はこんな景色のところでは、という風景が広がった。 しばらく景色に見とれて車を進めると、右手に「藤原の里ふるさと村 郷土館」という建…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 利根川その2 奥利根湖の矢木沢ダムにて

 奥利根湖は八木沢ダムの建設によって出来たダムである。 昭和42年8月完成したダムだが、ここに溜まる水の量は2億430万㎥、25mプールの68万個分に相当し、東京都の人たちが一日に使う水の量の約44日分という。  矢八木沢ダムに代表されるように、ここ奥利根のダムは首都圏の水がめとして使われており、環境保護団体から言わせれば…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 利根川その1 「奥利根病」の地元探検家の人生を垣間見て

 奥利根には、藤原湖、ならまた湖、洞元湖、奥利根湖の4つの湖が点在しており、関東地方への電力供給のために作られたダム湖ではあるが、それぞれに美しい景観を誇っている。 その中でも藤原湖には、奥州藤原一族が落ち延びて密かにここで生活していた長い歴史が、今も藤原ダム湖となった湖底に眠っている。 その伝説の里である藤原郷の160戸が移転した史…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 阿賀野川源流の宿で岩魚三昧

今日の宿は、南会津 舘岩村 の木賊(とくさ)温泉である。木賊温泉は発見されてから約1000年が経つといわれ、古くより「会津の隠れ湯」と呼ばれている。  温泉の名は、植物の木賊が群生していたことに由来する。  宿泊した宿は岩魚料理の福本屋で、岩魚の卸業もしていて敷地内には生簀がある。  宿の主人は芳賀盛一さんという方で、 舘岩村 のゲート…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 阿賀野川源流地到着

南会津街は2006年(平成18年)3月20日の合併で出来た町で、それまでは田島町、舘岩村、伊南村、南郷村を名乗っていた。 阿賀野川の旅の源流の町は南会津町、ここが源流の旅の目的の町となる。 それでは本格的な午後のスタートである。 まず車で阿賀野川源流地を目指すが、その場所は福島県南会津郡南会津町と栃木県日光市の境界に位置する標高1…
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奴奈川姫の川「姫川」の源流で釣る その2

 荒神社の社を後ろから道なりに左廻りし、森を下っていくと姫川源流はそこにあった。  まさに案内書のとおり、源流は荒神社の境内の下から湧き出ていた。  今は渇水期なのだろうかそう水の勢いはなかったが、それでも湿地に生息する植物類の間から噴出すように流れ出ていた。  境内の上から若い女性グループが感嘆して、さかんにカメラのシャッタ…
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奴奈川姫の川「姫川」の源流で釣る その1

 姫川の源流で渓流釣りをする機会を持った。  姫川は河川総延長距離がたった58km、しかしその平均勾配は1000分の13ということで、まさに日本の川の典型のような短い急流の川である。  姫川は名前も美しい、その急峻な流れも美しい。  川の名前のルーツは古事記にまでさかのぼるが、古代、姫川下流の越(高志)の国に、奴奈川姫という才色兼…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 山女釣り師の聖地「内山節の上野村」への旅 その4

 この満腹状態で、やまびこ荘で少し休んで、再び中ノ沢へ釣りに出掛けた。  塩ノ沢は水の量が極端に少なく、とても釣りどころではなかった。 中ノ沢の、浜平方面から神流川本流が流れ込むあたりに車を停め、僕はいつもの僕ではなく、内山節になった気分で、中ノ沢に降りた。  心は内山節になって、気温は今日も体温並の真夏の昼下がりに、山女釣りを始めた。…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 山女釣り師の聖地「内山節の上野村」への旅 その3

 車を塩ノ沢に進め、国民宿舎やまびこ荘に向かった。 今日の宿泊場所のやまびこ荘は、イメージしていたよりずっと格調のある建物だった。 内部も絵画が適度に配置され、家具なども工夫されていた。 少し良すぎる今晩の宿舎という印象で、そこそこのホテルの宿泊と同じだと思った。 部屋に荷を置き、少し部屋で休んでいる間に、時間は12時を回っていた。 昼…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 山女釣り師の聖地「内山節の上野村」への旅 その2(k)

 車は峠を、上野村に向かって降りていく。  昇る時と同じくらい苦労して峠を降りて行き、しばらくすると、右手に絶好のポイントを有する沢の流れが始まった。 ここで降車して、ぶどう峠の方を振り返った。  今来た道を少し戻って左折すると、その道は御巣鷹の尾根に続く。  1985年8月12日に日航ジャンボ機(JAL123便)が群馬県上野村御巣鷹山…
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「日本最長10河川の旅」での釣り 山女釣り師の聖地 「内山節の上野村」その1

 信濃川の源流を訪ねる旅は終わり、2002年7月31日、旅の2日目はいよいよ山女釣り師の聖地「内山節の上野村」への旅である。  7月30日午前7時10分、朝飯を食べるとすぐ宿舎の金峰山荘を発ち、上野村へ向けての旅が始まった。  早朝の川上村を昨日のルートとは別のルートで走り抜けた。  川上村はまさしく高原野菜の村で、な…
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