テーマ:奈良散歩

奈良散歩 その16 戒壇堂の広目天 

 なら仏像館を出て、再び入江泰吉旧居まで行った。   ここから黄線の道を通って、戒壇院と二ツ池(大仏池)と正倉院と転害門を回った。まず、最初に戒壇院である。  戒壇院の前に行くと、階段の手前に境内図があった。奈良時代の754年に、聖武上皇は光明皇太后らとともに唐から渡来した鑑真から戒を授かり、翌年に日本初の正式な授戒の場として戒壇院…
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奈良散歩 その15 「なら仏像館」

入江泰吉旧居を終え、昼食とした。   昼食の場所は、奈良国立博物館の道を挟んで反対側で営業している、まめじか食堂である。   食堂の中は、こんな風である。    ここで比較的手ごろな値段?となっているカツカレーを注文したが、特別高級品でもないようなものが1620円、観光地というものの怖さを食べ物の値段でわからされる…
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奈良散歩 その14 入江泰吉旧居にて 

 東大寺ミュージアムを出たあと、黄線のように歩いて入江泰吉旧居に行った。   入江泰吉は奈良を中心に活躍した高名な写真家である。東大寺の旧境内地である片原町に生まれ、古美術品の鑑定で生計を立てていて、家は裕福ではなかったが美術を愛好する気風があった。母は観音信仰をもっていて、入江を伴ってよく東大寺二月堂に詣でたという。後に東大寺別当と…
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奈良散歩 その13 東大寺ミュージアム 

  次に南大門の近くにある東大寺ミュージアムに入った。   この東大寺ミュージアムでは、展示室が第1室から第5室まであり、部屋ごとにテーマが設けられている。第1室のテーマは創建期の東大寺、第二室には重要文化財の千手観音菩薩立像などの仏像や、誕生釈迦、菩薩半跏像の彫刻、工芸品などがあり、メイン展示室となっている。 第3室は、奈良時代か…
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奈良散歩 その13 東大寺ミュージアム 

  次に南大門の近くにある東大寺ミュージアムに入った。   この東大寺ミュージアムでは、展示室が第1室から第5室まであり、部屋ごとにテーマが設けられている。第1室のテーマは創建期の東大寺、第二室には重要文化財の千手観音菩薩立像などの仏像や、誕生釈迦、菩薩半跏像の彫刻、工芸品などがあり、メイン展示室となっている。 第3室は、奈良時代か…
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奈良散歩 その12 南大門まで歩く

 次に東大寺四月堂(三昧堂)である。 ここは二月堂や三月堂のある上院エリアの小さなお堂で、三月堂の向かいに位置する。  本来の名前は三昧堂だが、このお堂で毎年四月になると法華三昧会(ほっけさんまいえ)と呼ばれる法要が執り行われることから、四月堂という名で呼ばれるようになっていった。堂内にはかつて脚が短く独特の佇まいを見せる千手観音菩薩…
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奈良散歩 その11 手向山八幡宮と三月堂 

十分に廬舎那仏や大仏殿を見た。   このあと、赤⇒の道を通って手向山八幡宮や三月堂、四月堂などを見ることにした。  その道中で、東塔院跡発掘調査中と書かれた遺跡発掘現場に出会った。ここは大仏殿で見た右側の塔の在った場所で、早ければ20年後に100mクラスの七重の塔が再建される場所のようである。東塔は東塔院とも呼ばれ、重厚な回廊が塔を…
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奈良散歩 その10 「華厳経」と「奈良の大仏(廬舎那仏)」

 盧舎那仏の後ろ側には、昔の伽藍配置の模型が作られていて、大仏殿の左右には高さ96mの七重の塔が建てられていた。  この二つの建物は落雷にあって焼失し、今は跡地しか残されていない。  ところで、今この右側の塔に再建の話が持ち上がっていて、早ければ20年後に東大寺の大仏殿の右側に、100mクラスの七重の塔が見られる…
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奈良散歩 その9 大仏殿をまわる 

大仏殿に入ると、10数人程の人たちを対象に、若い男性のガイドが説明を行っているところだった。 このガイドの説明を聞きながら、大仏殿をまわっていくことにする。   これが東大寺盧舎那仏像で、現存の大仏の像の高さは約14.7メートル、基壇の周囲70メートルである。盧舎那仏は聖武天皇の発願で745年に制作が開始され、752…
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奈良散歩 その8 大仏殿まで歩く

