テーマ:奈良散歩

奈良散歩 その40 西大寺 

  昼時となっていたので、唐招提寺前の食堂で昼食とした。  食べたのは500円のこのカレーライスで、薬師寺と唐招提寺を気持ちを込めて歩いたので、お腹の方もすっかり空状態で、一気においしくカレーを完食した。午後の日程だが、垂仁天皇陵、喜光寺、西大寺、秋篠寺などを巡る予定としていた。 最初に、西大寺に向かった。 西大寺は奈良時代に…
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奈良散歩 その39 金堂で唐招提寺を終える 

講堂の次に、すぐ裏にある開山堂へ行った。   開山堂は元禄時代に徳川家歴代の御霊殿として建立され、その後1881年に鑑真大和上の尊像を安置するため現在の位置へ移築された。   国宝の和上像が御影堂へ移されたのち、覚盛上人・聖武天皇・徳川家康を安置した本願殿として参拝されていたが、2013年に大和上のお姿を写した「御身代わり像」が…
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奈良散歩 その38 唐招提寺講堂 

戒壇の横を歩いているが、まだ紅葉には早そうである。  薬師寺と比較するのは適当でないと思うが、唐招提寺は草木の中に寺が配置されているという風で、歩いていても気分が高揚してくる。  ここから緑豊かな唐招提寺の境内の小道を、講堂に向かって歩いていく。  正面に鐘楼が見えるが、ここを右に迂回して講堂の前まで進んで行く。 日本にやっと…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その28 稲村ヶ崎と新田義貞の鎌倉攻め

 鎌倉ものがたりと横須賀ストーリーの旅も4日目となり、今日は「鎌倉ものがたり」最後の日で、江ノ電に乗り江ノ島まで行く。 計画は上記のとおりであるが、雨天となってしまったのでこの計画がどうなるかはまったくわからない。 この日の朝食は、素泊まり1泊8500円のホテルニューカマクラの部屋の中で、コンビニで買った納豆巻とハムとおにぎりと…
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奈良散歩 その37 唐招提寺戒壇 

  これから金堂を離れて戒壇まで歩いて行く。  唐招提寺戒壇は、唐招提寺境内の西の端と言える位置にあり、蓮などが美しい自然豊かな環境の一角に広々とした空間を持つ仏教施設である。戒壇とは仏教用語で、戒律を授ける(授戒)ための場所を指している。 戒壇は戒律を受けるための結界が常に整った場所であり、授戒を受けることで出家者が正式な僧尼…
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奈良散歩 その36 唐招提寺到着

薬師寺から次の目的の寺である唐招提寺までは、距離にして1kmもない。  今回の旅はレンタカーでの旅だが、既に遠い思い出となった1998年(平成10年)3月25日午前中に、この二つの大寺を結ぶ道を歩いたことがある。  ほとんど見ることもなくなったが当時の写真が残っていて、二泊三日の奈良の旅の最終日に、バスガイドを先頭に古都の田舎町…
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奈良散歩 その35 東院堂の観音 

薬師寺の最後に、落ち着いた佇まいの国宝建築である東院堂を見た。 東院堂は、養老年間(717~724)に長屋王の正妃である吉備内親王が母の元明天皇の冥福を祈り建立した。  現在の建物は、正面7間、側面4間の南向き入母屋造本瓦葺として1285年に再建されたが、1733年に西向きに変えられた。  東院堂の中に入る…
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奈良散歩 その34 大講堂と食堂 

西塔を出てから、金堂の後ろに建っている大講堂に入った。  大講堂は薬師寺の宗派である法相宗の教え「唯識」を学ぶ場所で、唯識の教主である弥勒如来が大講堂の本尊である。弥勒如来は、弥勒菩薩が釈尊滅後5億7千6百万年のちに悟りを開かれたときの姿である。  中央に弥勒如来、向かって右に法苑林菩薩、左に大妙相菩薩を従える三尊形式となってい…
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奈良散歩 その33 薬師寺西塔

これから薬師寺西塔に入る。   西塔は金堂の南側に、有名な東塔と並ぶ形で建つ仏塔である。塔は東塔と同じく六重の塔に見えるような外観となっているが、裳階と呼ばれる装飾性の強い屋根が設けられているためで、実際には三重塔である。 西塔は現在のように東塔と並ぶ形で建っていたが、1528年に兵火により焼失してからは長らく再建されずにいたが…
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奈良散歩 その32 すゐえんの あまつをとめ 

東塔があまりにも有名なので、薬師寺は東塔からスタートしたが、ここで薬師寺の歴史等についてふれていく。 薬師寺は680年に天武天皇が後の持統天皇である鵜野讃良(うののさらら)皇后の病気平癒を祈願して薬師寺の建立を発願、飛鳥の藤原京の地に造営が開始され、平城遷都後の8世紀初めに現在地の西ノ京に移転した。 薬師寺は興福寺とともに法相宗…
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奈良散歩 その32 すゐえんの あまつをとめ 

