テーマ:越前と若狭の旅

越前と若狭の旅 その5 三国湊口留番所跡などを見学 

続いて、へ;三国湊口留番所跡、と;湊銭取立所跡を散策した。 最初に三国湊口留番所跡である。 この番所は口留御番所ともいわれ、福井藩が三国湊に出入りする貨物を監視するために置いたもので、1644年に町端から丸岡藩滝谷出村との地境の現在地に移転した。 出入りの貨物には種類により銀高に口銭一分から三分を課して、三国湊の港湾機能に関わ…
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越前と若狭の旅 その4 三国湊の旧遊郭地帯を散策する

次にろ地点の地蔵堂である。   ここの地蔵は延命子安(安産と子授けのお地蔵さま)とのことである。 またこの傍の坂は地蔵坂と呼ばれ、この近くには三国湊の世に名高い遊郭があったという。 その地蔵坂を、これから下って行く。 ここは昭和を代表する詩人三好達治が愛したという、元料亭「たかだや」である。 三好達治も高見順と同じ…
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越前と若狭の旅 その3 三国湊散策は高見順の生家から

古来より三国湊は九頭竜川やその支流の足羽川などを使った水運による物流の拠点として発達し、戦国時代の武将朝倉義景が居城を構えた一乗谷朝倉氏遺跡内の庭園跡には、船によって運ばれてきた東尋坊周辺の岩が庭石として残っている。 また、朝倉氏の後福井を治めた柴田勝家も水運を重視し、足羽川近くに居城北の庄城を構え、荷揚げ用の港を設けていた。 江戸…
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越前と若狭の旅 その2  九頭竜川河口に到着

九頭竜川は福井県の面積の約70%にあたる2,930km²もの流域面積を持つ福井県一の大河にして福井県のシンボルとなっている川である。 岐阜県との県境にある油坂峠付近に源を発し、九頭竜ダムを経て大野盆地・勝山盆地を北西に進み、福井平野にて足羽川と日野川を合わせ、坂井市三国湊で日本海に注いでいる。 ここが三国湊の九頭竜川河口で、20…
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越前と若狭の旅 その1 越国(こしのくに)のことと越前入りまで

 かって越国(こしのくに)と呼ばれた地域があった。(下図の赤く塗られた地域)  現在の福井、石川、富山、新潟の各県にまたがる地域で、ヤマト王権の勢力が十分に及ばない日本海側の地域でありながら、朝鮮半島や大陸からの交通路になっていて、先進文化が栄えていた。  645年の大化の改新の頃までは、越国の西端は若狭国と越前国(…
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越前と若狭の旅 その53 「敦賀鉄道資料館」で旅を終える 

 敦賀にいるが、ここに来ると渤海(698年〜926年)のことを思い出す。  渤海は、建国以後唐や新羅の勢力を牽制する目的で日本への遣使を行っていて、この渤海の日本への海上交通は「日本道」とよばれていた。  この日本道とほぼ同じ海上の道を利用し、敦賀港は1902年から1941年にかけて、日本とヨーロッパとの交…
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越前と若狭の旅 その52 氣比神宮から金崎宮へ

 昼食を食べたあと、「三方五湖レインボウライン」を降り、1時間程かけて敦賀まで走り、敦賀の気比神宮に午後2時ころに到着した。  敦賀の気比というと、高校野球の強豪校である敦賀気比を思い出すが、この神宮は野球の神様を祀っている神社ではない。  氣比神宮は、福井県の中央部に位置する敦賀市市街地の北東部に鎮座する越前国…
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越前と若狭の旅 その51  「三方五湖レインボウライン」にて

 これから絶景で有名な「三方五湖レインボウライン」に向かう。  ラインは全長11.24kmあり、標高400mの梅丈岳を縫うように走り、ライン眼下から五湖の絶景が見渡せる有料道路である。  ゲートで普通車1000円の料金を払って「三方五湖レインボウライン」に乗り入れた。  しばらくすると、眼下に唯一…
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越前と若狭の旅 その50 「若狭三方縄文博物館DOKIDOKI館」へ立ち寄る

 三方五湖は、福井県三方郡美浜町と同県三方上中郡若狭町に跨って位置する5つの湖の総称で国指定の名勝となっていて若狭湾国定公園に属している。  三方五湖を一覧表にすると、このような表となる。  この五湖のうち、「水月湖年縞」で有名な水月湖は前から知っていた湖である。  この水月湖年縞の展示資料がある「若狭三…
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越前と若狭の旅 その49  小浜城跡を歩く

 小浜公園展望台を降りて、黄星印のホテルアーバンポート前を通り抜け、南川と北川の中洲にある黄矢印の小浜城跡を目指した。  南川を渡り北川も渡ってからようやく行き過ぎたことに気付き、北川に架かる橋を渡って小浜城跡へ歩いた。  石垣の上に今盛りした森があるが、あの辺りが小浜城跡である。  小浜城跡は…
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越前と若狭の旅 その48 三丁町と小浜公園を散策

