テーマ:能登(日本道)への道

能登(日本道)への道 その15 渡月庵など和倉温泉を散策

 総湯の足湯でリラックスしてから、加賀屋の近くにある湯本の広場に向かった。  広場には開湯の伝説にちなんだシラサギのブロンズ像と記念碑があり、ブロンズ像の真ん中にある涌浦乃湯壺湯では、流れ落ちるお湯で温泉玉子が作れる。 和倉温泉は1200年前の開湯と伝えられていて、一羽のシラサギが傷ついた足を海中から湧き出る湯で癒していたのを漁師が発…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その14 弁天崎源泉公園から総湯に

 昼食後、1時間半ほど和倉温泉を散策した。   まず、弁天崎源泉公園を見て、それから総湯に行き、湯本の広場を見たあとに、渡月庵を見ながら渡月橋を渡った。  ここから少し歩いて少比古那神社に参拝し、また少し歩いて靑林寺を訪ねた。  では、弁天崎源泉公園から和倉温泉散策を始める。  この公園は温泉街のほぼ中央に位置し、上図のとおり、ここ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その13 和倉温泉に到着

 和倉温泉駅に到着したが、目指す和倉温泉中心部はアクセスが悪く、駅からバスに乗って10分ほどのところにある。  駅の観光案内所の女性所員に聞いて、どうにか無事、北鉄能登バスに乗って和倉温泉中心部にたどり着いた。 目の前の旅館が、超有名な和倉温泉加賀屋である。 和倉温泉の筆頭旅館の地位を占め、地上20階、約1,450名の収容人員を持…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その12 ビュースポットの風景にくぎ付け

 能登中島駅を出発して、しばらく山の中を走って再び海岸線に出ると、そこに沿線で一番のビュースポットが広がった。   上地図の中島町深浦地区である。  電車はこの場所でしばらく停車し、観光客はカメラを構えてシャッターを押していく。  見れば見るほどうっとりする風景で、何枚か撮った写真の中に、空を飛行するトビまで写り込んでいた。  次…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その11 「里山里海号」で七尾湾沿線の旅

翌5月18日(木)は、朝から気持ちの良い晴天だった。  朝食はホテル・ルートイン七尾駅東で、おかゆと梅干しを中心に軽く済ませた。 今日は午前中に予定していた一本杉通り散策を取りやめ、偶然に乗った能登鉄道観光列車「里山里海号」で、大相撲の遠藤関の出身地である穴水町まで、絶景の七尾湾沿線の旅を楽しんだ。 「里山里海号」は、穴水ー七尾間…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その10 能登島をドライブ

「須曽蝦夷穴古墳」から10分ほど走って、ひょっこり温泉に着いた。 ひょっこり温泉は、波静かな七尾湾にひょっこり浮かぶ能登島の中心部にある、日帰り天然温泉施設である。 約2,000平方メートルの建物には、サウナやジャグジーを備えた和風・洋風の大浴場があり、一週間交代で“男湯”と“女湯”が入れ替わるという。 しかし何よりも興味深いのは…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その9 須曽蝦夷穴古墳にて

 須曽蝦夷穴古墳の駐車場に車を停めて、正面の道を歩いていく。 150m歩けば、須曽蝦夷穴古墳に到着である。七尾市能登島須曽町に所在するこの古墳は、660年頃の古墳時代後期に造られた横穴式の方墳で、日本の古墳には例が少ない高句麗式の構造を備えている特徴がある。今回の旅は、日本と朝鮮…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その8 能登島ドライブの旅の始まり

 院内勅使塚古墳を見終えると、昼食のために七尾市街に戻った。昼食は上地図の能登食祭市場である。この市場の正式名称は七尾フィッシャーマンズ・ワーフ・能登食祭市場といい、七尾市の姉妹都市であるモントレーが位置するアメリカ合衆国カリフォルニア州の沿岸都市に多く見られる観光地「フィッシャーマンズワーフ(漁師の波止場の意味)」を参考に建設された。…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その7 院内勅使塚古墳へ

実際には行かなかった七尾城跡の代わりに、七尾市街地から南南西へ6km、JR徳田駅から徒歩5分の位置にある院内勅使塚古墳に行った。車で20分ほどでJR徳田駅に到着、駅で電車待ちをしていた七尾東雲高の生徒と思われる男子高校生達に院内勅使塚古墳までの道順を聞き出して、さっそく歩き出した。こんな王朝時代の香りのするようなのんびりした田舎道を10…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その6 七尾城跡前で 

近くにいた人に聞いたら車で10分ほどでいけるという七尾城跡や城山展望台だが、レンタカーを完全に把握してないこともあり、理性が慎重に行動することを要求したので、今回は城跡へ行くのはやめて、懐古館や七尾城史資料館を見るにとどめた。 懐古館は旧飯田家の建物である。 約200年前に建てられた茅葺き民家で、戸を取り払うと大広間になる間取りも能…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その5 国守の印と、正倉を祀る印鑰(いんにゃく)神社を見学

印鑰神社の次に、30分ほどかけて能登国分寺跡に向かった。 この黄矢印の地点の能登国分寺公園内に能登国分寺跡がある。 まず能登国分寺展示館に入って、国分寺跡の概要を知り資料等をいただいた。 能登国分寺は、かつてこの地方を支配していた能登臣(のとのおみ)の一族が白鳳時代末に建てた大興寺を、843年に国分寺として昇格させたものである。 能…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その4 石川県立七尾美術館で長谷川等伯展を見学

山の寺寺院群をさわりだけ散策して、これから石川県立七尾美術館に向かって歩いていく。   靴の調子も心配しながら、その後20分以上歩いて七尾美術館に到着した。 七尾美術館はドーム型の七つの屋根が特徴的な能登唯一の総合美術館で、能登にゆかりのある作品を中心に優れた作品を展示している。 春には、桃山時代に活躍した七尾出身の画家である長谷川…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その3 山の寺寺院群のさわり部分を散策

小丸山公園を出て、七尾の街をどう歩こうか思案していたが、初日はいつもの履き慣れた靴の代わりに、主に肉体労働をする人たちのための商品を扱っている店から安くて丈夫な靴を使って歩いていたが、どうもこの日はこの靴の調子が悪くて、見学箇所を大幅に縮小することにした。 これから山の寺寺院群に向かって歩いて行く。 山の寺寺院群は、1581年に前田利…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その2 前田利家の小丸山城散策

今日は七尾まで到着することを最優先していたので、午後からの日程はかなりいい加減で、出発前日に前田利家関連の資料をネットから引き出し、「前田利家と七尾」というテーマで前田利家ゆかりの旧跡を訪ねることにした。 七尾駅前で長谷川等伯の像が立っていたので、その前で七尾へ来て初めての記念撮影をした。 長谷川等伯については、後で七尾美術館に行った…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 その1 七尾まで

「能登(日本道)への道」は2017年5月16日から始まった。この頃の旅は日本の国の中では一部の地域を除いてほぼ好転に恵まれるので、安心して旅に出れるが、1週間予報で雨の日が無くても、一応の用心として雨具や傘はリュックに入れて、旅に出発した。靴もいつもの履き慣れた靴を今回はやめて、主に肉体労働をする人たちのための商品を扱っている店から安く…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

能登(日本道)への道 プロローグ

2017年春5月に旅した「能登(日本道)への道」は2015年に旅した「越前と若狭の旅」に続く旅である。この旅の途中で石川県を通過したが、能登へは行かずじまいであった。まだ日本でなかった時代のことだが、今の福井県から新潟県に渡って、越国(こしのくに)と呼ばれた地域があった。  こ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more