東塔があまりにも有名なので、薬師寺は東塔からスタートしたが、ここで薬師寺の歴史等についてふれていく。 薬師寺は680年に天武天皇が後の持統天皇である鵜野讃良(うののさらら)皇后の病気平癒を祈願して薬師寺の建立を発願、飛鳥の藤原京の地に造営が開始され、平城遷都後の8世紀初めに現在地の西ノ京に移転した。 薬師寺は興福寺とともに法相宗…
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奈良散歩 その31 薬師寺東塔 

二泊三日のレンタカーでの旅の一日目は西の京・佐紀路散策、二日目は平城宮跡・佐保路・きたまち散策、三日目は斑鳩散策を予定している。  まず一日目の西の京・佐紀路散策だが、このような日程である。 トヨタレンタJR奈良駅前店でトヨタビッツを借りて、最初に西の京にある薬師寺に向かった。  薬師寺周辺は道が狭く駐車場に苦労したが、南門の近…
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奈良散歩 その30 奈良町の散策を終える 

ならまち格子の家には10分ほどしかいなかった。   次に黄☆印の十輪院に向かった。    十輪院は元興寺旧境内の南東隅に位置している。寺伝によると、十輪院は元正天皇の勅願寺で元興寺の一子院といわれ、右大臣吉備真備の長男の朝野宿禰魚養(あさのすくねなかい)の開基とも伝えられている。 南門(重要文化財)から十輪院の境内に入った。 …
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奈良散歩 その29 奈良町散策(格子の家まで)

奈良町資料館を出て、通りを左に曲がった。   今度の通りは庚申堂のある通りで、これから赤字あ庚申堂、赤字い御霊神社、赤字うならまち格子の家の順に廻っていく。   まず、赤字あ庚申堂である。庚申堂は庚申信仰に基づいて建立される仏堂のひとつで、庚申信仰とは、中国道教の説く「三尸説(さんしせつ)」をもとに、仏教、特に密教・神道・修験道…
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奈良散歩 その28 奈良町散策の始まりは元興寺から 

  興福寺を終え、これから奈良町に向かう。   途中で猿沢池越しに興福寺五重塔を再び見たが、やはりここから眺めた五重塔は何度見ても見飽きない絶景である。   昼食時間となっていたので、何処にしようかと悩みながら20分程歩いて、奈良町の吟松という店で1300円の天ざるを食べた。昼食後、奈良町散策の始まりである。 元興寺は奈良市に…
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奈良散歩 その27 興福寺を静かに去る 

 国宝館から出て、去年の10月7日に301年ぶりに再建された、真新しいピカピカの中金堂まで歩いた。  中金堂は東西37メートル、南北23メートル、高さ21メートルで、同じ奈良市の平城宮跡に復元された宮殿施設である第1次大極殿とほぼ同じ規模である。  奈良では江戸時代に再建された東大寺大仏殿(東西57メートル、南北50・5メートル、高…
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奈良散歩 その26 興福寺国宝館Ⅲ

国宝館の最後に、阿修羅を真ん中に配置した八部衆立像を見た。  八部衆は仏法を守護する8神で、仏教が流布する以前の古代インドの鬼神、戦闘神、音楽神、動物神などが仏教に帰依し、護法善神となったものである。  五部浄は、はるか天上の神々の総称である。色界最上位の色究竟天(色界第四禅天)に浄居天と呼ばれる5人の阿那含の聖者(自在天子、普…
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奈良散歩 その25‐Ⅱ 興福寺国宝館Ⅱ

 次に、7国宝の木造千手観音菩薩立像(旧食堂の本尊)である。  鎌倉初期の南都復興の最後を飾る木彫の巨像で、明治初年まで興福寺食堂の本尊であったが、現在は新収蔵庫の中央に安置されている。5メートル20cmの巨体が堂々と立つ姿は壮観で、その作風は南都復興時に活躍した慶派の様式が顕著である。 なお像内には奈良時代の小金銅仏をはじめ鎌倉造…
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奈良散歩 その25 興福寺国宝館Ⅱ

 次に、7国宝の木造千手観音菩薩立像(旧食堂の本尊)である。  鎌倉初期の南都復興の最後を飾る木彫の巨像で、明治初年まで興福寺食堂の本尊であったが、現在は新収蔵庫の中央に安置されている。5メートル20cmの巨体が堂々と立つ姿は壮観で、その作風は南都復興時に活躍した慶派の様式が顕著である。 なお像内には奈良時代の小金銅仏をはじめ鎌倉造像…
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奈良散歩 その25 興福寺国宝館Ⅰ 

 東金堂の次に、お目当ての阿修羅像が展示されている国宝館に入った。  この国宝館は、僧侶たちが集まって食事をする食堂(じきどう)があった場所に、耐火式宝物収蔵庫として1959年に建てられた。地下には、実際に見ることはできないが、旧食堂の奈良時代以降の遺構がそのままの形で保存されているそうである。  国宝館の展示物配置は上図のよう…
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奈良散歩 その24 法相宗というもの

