テーマ:奈良散歩

奈良散歩 その69 夢殿への道 Ⅱ 

 夢殿への道はまだまだ続いている。  広い道の右側に、「おみやげ」と書かれた幟旗を揚げている出店まである。  遣唐使や遣隋使になった気分で歩いているので、右手の土産物屋を眺める気分はさらさらなくて、正面に見える八角屋根の夢殿を目指すのみである。  ここまで来てもなおも心配になったので、念のため右端を…
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奈良散歩 その68 夢殿への道 

 大宝蔵院で西院伽藍を終え、これから東院伽藍の夢殿へ向かう。 黄⇒で示した道を歩いていくが、夢殿への道を遣隋使や遣唐使が歩いた道くらいの思いで、感慨を胸に抱きながらゆっくりと歩いて行く。 小用を足した後、11月のまだ紅葉には少し早い大宝蔵院横の小春日和の道を、のんびりと歩いて行く。 僕にとって、東院伽藍夢殿にある通称夢殿観音は、憧れの観…
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奈良散歩 その67 法隆寺大宝蔵院 Ⅱ

 ④の百済観音を見終え、東の宝蔵に入った。 東の宝蔵では、最初に⑤の伝橘夫人持仏及び厨子を見た。 橘夫人とは藤原不比等夫人で光明皇后の生母である県犬養宿禰三千代(あがたのいぬかいのすくねみちよ)のことで、厨子内の阿弥陀三尊像は同夫人の念持仏と伝えられている。 蓮池を表した銅造鍍金の代から螺旋状に立ち上がった三本の蓮茎の上に蓮華座が乗り、…
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奈良散歩 その66 法隆寺大宝蔵院 

 大宝蔵院全体は西と東の2つの宝蔵、そして北側の部分にある百済観音堂で構成されていて、この大宝蔵院の展示は下図のようなロの字型となっている。 ここを入り口から西の宝蔵に入って行き、百済観音堂を見てから東の宝蔵に入り、出口までの間に展示されている仏像等を見て回った。 展示物等を幾つか紹介する。 まず⓵の位置に、白鳳時代の国宝の夢違観音があ…
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奈良散歩 その65 法隆寺金堂 Ⅱ

 次に「東の間本尊」の薬師如来像である。 法隆寺金堂内陣の「東の間」に安置されている薬師如来像(国宝)は、像高63.0cmの金銅製の坐像である。 この薬師如来像にも、光背裏面に銘文が刻されている。 本銘文は縦29.7cm余、横13.2cm余の範囲に、90字が5行で陰刻されていて、1行目から順に、16字・19字・18字・19字・18字ある…
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奈良散歩 その65 法隆寺金堂 Ⅰ

 法隆寺で一番古い飛鳥時代建築となる西院伽藍内の金堂、五重塔、中門、回廊をさっと回って、次に金堂に入った。 法隆寺は607年に創建された寺院だが、日本書紀によると670年に火災によって焼失しており、現存する建物は再建されたものであるといわれている。 しかし再建された建物といってもその建築様式などから、金堂は実質的に世界で一番古い木造建築…
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奈良散歩 その64 法隆寺金堂と五重塔

 中門から西院伽藍に入っていくが、左側には五重塔が見えている。 右側にある金堂は、ここからでは全く見えない。 左右両側に松の緑を配した中門は二層の造りになっていて、大きく貼り出した瓦屋根が目を引き、これは門というよりもむしろ楼閣である。 中門の柱に注目すると、ギリシャから中国に伝来し、遥か日本へ辿り着いたエンタシスの柱が、ここにも使われ…
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奈良散歩 その63 聖徳太子 

 法隆寺のある斑鳩の地は、生駒山地の南端近くに位置し、大和川を通じて大和国と河内国とを結ぶ交通の要衝であった。 付近には藤ノ木古墳を始めとする多くの古墳や古墳時代の遺跡が存在し、この地が古くから一つの文化圏を形成していたことをうかがわせる。 日本書紀によれば、聖徳太子(用明天皇の皇子の厩戸皇子)は601年、飛鳥からこの地に移ることを決意…
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奈良散歩 その62 法隆寺境内に入る

 法隆寺は7世紀に創建され、古代寺院の姿を現在に伝える、聖徳太子ゆかりの寺院である。 南大門の前に大きな境内伽藍配置図が立てられていたので、境内に入る前に確認した。 法隆寺の伽藍配置は、左の金堂と五重塔を中心とする大きな西院伽藍と、右の夢殿を中心とした小さな東院伽藍とに分けられる。 上図のピンク色で塗られた建物は国宝建造物で、西院伽藍は…
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奈良散歩 その61 夕食は「そば処觀」 

