テーマ:「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」

「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その43 基地の町「横須賀」を歩く 

ウェルニー記念館を出て、ウェルニー公園を散策した。 ここは横須賀市指定市民文化遺産の「逸見波止場衛門」である。 旧横須賀軍港逸見門の衛兵詰所が左右2ケ所あり、左側には「逸見上陸場」、右側には「軍港逸見門」と表示されている。 建築年代は明治末から大正初期の頃らしい。 ウェルニー公園を歩いているが、対岸に横須賀製鉄所跡を利用…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その42 ウェルニー記念館を見学 

これから横須賀港を散歩する。 横須賀は米軍基地とともに歩んできた異国情緒あふれる港町で、港には米軍の艦船が浮かび、町のあちこちに米軍カラーが溢れていて、少し歩いただけで厳重な警戒で入ることも写真撮影することも絶対許されない米軍施設がある。 この横須賀港散歩では、ウェルニー記念館やウェルニー公園、ドブ板通りなどを巡り、米軍基地もほんの…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その41 ペリー記念館見学 

久里浜駅からバスに乗る予定にしていたが、丁度いいバスがなく、久里浜のペリー記念館まで歩くことにした。 駅前の八百屋のりんごが美味しそうだったので一つ買って、食べながら久里浜のメインストリートを歩き、30分程かけてペリー記念館のあるペリー公園に到着した。 ペリー提督は1853年7月14日、米国フィルモア大統領の日本開国を求める親書…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その40  佐原十郎義連ゆかりの「満願寺」を見学

久里浜駅から久里浜のペリー記念館に行く予定にしていたが、バスの連絡の都合で佐原十郎義連の墓所である「満願寺」を先に訪ねることにした。 久里浜駅から京急線で一駅前の北久里浜駅まで行った。 そこから京急バスで黄星印の「満願寺」まで行った。 近くに佐原城跡もあるのだが、昨日は衣笠城跡まで行くのに大変だったので、今日は佐原十郎…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その39 浦賀ノスタルジック散歩

かなりの雨の降る中、浦賀駅を出て浦賀港に向かって歩き始めた。 歩いた行程を下図で説明する。 まず浦賀駅から黄線に沿って赤字Aの浦賀ドッグを見て、赤字Bの西叶神社で旅の無事を願い、赤字Cの浦賀の渡しで渡し船に乗って対岸に渡り、赤字Dの東叶神社で再び旅の無事を願って、再び渡し船に乗って帰ってきた。 それでは「浦賀ノスタルジック散歩…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その38 「横須賀ストーリー」の始まり

京急バスでホテルに戻り、夕食はホテル近くの市場食堂で済ませた。 なかなか美味しそうな食べ物を安価で食べさせてくれる食堂が、今はどこの街にも何軒かあって、僕のようなそう金持ちでもない旅人には利用しやすい。 食べたのはこの「ホタテイカ・まぐろ丼定食」で、値段は税込880円という安さである。 安い割に味はしっかりしていて、満足の…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その37 三浦氏の本拠地「衣笠城跡」へ

猿島から歩いて京急横須賀中央駅近くの繁華街へ戻ったが、戻るだけで30分程かかった。 それから30分くらい中央駅近くを歩き「横須賀海軍カレー」の店を探したが、適当な店に出会わず、横須賀中央駅より徒歩5分の「鳥ぎん米が浜通店」を偶然見つけてそこに入った。 このカキフライ定食の幟旗があまりに魅力的だったので、昼食は迷わずカキフライ…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その36 猿島探検

「三笠」の見学を終え、楽しみにしていた東京湾に浮かぶ無人島の猿島に行った。 猿島に渡る船は1時間毎に出ていて、1300円の往復大人料金を払って20人程の観光客と共に連絡船に乗船した。 写真前方が猿島で、三笠桟橋より船で10分程乗って猿島桟橋に到着した。 猿島は湾内最大の自然島で、観光シーズンは海水浴、バーベキュー、釣り、散策な…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その35  「記念館三笠」を見学(T)

横須賀市は三浦半島に位置する中核市で、市域の東側は東京湾(浦賀水道)、西側は相模湾に面する。 東京湾唯一の自然島である猿島も行政区域に含まれ、行政区域内標高の最高点は三浦半島の最高峰となっている標高242m大楠山である。 東京湾の入口に位置するため、江戸時代から国防の拠点とされ、大日本帝国海軍横須賀鎮守府を擁する軍港都市として栄えた…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その34 横須賀中央の「セントラルホテル」に到着

今回から、「横須賀ストーリー」と僕が勝手に名づけた「三浦半島の旅」が始まる。 「横須賀ストーリー」の第一日目である11月9日(月)の当初の計画である。 自家用車の旅でなく電車とバスを足にしての旅なので、なかなか思う通りにはいかず、大幅にこの計画を変えることになった。 まず、JR鎌倉駅で朝8時頃に食べた朝食シーンからスタートする…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その33 「鎌倉物語」を終え、「横須賀ストーリー」へ

