テーマ:探険史

探検家の歴史 第4部 その9  一畳敷の松浦武四郎(K)

 探検家列伝第四部は18世紀後半から19世紀前半にかけて活躍した日本の探検家達を取り上げたが、その最後として蝦夷地を探査し北海道という名を考案した松浦武四郎を取り上げる。  武四郎は19世紀初頭の1818年に誕生し、ほぼ19世紀を生き1888に没した、幕末から明治にかけての探検家である。  彼は伊勢国一志郡須川村(現…
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探検家列伝第4部 その8 伊能忠敬その3(「大日本沿海輿地全図」まで)

 第六次測量(1808年~四国)のため、1月25日に江戸を出発。  前回は約2年にわたる測量で風紀に問題が起きた為、忠敬は第六次測量を四国だけにとどめ、淡路島を経由して3月21日に鳴門から徳島に入り、南下して4月21日に室戸岬到着、29日に高知に入った。  続いて海岸線に沿って北上し、8月11日に愛媛・松山到着…
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探検家の歴史 第4部 その7 伊能忠敬その2(第5次測量まで)

 ここで第1次測量から第10次測量までを一覧表で見てみる。  最初は忠敬一家(息子、弟子、下男、人足)程度の規模の測量で測量費用も自腹だったが、第三次測量(1802年~東北日本海側)からは測量地の藩の協力が得られ、手当も支給されて収支トントンに近づいた。  第五次測量(1805年-1806年~近畿・中国地方)からは幕…
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探検家の歴史 第4部 その6 伊能忠敬( 日本史上はじめて国土の正確な姿を明らかにした人)

   伊能忠敬は足かけ17年をかけて全国を測量し、日本史上はじめて国土の正確な姿を明らかにした人である。(下図は伊能地図であるが、今とほぼ同じ、伊能のすごさは、こういうことである。)  忠敬の測量の旅は第1次から第10次測量までの10回で、探検と言えるようなものは第1次測量を行なった1800年の蝦夷地太平洋岸の…
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探検家の歴史 第4部 その5 近藤重蔵(探検家として人間として、尋常でないレベルに達した人)

 近藤重蔵(1771年〜1829年7月16日))は、江戸時代後期の幕臣で探検家である。間宮林蔵、平山行蔵と共に文政の三蔵と呼ばれている。  1771年に身分の低い貧しい武士である御先手組与力・近藤右膳守知の三男として江戸駒込に生まれ、山本北山に儒学を師事した。  幼少の頃から神童と言われ、8歳で四…
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探検家の歴史 第4部 その4 松田伝十郎(樺太探検と蝦夷地経営に活躍)K

 松田伝十郎は江戸時代の越後国出身の幕臣・探検家で、間宮林蔵と樺太を探検し、樺太見聞の実測図を作成した。  伝十郎は越後国頚城郡鉢崎村(現新潟県柏崎市)の貧農浅貝長右衛門の家に長男として生まれ、そこで道普請をしていた幕臣大西栄八郎にその才能を見出されて江戸に赴いて武士となるべく修行した。  その後、大西…
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探検家の歴史 第4部 その3 探検家を超えた村上島之丞

  村上島之丞(1764年-1808年)は、本名を秦檍丸という。  18世紀の中頃伊勢の神職の子として生まれ、寛政の改革の立役者である松平定信に見出されて数回に及び蝦夷地の探検を行なった北方探検家の一人である。  彼は探検家としても名高いが、地理学や風俗学に長じており、また文章や絵画にも優れた才能を持っていたた…
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探検家の歴史 第4部 その2 最上徳内(今世紀における最も卓越した探検家)

 最上徳内はシーボルトに、「尊敬すべき老人」「尊敬すべき老友」で「今世紀における最も卓越した探検家」と高く評価された北方探検家である。  徳内は1754年、出羽国村山郡楯岡村(現在の山形県村山市楯岡)に生まれ、1836年10月14日に、82歳で亡くなっている。  実家は貧しい普通の農家であったが、農業のかたわ…
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探検家の歴史 第4部 その1 松前藩の祖「武田信廣」と松前藩