 遠くまで出たくなかったので、夕食はホテルの真ん前にある「そば処觀」で済ませた。 ここは雰囲気のいい店ということで事前にネットで下調べしていたので、ここで食べるのが楽しみだった。 入って見ると、店には1300個の古伊万里がこのようにズラリと展示されていて、事前にわかっていたことだが少々感動した。 ここではにしんそばを注文したが、にしんそ…
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奈良散歩 その60 頭塔の周囲を一周

 ガイド氏の説明は続く。 頭塔は各段に屋根があって、一番上に塔のある、この復元案のようなものだったのではないかと推測されている。 頭塔は建設当初は塔として造られていたという証拠に、一番上を発掘したら心柱穴と礎石が出てきた。 ガイド氏の説明はまだ続いているが、これから頭塔の周囲を一周することにする。 時間は午後二時を回った頃、影の形がこう…
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奈良散歩 その59 頭塔の説明

 新薬師寺の次に、宿泊しているホテルウェルネス飛鳥路の隣にある頭塔に向かった。 頭塔は奈良市高畑町にある土製の塔で、1辺30m、高さ10m、7段の階段ピラミッド状の構造をしている。 ホテルまでは1.6km程で、レンタカーで5分ほどで到着したが、少しホテルの部屋で休んでから、隣にある頭塔に入った。 入ると、ちょうど頭塔の説明ガイドが頭塔の…
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奈良散歩 その58 香薬師堂

 本堂から外に出た。 次に、本堂左手にある会津八一歌碑を見た。 この歌碑には、こういう歌が刻まれている。  ちかづきて あふぎみれども みほとけの       みそなはすとも あらぬさびしさ   この歌には「香薬師を拝して」という詞書があり、意味はこうなる。 香薬師に近寄って仰ぎ観ても、み仏が自分を認めてご覧下さることもないこの寂しさよ…
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奈良散歩 その57 新薬師寺 

 般若寺を出て、次に新薬師寺に向かった。  新薬師寺まで、距離にして15km弱、時間にして15分程度である。 途中のコンビニで昼食用に、サンドイッチとおにぎりを買った。  新薬師寺の境内付近には柿木があり、木にいっぱい実を付けていていたので、それをおかずに加えて、レンタカーの中で昼食を食べた。 …
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奈良散歩 その56 般若寺の十三重石塔 

 般若寺の十三重石塔は、般若寺境内の南側、本堂の正面に建つ巨大な石塔である。 石塔の基壇は12メートル四方、塔の高さ自体は14メートル、日本有数の規模を誇り、数多くの石塔がこの般若寺のものを参考に建立されたとも言われている。 塔の建立は鎌倉時代の1253年頃に宋から日本に渡来した石工で、東大寺の復興にも携わった伊行末により建立されたとの…
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奈良散歩 その55 般若寺本堂

正面の石塔への道を進まないで、本堂へ向かう左方の道を歩いて行く。  コスモスの花で飾られた境内の中を散歩して行くと、左手に石仏が立っていた。  石仏は薬師如来で、左手に薬壺を持っていて、心休まるような風景を造っている。 右に曲がると今度はカンマン石、ここの境内にはいろんなものがある。  カンマン…
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奈良散歩 その54 奈良女子大から般若寺へ

佐保路の三寺を見て、レンタカ-で10分ほどの距離にある奈良女子大に向かった。  奈良女子大学は、1908年に女子中等教育における女性教員養成機関として開設された奈良女子高等師範学校をその前身とする女子大学で、2004年10月に新たに国立大学法人奈良女子大学として設置された。 国立の女子大学は奈良女子大学とお茶の水女子大…
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奈良散歩 その53 海龍王寺と不退寺 

海龍王寺は法華寺のすぐ近くにあった。  海龍王寺は真言律宗の寺院で、本尊は十一面観音、光明皇后の皇后宮(藤原不比等の邸宅跡)の北東隅に建てられたことから隅寺の別称がある。  ここは西金堂である。奈良時代の建立(鎌倉時代に大修理)で、内部に五重小塔(国宝)を安置している。 切妻造、本瓦葺き、正面3間、側面2間…
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奈良散歩 その52 法華寺 

 平城京跡を出て、次に佐保路(東大寺転害門から西に延びている、平安京の南一条大路から法華寺まで)にある法華寺、海龍王寺、不退寺を見ることにした。 まず、平城京跡から10分程の法華寺に向かった。 法華寺は大和三門跡に数えられる品格ある尼寺で、もと藤原不比等の住居であったものを、光明皇后が総国分尼寺として建立した。 法華滅罪の寺と称し、七堂…
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奈良散歩 その51 高御座(たかみくら) 

 次は高御座(たかみくら)の説明である。 高御座は国家儀式の際に天皇が着座した王座である。 奈良時代の高御座の構造の記録はなく詳細は不明で、ここに展示した模型は大正天皇の即位の際に作られた高御座(京都御所に現存)を基本に、各種文献資料を参照して製作した実物大のイメージ模型である。 細部の意匠や文様は、正倉院宝物などを参考にして創作したと…
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奈良散歩 その50 大極殿での話 その1 