江ノ島にはお昼から午後3時ころまでの3時間程いた。 かなりの強さの雨が降る中、ごった返す江ノ島を見学するのはなかなか大変で、傘をさしながら「江の島イラストマップ」でおおよその見当をつけて、江の島のほんのさわりの部分を散策した。 黄線に沿って江ノ島の中心部を大回りして、赤字A;瑞心門、赤字B;奉安殿と江島神社辺津宮、赤字C;江ノ島…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その32 江ノ島でシラスを食べる

 あいにくの雨天となっているが、江ノ電で各駅毎の乗降を繰り返し、ようやく江ノ島駅に到着した。 駅を降りてから、「湘南すばな通り」を歩いて今日の最終目的地である江ノ島へ向かって歩いていく。  歩くこと10分ほどで、江ノ島弁天橋まで来た。  橋の右手に、「名勝史跡江ノ島」と白字で書かれた大きな石碑が建っている。  雨天でなけ…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その31 腰越状の満福寺を見学

鎌倉高校前駅から江ノ電に乗り、次の駅である腰越駅に降りた。 江ノ電腰越駅傍の踏切を渡り、写真右手の海岸道路を向こう方向に歩いていく。 約250メートル程歩き、再び踏切を渡ると、目の前が義経の腰越状で有名な真言宗大覚寺派の満福寺である。 踏切後方の階段を上がっていく。 1185年5月、源義経が兄頼朝の怒りを買って鎌倉入りを…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その30 鎌倉高校前駅にて

七里ガ浜を終え、再び江ノ電に乗り、次の鎌倉高校前駅で降りた。 ここは駅の前がすぐ海である。 電車が通り過ぎると、この駅の前はこんな風景となる。 サーファーの姿がこの駅からも沢山見えたが、七里ガ浜よりは数がかなり少ないようだった。 見ての通りこの駅は海を見渡せる景色の良い場所にあり、1997年には「関東の駅百選」に選ばれて…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その29 七里ガ浜でサーファーに驚く

稲村ヶ崎を終え、再び江ノ電に乗った。 江ノ電は2両編成で、車内の風景はこんな感じである。 車内には江ノ電カレンダーの宣伝ポスターが掲げられていて、このポスターを江ノ島の旅の終わりに1300円出して買ってしまったが、そのポスターはブログを書いている机の目の前に下げられている。 また鎌倉高校前駅を舞台に、「江ノ電で、会いに…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その28 稲村ヶ崎と新田義貞の鎌倉攻め

 鎌倉ものがたりと横須賀ストーリーの旅も4日目となり、今日は「鎌倉ものがたり」最後の日で、江ノ電に乗り江ノ島まで行く。 計画は上記のとおりであるが、雨天となってしまったのでこの計画がどうなるかはまったくわからない。 この日の朝食は、素泊まり1泊8500円のホテルニューカマクラの部屋の中で、コンビニで買った納豆巻とハムとおにぎりと…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その27 切通し四箇所を歩き、鎌倉五山の全てを歩く

次に建長寺の鎌倉街道を挟んで向かい側に建っている円応寺を見学した。 ここは閻魔大王を本尊としているユニークな寺である。 この寺を出て、鎌倉街道を鶴ケ丘八幡宮の方向に歩いて行く。 鎌倉には山道を行く七つの切通しが整備されていて、その中の一つが巨福呂坂切通し。 巨福呂坂切通は山ノ内(北鎌倉)方面から鶴岡八幡宮へと抜ける坂道で、朝…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その26 建長寺の仏殿などを見学

三門の次は仏殿である。 この仏殿も重要文化財で、寄棟造となっており単層裳階が付いている。 もとは芝(東京都港区)の増上寺にあった徳川秀忠夫人崇源院の霊屋で、建て替えに際して1647年に建長寺に移築譲渡された。 仏殿の中に入ると、釈迦仏の本尊が多い禅寺としては珍しく、地蔵菩薩像(室町時代の作、像高2.4メートル)が本尊として…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その25 鎌倉五山別館で昼食後、建長寺を見学

お昼を過ぎたので、建長寺の前にある鎌倉五山別館で昼食とした。 建長寺はけんちん汁が生まれた寺であり、この店では看板メニューがけんちん汁となっていた。 食べたのはけんちん汁と山菜ご飯がセットされているけんちんセットで値段は1,250円、  サッポロ黒ラベル中瓶が500円で、合わせて1,750円の豪華な昼食となった。  …
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その24 長寿禅寺に立ち寄り亀ヶ谷坂切通しを歩く

明月院の次に、予定になかった長寿禅寺に立ち寄った。 この寺は臨済宗建長寺塔頭寺院で、いただいたパンフレットによると、1336年に足利尊氏邸跡に創建され、諸山第一位の列に定められた。 尊氏没後、初代鎌倉公方足利基氏が父尊氏の菩提を弔うために七堂伽藍を備えた堂宇を建立した。 足利尊氏ゆかりの寺ということで、庭も建物もな…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その23 明月院を歩く