 18世紀後半から19世紀前半にかけて活躍した日本の探検家達を取り上げる前に、江戸幕府から日本の北の辺境の地である蝦夷地(北海道、樺太、千島)の支配権、交易権を公認されていた松前藩について簡略に記する。  渡島半島の南端にはアイヌ文化成立の前段階である擦文時代には、擦文文化と本州土師器文化の間に生じたクレオール(植民地)…
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探検家の歴史 第4部 プロローグ

   探検家列伝第一部は、北極、南極、世界の最高峰「ヒマラヤ」、世界の7サミットを目指した探検家・冒険家達を取り上げた。  探検家列伝第二部は、世界の7サミットと関野吉晴「グレートジャーニーの旅」にあやかり、世界5大陸の最長河川をアマゾン川、ミシシッピ川、長江、ボルガ川、ナイル川と、その河口から源流まで極める旅に出た。…
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探険家の歴史第3部 第10章 鎖国体制下の日露関係

  音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405   鎖国体制下の日露関係をここで年代順に確認する。  カムチャッカ半島を探検したアトラソフ以後のことである。  1711年、イワン・コジレフスキーが千島列島を探検し、最南部の国後島に上陸した。  1…
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探険家の歴史 第3部 第9章 カムチャッカ半島を制覇したウラジーミル・アトラソフ

  音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405    シベリアの制覇の次は、シベリア大陸の東端にぶら下がっている巨大半島カムチャッカ半島の制覇、この半島の面積は472,300km2もあり、日本の約1.3倍の広さである。  カムチャツカ半島について、西洋人に詳細…
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探険家の歴史 第3部 第8章 間宮林蔵の時空を越える旅

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405      蝦夷錦を運んだ道は、中国・南京から大陸を流れる大河アムール川(中国名・黒龍江)を経て、樺太から北海道に至る、全長約5千キロにおよぶ壮大な「北のシルクロード」であった。  この北のシルクロード…
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探険家の歴史 第3部 第7章 探検家たちによるシベリア制覇

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405    ロシアがシベリアの東端に達するのは、イェルマークがイルティシュ川で水死してからわずか63年後の1648年のことである。  ユーラシア大陸を東西にまたぐ大国家を建設するという野望を実現した民族は、モンゴル民族とロ…
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探険家の歴史第3部 第6章 松前慶広と蝦夷錦

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405   ロシアに於ける辺境がシベリアなら、日本における辺境は北海道(蝦夷地)及び樺太そして千島列島であろう。  シベリアはロシア民族以外の民族の居住する場所で、同じように北海道(蝦夷地)及び樺太そして千島列島も大和民族(日…
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探険家の歴史 第3部 第5章  イェルマークとシビル・ハン国(K)

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405   チンギス・カンの長男のジョチ家がロシアに築いた領土はジョチ・ウルス(ジョチ家の所領)と言われ、それはキプチャク・ハン国とも呼ばれた。  ジョチ・ウルスは、13世紀から18世紀にかけて、黒海北岸のドナウ川、…
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探険家の歴史第3部 第4章 マンモスハンター達の軌跡

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405  新人類が日本に到達したのは今から3万年前、その頃の日本は氷河期の最終氷期の終期に当って、樺太と北海道と本州と四国と九州は繋がっており、朝鮮半島と日本列島も繋がっていた時期があったと考えられる。   氷期になると間氷…
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探険家の歴史第3部 第3章  「東洋人の皮をかぶった西洋人」の国「ロシア」

  音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405    一般的にはルーシの時代からロシアという国が始まったと考えられている。そのロシアが周辺の国々を従えてソ連体制を築いたのが1917年、この時ソ連(ロシア)の版図は歴史上で最大になり、事実上は世界の国の半分を支配していた。…
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探険家の歴史 第3部 第2章 現生日本人のたった一人の祖先