 興福寺は法相宗の寺院なので、ここで一旦境内を巡るのを止めて、法相宗というものはいかなる宗派なのか簡略に紹介する。  法相宗の始祖は玄奘三蔵で、玄奘は7世紀初頭に中国からインドに渡って多くの経典を持ち帰り、経典の漢訳に励んだ。  その中の一つである「成唯識論」という経典を拠り所にして法相宗を開いたのが、玄奘の弟子の慈恩大師である。 …
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奈良散歩 その23 南円堂と北円堂 

南円堂は興福寺が藤原氏の氏寺として発展して五重塔、中金堂などの主要なお堂、建築が整備されることになった奈良時代に建立されたものではない。   南円堂は平安京への遷都後、藤原氏の勢力が一層強まっていく平安時代初期の813年に藤原一族の藤原冬嗣が父内麻呂追善の為に建てたものである。この頃、藤原氏の中でも摂関家北家の力が強くなり、北家繁…
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奈良散歩 その22 興福寺三重塔

 猿沢の池を過ぎて、この階段を上って、南円堂の方角に歩いていく。  南円堂の中にある国宝の不空羂索観音が現在特別公開中ということで、階段道の両脇にびっしり「不空羂索観音菩薩」と書かれた幟旗が並んでいる。 今は南円堂は目的の建物ではない。  階段の真ん中あたりで左手に曲がって、観光客の回遊ルートから外れている目立たない静かな道を歩…
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奈良散歩 その21 猿沢池越しの五重塔

司馬さん並みに、「五重塔をことさら無視するように歩いていく贅沢さ」を十分味わってから、猿沢池に行った。  この池越しに見た興福寺五重塔が絶品だと旅行案内書等に出ていたので、その風景を間近に見て見たかった。  猿沢池越しに見える位置に立ち興福寺五重塔を見ると、なるほど周りの風景に塔が溶け込んで素晴らしい景観を造っている。興福寺五重…
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奈良散歩 その20 興福寺五重塔

「奈良散歩」の旅も三日目となった。  今日は、興福寺と奈良町を巡る旅である。  ホテルを出て、パンフレットに書かれている正式ルートで、今在家バス停に向かった。  いつもは反対側にある、ホテルに帰ってくるときに降車するバス停を利用しているので、奈良中心街へ向かうこのバス停を利用するのは、実は今回が初めてである。 近鉄奈良駅前で降…
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奈良散歩 その19 雑司町界隈

翌朝11月6日(水)朝飯前に、昨夜ホテルの方から聞いたホテルのすぐ近くにある旧細田家住宅に行った。   この苔の生えた茅葺き屋根の家が、奈良県指定有形文化財となっている旧細田家住宅である。旧細田家住宅は旧奈良町と農村の境界付近にあり、大和棟の外観をもつ小規模な農家住宅である。    主屋は東側の2間半を土間に、西側の二間半を…
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奈良散歩 その18 仏教や宗派について 

1日半かけて東大寺を心置きなく回って、夕食はコンビニで買った柿の葉寿司とビールで締め、奈良最初の寺である東大寺を終えた。  この奈良の旅は仏教という宗教の両輪となる「お寺と仏像」を拝観するのが主な目的となるので、この辺で仏教や宗派について簡単にまとめて記す。仏教とはお釈迦様の教えをもとに開かれた宗教で、目的は「悟りを開いて苦悩を捨…
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奈良散歩 その17 正倉院と転害門

 次に黄線の道を辿って、二ツ池(大仏池)からの絶景を眺めながら正倉院へ向かった。  大仏池周辺の風景は東大寺に相応しい気持ちのいい絶景である。   この池は、江戸時代はこのあたりの村の用水として造られ、その後正倉院の防火用水池として改修された。そういう経緯で、正倉院南池と称する研究家もいるそうで、池の向こう側に見える建物が正倉院であ…
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奈良散歩 その16 戒壇堂の広目天 

 なら仏像館を出て、再び入江泰吉旧居まで行った。   ここから黄線の道を通って、戒壇院と二ツ池(大仏池)と正倉院と転害門を回った。まず、最初に戒壇院である。  戒壇院の前に行くと、階段の手前に境内図があった。奈良時代の754年に、聖武上皇は光明皇太后らとともに唐から渡来した鑑真から戒を授かり、翌年に日本初の正式な授戒の場として戒壇院…
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奈良散歩 その15 「なら仏像館」

入江泰吉旧居を終え、昼食とした。   昼食の場所は、奈良国立博物館の道を挟んで反対側で営業している、まめじか食堂である。   食堂の中は、こんな風である。    ここで比較的手ごろな値段?となっているカツカレーを注文したが、特別高級品でもないようなものが1620円、観光地というものの怖さを食べ物の値段でわからされる…
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