 「ホテルアーバンポート」は、今回の越前と若狭の旅では一番格の高いホテルだったと感じている。  従業員を集めての夕方の集まりと朝の集まりを垣間見たが、女社長のホテル業にかける気概と気合が半端でなかった。  その一番格の高いホテルの朝食であるが、分不相応の贅沢を舌で感じながら、美味しく残すところなくいただいた。 …
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越前と若狭の旅 その47 小浜市で「 若狭マリンピア2015花火大会」を見学

 若狭国分寺跡を発ち、小浜市に入った。  昼食をどこでとろうか迷ったが、黄星印のフィッシャーマンズワーク2階にある「レストラン海幸苑」に決めた。  午後1時半になっていた。  この「レストラン海幸苑」で、若狭名物の鯖寿司と漁師汁が両方味わえる税込1404円の「潮風膳」をおいしくいただいた。 …
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越前と若狭の旅 その46 若狭歴史博物館と若狭国分寺跡を見学

 熊川宿から小浜を目指して鯖街道を引き続き走り、その途中で明通寺の国宝である三重塔と本堂を見学したが、ここは省略する。  その代わり、福井県立若狭歴史博物館と若狭国分寺跡を見学したので紹介する。  若狭歴史博物館は若狭地方の歴史・民俗など、豊かな文化遺産を調査研究、保存・公開するための施設として、昭和57年10月に若狭歴…
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越前と若狭の旅 その45 「熊川宿」を歩く

 鯖街道を走って行くと、「御食国(みけつくに)」という言葉に出会った。  御食国とは、古代から平安時代まで、皇室・朝廷に海水産物を中心とした御食料(穀類以外の副食物)を貢いだ国のことである。  既に若狭に入っているが、ここ若狭は朝廷の食卓を支えた御食国の一つで、都とは古代から交流していた。  近江から若狭…
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越前と若狭の旅 その44 海津散策後、鯖街道へ

 海津は西近江路と湖上交通の要衝として栄えた宿場町であり、同時に港町でもある。  この通りをこのまま進んで行くと、琵琶湖湖岸側に風や波から家を守るために造られた石積みが目に入って来た。  これが「海津浜の石積」と呼ばれているものである。  1701年に甲府藩領高島郡の代官として赴任した西与一左衛門…
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越前と若狭の旅 その43 渤海国の使節のこと

 西近江路を海津に向かって走っている。  この辺りは敦賀市追分で、もしかすると愛発関がこのあたりにあったのかもと思って、車を停めてしばらくあたりの風景を眺めた。  西近江路を更に走ること5分程、大津まで76km、京都まで89kmと書かれた道路標識が前方に見えて来た。  あと90kmもこの道を走れば…
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越前と若狭の旅 その42 気比の松原から愛発関へ

 朝食前に少しの時間ではあるが、敦賀市の景勝地である気比松原を散策したので、気比の松原を紹介してから竹野旅館を出発とする。  気比の松原には朝の6時半頃に付き、ここを20分程ほど散策した。  この松原は日本三大松原の一つとされ、1934年に国の名勝に指定されていている。  古くから景勝地として知られていて…
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越前と若狭の旅 その41 疋檀城跡見学後、敦賀の旅館へ

 これから疋田集落にある歴史的旧跡である疋檀城跡に向かう。  疋壇城は室町時代の文明年間(1469〜1487年)に朝倉氏の部将・疋壇久保によって築かれた。  疋田の地は、柳ヶ瀬越・塩津越・海津越といった越前と近江を結ぶ道が集まる交通・軍事上の要衝であり、越前朝倉氏の最南端防衛拠点として築城されたもの…
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越前と若狭の旅 その40 疋田集落を歩く

 塩津街道は近江と越前を結ぶ古くから使われてきた街道である。  塩津から敦賀に抜ける道には二つのルートがあり、古くは沓掛から深坂峠を越えて西近江路の追分宿に出る道(深坂古道)が使われていたが、険しい山道をさけて後年新道野峠をこえる道が開削された。  現在の国道8号の原形で、この道は西近江路の疋田宿に出る。 …
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越前と若狭の旅 その39 賤ヶ岳古戦場から塩津まで

 木之本から賤ヶ岳古戦場を目指した。  ここで行われた賤ヶ岳の戦いは、1583年に賤ヶ岳付近で行われた羽柴秀吉と織田家最古参の重臣柴田勝家との戦いである。  秀吉はこの戦いに勝利することによって、亡き織田信長が築き上げた権力と体制の正統な継承者となったのである。  賤ヶ岳合戦跡は余呉湖の周辺に沢山あり、今…
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越前と若狭の旅 その38 北国街道(東近江路)をゆく