 この三日間は、小さなホテル「奈良倶楽部」が旅の拠点である。  そのホテルの白い壁にちょうど朝日が差し込んでいて、いい風景となっていた。 これからホテルの食堂で朝食となる。  ホテルには現在5~6組の宿泊客が泊っているようで、いずれの組の方々もかなり年配で、中には須田画伯そっくりの方もおられた。  食事は午前8時からである…
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奈良散歩 その7 朝焼けの二月堂

二月堂は堂の手前左右に階段があり、堂への通路となっている。向かって左(北)側の階段は屋根付きで登廊と称され、練行衆が参籠宿舎から二月堂へ上堂する時にここを通る道となる。 この向かって左(北)側の階段を上がっていく。ちなみに、右(南)側の階段は、3月12日深夜の「水取り」の時に、若…
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奈良散歩 東大寺二月堂への道 その6 二月堂に到着

 ようやく、東大寺二月堂に到着である。  東大寺は聖武天皇を除けば、良弁と行基が最もその設立に貢献したということになる。良弁は東大寺の初代別当(僧官の一つで、東大寺などの大寺に置かれた長官で、一山の寺務を統轄した。)になっている。  その下で、事務局長のような仕事をしていたのが実忠である。  東大寺設立…
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奈良散歩 その5 奈良時代とは

大仏殿を裏から見ながら、二月堂への道を歩いている。   道の左手から奈良名物の鹿がゆっくりと現れ、まったく何の警戒心もなく道を横断して右手の広場の方に歩気去っていく。このような風景は、たぶん東大寺境内の最も自然な風景なのだろう。   ところで、奈良時代は710年から794年までの僅か84年間しかない時代で…
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奈良散歩 その4 大仏建立の秘話

東大寺の二月堂までの道には猪も出るらしい。    境内への道のすぐ傍に、奈良奥山ドライブウェイなるいかにも山深そうなドライブウェイへの入口があるのである。昨日散策した時に「猪に注意」という看板もあって、二月堂への近道と思われる道を避けて通ったが、今朝も安全な道…
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奈良散歩 その3-2 「朝の二月堂散策」に出発

二月堂から黄線の道を歩いて、転害門バス停からバスに乗って赤線の道を行き、近鉄奈良駅で降車した。  今夜から三日間宿泊することになる小さなホテル「奈良倶楽部」は一泊朝食付の宿泊なので、夕食を何処かで食べるかコンビニ弁当に頼ることになるのだが、ここで泊まる三日間はホテル近くに飲食店がないこともあり、コンビニ弁当で済ますこと…
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奈良散歩 その3 夕暮れの二月堂 

空海寺の次に正倉院を目指したが、閉門時間の午後3時を既に過ぎていたので、最終目的地である二月堂を直接目指すことにした。   今の時間は既に午後4時を回っていたので、黄色で塗られた道を急ぎ足で歩いて、憧れの二月堂を目指した。   ここは東大寺大仏殿裏手の境内であるが、奈良名物の鹿さん達がのんびりと芝草を食べている風景に出くわし…
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奈良散歩 その2 上司海雲の墓

上司海雲は、司馬さんの「街道をゆく 奈良散歩」の中では、街道をゆくの挿絵を担当して取材旅行にも同行した須田剋太画伯を庇護し続け、須田画伯と父と子のような関係を持った方として紹介されている。司馬さんが須田画伯と空海寺を訪れる場面も「街道をゆく 奈良散歩」には書かれていて、上司海雲の眠る空海寺の五輪塔に、須田さんが駆け寄るように近づいて野の…
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奈良散歩 その1 空海寺

奈良へは上越新幹線と東海道新幹線を乗り継ぎ、京都で奈良行きの快速電車に乗り、奈良駅からバスに乗って今在家(いまざいけ)というバス停で降車した。   このなかなか頭に入らない地名である今在家バス停からほとんど勘を頼りに、緑実線の道を矢印のように歩いて、どうにか三日間宿泊することになる小さなホテル「奈良倶楽部」へ辿り着いた…
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