鎌倉五山第4位の浄智寺の次は、午前中の最後となった明月院ブルーとよばれる紫陽花で有名な明月院である。 寺までの道中が田舎道で、道路脇の川の流れの音や11月7日というのに季節外れのような鈴虫が鳴いていて、野鳥の鳴き声も聞こえてきて、自然の発する音に癒されながらの散策となった。 ふと左方を見ると、ちょうど紅葉して枯れた1枚の葉が木か…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その22 浄智寺を見学

東慶寺の次に、鎌倉五山第4位の格式の高い臨済宗円覚寺派の浄智寺に行った。 この浄智寺は、鎌倉幕府第5代執権・北条時頼の3男である北条宗政の菩提を弔うために1283年に宗政の妻と兄北条時宗により創建された寺である。 総門の前には、鎌倉十井のひとつである甘露の井がある。 水道が普及する以前は海辺の町である鎌倉、潮混じりの湧き水…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その21 東慶寺を歩く

次に、円覚寺とJR横須賀線の線路を挟んで向かい側に立地している東慶寺(鎌倉尼五山二位)に向かった。 東慶寺は臨済宗円覚寺派の寺院で、この寺の開山者である覚山尼は円覚寺を開山した北条時宗の夫人である。 夫と妻の開山となる寺が線路を挟んで向かい合って建てられているのは、鎌倉を旅するものにとっては微笑ましい情景である。 東慶寺は正面…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その20 円覚寺を歩く

円覚寺入口の階段を上がると、まず瑞鹿山の額が掲げられている総門である。 創建当時の伽藍配置は総門・三門(山門)・仏殿・法堂・方丈が一直線に並ぶ典型的な禅宗様伽藍配置であったが、現在法堂は失われている。 円覚寺の主な創建理由は文永の役と弘安の役の戦没者の慰霊を弔う為であるが、執権時宗の精神的支柱となった禅道を広めるためもあった。 …
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その19 ホテルニューカマクラから北鎌倉へ

11月7日(土)の日程である。 午前中に北鎌倉のお寺を巡り、午後から鎌倉アルプスハイキングコースを歩く予定。 今夜の宿泊先だが、土曜日はどこのホテルも料金が高く設定されている場合が多く、ホテルシャングリラ鶴岡も例外ではなく土曜日の宿泊料金が1万円を軽くオーバーしていたので、急きょホテルニューカマクラに宿を予約した。 このホ…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その18 宿泊ホテルと食事の話

 ホテルシャングリラ鶴岡で、前夜の11月5日(木)と今夜の11月6日(金)宿泊した。  今回は宿泊したシャングリラ鶴岡とここでの食事を紹介する。  ここは自室前の三階の廊下で、隠れて見えないが写真の左手にフロントがある。  そして、この部屋が前夜の11月5日(木)と今夜の11月6日(金)過ごしたマイルームである。  鎌倉…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その17 杉本寺等見学後、茜草屋でお茶

 昼食を終えると、黄線に従って金沢街道を引き続き歩き、黄星印の杉本寺そして鎌倉宮と進んだ。  午前中のオーバーペースがたたったのか、昼食後は足が重くなり、若宮大路にある黄菱形印の宿泊ホテルまでの道がキツかった。  そんなコンディションの中で、15分程歩いて杉本寺に辿り着いた。  杉本寺は寺伝によれば、734年に行基が十一面…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その16  報国寺の竹林にて

今回は報国寺の竹林から始める。 竹林の入口から入って行ったが、天井から降り注ぐ光と竹林群の奏でる光と影の造形があまりに美しいので十枚程の竹林の写真をここで撮影したが、その中から2枚ほどを紹介する。 少しだけ目線を上げると、目の前の竹林の世界はこんなである。  真上に視線を向けると、真上に1箇所の丸い穴が開き、その穴を囲むよ…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その15 浄妙寺から報国寺へ

 青砥藤綱旧邸跡を発ち、金沢街道を浄妙寺そして報国寺と歩いた。  まず浄妙寺である。  浄妙寺は鎌倉市にある臨済宗建長寺派の仏教寺院で、山号は稲荷山(とうかさん)、本尊は釈迦如来、開基は足利義兼、鎌倉五山の第五位の寺格である。  ところで五山制度とは我が国の禅宗のうち臨済宗寺院の格付制度で、幕府が任命した住持(住職)を順次…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その14 足利公方と青砥藤綱

帰りは朝比奈峠から十二所までバスに乗り、そこから金沢街道を鎌倉駅の方向へ向かって歩き始めた。 金沢街道沿いには鎌倉幕府高官の旧居が立ち並んでいたが、その中から赤字ア;足利公方邸旧蹟と赤字イ;青砥藤綱旧居跡を選んで立ち寄った。 金沢街道の明石橋を通り過ぎ、泉水橋交差点から鶴岡八幡宮方面へ向かうと、最初の目的地である赤字アの足利公方…
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