 ボランティアガイド氏の説明は大極殿での営みに入った。  第一次大極殿の内部には、高御座とよばれる天皇の玉座が置かれていて、高御座は皇位を象徴する重要な調度で、天皇は即位式や元日朝賀などの国家儀式の際に、大極殿に出御して高御座に着座した。  大極殿の前の庭には、国家儀式の際に貴族が位の順にズラッと並んでいて、この庭の広さは大よそ横が20…
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奈良散歩 その49 第一次大極殿 

 第一次大極殿の周りをぶらぶらと歩いているが、とにかくやたら広いという感想が一番に浮かんでくる。 平城宮跡の大きさはたぶん1km四方だと思うが、その大きさがどのくらいのものか、実際に歩いて感じてみる。 ここからも、はるか遠くに朱雀門が見えている。 平城宮は平安京が都としての地位を確定すると放置され、しだいに農地となっていった。 1852…
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奈良散歩 その48 平城宮跡を歩く 

 まず最初の目的地は平城宮跡である。 平城宮跡はホテルから6km程の距離で、午前8時20分頃にはここに到着した。 平城宮跡」は710年に藤原京より遷都された平城京の中心であった宮跡で、1998年2月には古都奈良の文化財として、世界遺産に登録されている。 平城宮の入口には羅城門があり、74m幅のメインストリートである朱雀大路を北へ3.7k…
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奈良散歩 その47 ホテルウェルネス飛鳥路にて 

 今日の日程をすべて終え、今夜から二日間宿泊する「ホテルウェルネス飛鳥路」に向かった。 「ホテルウェルネス飛鳥路」は奈良公園周辺の閑静な住宅街にあり、隣には実忠が国家大安を祈って造営したまるでピラミッドのような頭塔がある。 この頭塔についてはまた後からジックリ見ることにした。 この日の夕食は、近鉄奈良駅出入り口横の東向中町の商店街にある…
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奈良散歩 その46 秋篠寺本堂の周りを歩く

秋篠寺の本堂の周りをぶらぶらと歩いている。   けっこう紅葉がいい具合になってきているが、見ごろとなるのはもう少し経ってからである。   それではこれから本堂に入っていく。本堂の中であるがもちろん撮影は禁止で、写真はネットからの借用である。    本尊は薬師如来で、薬壺(薬師如来が唯一の持ち…
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奈良散歩 その45 秋篠寺の創建の背景

受付の前に、秋篠寺の創建目的を確認する。 この寺の創建された時期は光仁天皇の晩年の776年から780年の間頃と推定されていて、創建目的は一般的には自らの老いの深まりの自覚と一族の繁栄を祈願しての寺院建立ということになっている。 奈良時代は天智系の血も入っているが、概ね天武天皇の血と藤原氏の頭領である藤原不比等の血を結婚させて天皇…
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奈良散歩 その44 秋篠寺に入る 

秋篠寺は小さなお寺だが、特に女性の方に人気があるお寺で、その女性好みのお寺に、この東門から入った。   庭は紅葉にはまだ早いようである。秋篠寺の女性人気の理由だが、その大半は堀辰雄著「大和路・信濃路」に紹介されている次の文章のようである。 「午後、秋篠寺にて」 「いま、秋篠寺という寺の、秋草のなかに寐そべって、これ…
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奈良散歩 その43 垂仁天皇陵 

菅原天満宮を出ると、ナビに従って南に進路を取り、近くにある垂仁天皇陵に向かった。  垂仁天皇陵(宝来山古墳)は奈良市尼ヶ辻町にある前方後円墳の古墳で、実際の被葬者は明らかでないが墳丘長が227メートルあって、全国では第20位の規模の古墳となっている。4世紀後半頃(古墳時代前期)の築造と推定され、宮内庁により第11代垂仁…
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奈良散歩 その42 菅原天満宮 

喜光寺を出ると、次にすぐ近くにある菅原天満宮に行った。   菅原天満宮は日本最古の天満宮といわれていて、喜光寺と同じく土師氏・菅原氏が住んでいた菅原の里の中にあり、菅家一系三神(天穂日命、野見宿祢、菅原道真)を祀っている。   菅原道真の没後全国各地に道真を祀る神社が設立されたが、その中にあって菅家発祥及び生…
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奈良散歩 その41 喜光寺

西大寺から南下して、まず喜光寺に行った。   喜光寺には、午後1時半頃に着いた。   午後見る予定にしていたのは黄四角で囲った場所で、一番心惹かれる一番北にある秋篠寺は、この日の最後にした。  喜光寺を中心とした地域は、古くから菅原の里とよばれて和歌にもよまれた景勝地で、この地は以前土師氏(古代豪族…
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