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405  現生日本人のたった一人の祖先  今から800万年ほど前、地球の地殻変動が激しくなり、エチオピアからタンザニアまで走っている、世界最大の大地溝帯(グレート・リフト・バレー)が生まれた。  大地溝帯の東側は上昇、…
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探険家の歴史 第3部 第1章 ルーシの国を創った北欧バイキング

  音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405 ルーシの国を創った北欧バイキング  ロシアは東スラブ人の国である。  スラブは東スラブ人(ロシア人、ウクライナ人 、ベラルーシ人)西スラブ人(ポーランド人 、チェック人、スロバキア人)、南スラブ人(スロヴェニ…
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探険家の歴史 第3部(環オホーツク海の探険家達) プロローグその2

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405  日本とロシアはあらゆる意味で対照的な国柄である。まず国の大きさだが、日本は37万㎡、一方ロシアは1700万㎡、45倍も大きい。  それに対して人口は、日本が1億3000万人、一方ロシアは1億4000万人、ほぼ同数であ…
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探険家の歴史第3部 環オホーツク海の探険家達 プロローク

  音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405  探険家列伝第1部は、北極、南極、世界の最高峰「ヒマラヤ」、世界の7サミットを目指した探険家・冒険家達を取り上げた。  探険家列伝第2部は、世界の7サミットと関野吉晴「グレートジャーニーの旅」にあやかり、…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その9 源流にて(ファイナル)

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405    セネシオの繁茂するルェンゾリ(月の山)    ナイル河には三箇所の源流地点がある。  一つ目は、1862年に、探検家スピークが発見したビクトリア湖から流れでる川の最上流地点である。そこにはナイル河源流の碑が…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その8 ウガンダにて

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405 ↑これは「ハンガーマップ(Hunger Map)」という世界地図です。  地図の色分けの意味は次の通りです。  緑色・・・十分に食料がある国(平均寿命の長い先進地域)  黄色・・・とりあえず食料がある国…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その7 神々の地「エチオピアにて」

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405  クリスマスの巡礼 ラリベラ(野町和嘉写真集より)    青ナイル川(あおナイルがわ、英語:Blue Nile、アラビア語:النيل ا&…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その6 スーダン南部

     牛と共生生活を送るディンカ族 ↑(問題は最後ダヨ、) 音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405  スーダンは現代アフリカの縮図であり、とりわけ南スーダンはその典型と言える。  それは、誰もが連想する貧困、飢餓、感染症による病…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その5 ハルツーム

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405    青ナイルのほとりで  ナイル河の旅、アブシンベルを南下すれば、そこはスーダンの国となる。  「スーダン」、アラビア語で「黒い人」を意味する。もともとスーダンは西アフリカから東アフリカに至るまでのサハ…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その4 アスワン (難問付きです!!)

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405     ナイル河から見たアスワン市街    アスワン(Aswan)は、エジプト南部の都市でカイロの南899km、ナイル川の東流域に位置する。  市街地は、エジプトの国家の一大事業であったアスワン・ハイ・ダムとその前に…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その3 ルクソールにて

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405    ルクソールの王家の谷から見上げたエル・クルン山 ↑  この山をピラミッドに見立て、王や王妃の墓を作った。  古代エジプトの歴史の概要だが、紀元前3000年頃から統一王朝が始まる。  第1王朝から第3…
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探険家の歴史 第2部最終章 ナイル河の旅 その2 カイロにて 

音楽あり、↓クリックです!! http://nicoviewer.net/sm9877405   宿泊したホテルからギザの三大ピラミッド遠望  ↑  カイロ(Cairo)は、エジプトの首都であり、ナイル川河畔の交通の要衝の地として、イスラム世界における学術、文化、経済の中心都市となっている。  現在、カ…
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