 これから「北国街道」をゆく。  北国街道とは、奈良や京都の都から北陸地方へ延びていた旧街道で、7世紀半ば(飛鳥時代)に築かれた渟足柵(現在の新潟市沼垂付近)がこの道の終着地点となっていたというが、後に鼠ヶ関まで延伸された。  僕がこれから駆け抜ける北国街道は今庄宿〜木之本宿~鳥居本宿と繋ぐ街道で、京都~海…
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越前と若狭の旅 その37 北国街道の宿場町「今庄」でソバの昼食

 織田一族発祥地を発ち、そこから10分程車を走らせ越前陶芸村に着いた。  越前陶芸村は越前焼発祥の地である越前町小曽原にある広大な陶芸公園で、福井県陶芸館や文化交流会館、越前焼直売所、芝生広場、陶彫公園、陶芸家の工房など、越前焼に関するさまざまな施設が揃っている場所である。  越前焼の誕生は今から約850年前の平…
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越前と若狭の旅 その36 越前岬と「織田一族発祥地」を見学

 越前岬は福井県丹生郡越前町血ヶ平に位置し、日本海(若狭湾東端)に面して越前海岸が緩く突出する地点にあり、ここは越前海岸一の絶景の地とのことでぜひ一度訪れたかった。  しかし、越前岬を探している間に、いつの間にか岬上の海抜133m地点に立つ越前岬灯台の駐車場まで来た。  駐車場からは白亜の越前岬灯台が見え…
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越前と若狭の旅 その35 宝永旅庵から越前海岸まで  

 今夜の宿は養浩館の近くにある宝永旅庵である。  夕食は近くのローソンでマグロ巻きと鱒寿司と350mlの缶ビールを2本買って部屋で食べたが、夕食代は1,187円で予算内である。  朝起きて部屋から外を眺めた風景である。  今日はまず越前岬まで行き、そこから北国街道で琵琶湖東岸まで行き、そこから塩津…
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越前と若狭の旅 その34 松平春嶽と岡倉天心を訪ねる  

 北の荘城址公園の次は、福井県にゆかりのある郷土の偉人である松平春嶽と岡倉天心のゆかりの地を訪ねた。  赤星印の場所に今夜の宿である宝永旅館があるが、旅館の近くにア;郷土歴史博物館とイ;松平春嶽ゆかりの養浩館庭園があり、そこからかなり離れてウ;岡倉天心郷家の跡(岡倉家の実家跡)がある。  まず、郷土歴史博物館に入…
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越前と若狭の旅 その33 北の庄城跡を見学

 昼食後、福井を本拠地に選び現在の福井のまちの礎を築いたもう一人の武将である柴田勝家の居城である北ノ庄城があった北の庄城址公園に行った。  この辺り一帯に北ノ庄城本丸があり、向こうにある柴田神社の辺りに天守がそびえていたと推定されている。  上図は北ノ庄城下の推定復元図であるが、この薄茶の部分が城下である…
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越前と若狭の旅 その32 福井城址跡を見学

 この後、福井県立歴史博物館で時代の流れを追いながら福井県の歴史をざっと見たりして1時間程過ごしたが、ここは省略する。  時間は昼ころになっていたが、これから福井を本拠地に選び、現在の福井のまちの礎を築いた二人の武将を訪ねる。  一人は結城秀康、もう一人は柴田勝家である。  まず、結城秀康の居城のあった福井城址跡…
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越前と若狭の旅 その31 足羽神社と継体天皇像  

 橘曙覧記念文学館の次は足羽神社である。  足羽神社は、福井県福井市足羽に鎮座する神社で、継体天皇と大宮地之霊が祀られている。  男大迹王(継体天皇)が越前国にいる時に越前平野の大治水事業をされたが、その時に越前平野が一望できる足羽山に宮を建て、朝廷に祀られている大宮地之霊(坐摩神)を勧請して事業の安全を祈願した…
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越前と若狭の旅 その30  橘曙覧記念文学館にて

 今日は福井県の県庁所在地である福井タウンを一日散策、宿泊も福井である。  当初の日程であるが、実際には日程通りには行かなかった。  まずあわら温泉を午前8時に出発して一路福井市の足羽山を目指したが、交通渋滞等に巻き込まれたりして、予定1時間のところを1時間半程かけて、午前9時半頃に足羽山下の公園駐車場に到着し…
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越前と若狭の旅 その29 あわら温泉「あわらグランドホテル」に宿泊

 今夜の宿は年間100万人を越す浴客が訪れる北陸屈指のあわら温泉とした。  宿泊は「あわらグランドホテル」で、2ケ月程前からネット予約で予約したので、ホテルの別館宿泊ではあるが素泊まり4,980円という格安料金で泊まれた。  あわら温泉は昔低湿な沼地で、明治16年に町内堀江十楽のひとりの農民が灌漑用の水を求めて水…
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