テーマ:旅行

近江街道をゆく その21  鉄砲の里国友を歩く

 寝物語の里から40分ほどかけて、長浜市南部の姉川沿いにある鉄砲の里で有名な国友町に入り、そこの資料館前に車を留めた。 国友鉄砲の里資料館は滋賀県長浜市にある博物館で、戦国時代から江戸時代まで鉄砲などの生産地として栄えた国友の歴史資料の保存と紹介を目的として1987年10月10日に開設された。 さっそく館内に入った。 …
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秋田県散歩(2015年の旅) その52 増田町を散策する

佐藤養助漆蔵資料館を出て、どこを歩いても絵になる増田の町を歩いてみた。 増田には1時間半くらいいたが、歩いた箇所全部を掲載せずに、美味しいところだけをピックアップして記すことにする。 <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190606/1…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その58 弘前城をゆく 

今日の午前中の日程だが、まず弘前城を見学、それから石場家住宅と旧藤田家を見学する予定である。 まず、弘前城の見学である。 弘前城へは外濠を越え、追手門から入った。 追手門とは敵の主力がそこへ押し寄せる正面の門という意味である。 司馬遼太郎がここに来たのは雪の季節だったが、僕の旅は秋の旅であり、…
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能登(日本道)への道 その26  白米千枚田にて

 白米の千枚田は能登半島随一の人気スポットで、輪島市の中心部から国道249号線を約15分ほど走って、黄矢印の千枚田に到着した。 なぜ白米千枚田と呼ばれているのかだが、通説は数が多いということでこう呼ばれているということで、「狭い田」からの転という説もある。 最も小さい田の面積は、0.2平方メー…
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ジュンチャンと世界を巡る 第100回はモロッコ

 モロッコは北アフリカのマグレブに位置し、西は大西洋、北は地中海に面していて、ジブラルタル海峡を渡ればスペインというロケーションもあり、映画「モロッコ」や「カサブランカ」の舞台で知られるヨーロッパとアラビアンな雰囲気の漂うエキゾチックな国です。  訪れる街ごとに魅せる異国情緒漂う色彩は、まさに「フォトジェニックな風景」で、インス…
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砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅) その36 荒神谷遺跡に到着

今日の日程を終え、再び松江アーバンホテルレークインに戻った。夕食は部屋の中で、コンビニで買った野菜炒め弁当とビールで済ませた。 アーバンホテルは4300円で朝食付きと値段も格安で、その割には部屋が広くてゆったりとしていて、夕方から朝方まで過ごしたここでの二日間は快適で気分が良かった。 こんな立派な部屋で頂いた朝食だが、こっち…
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台湾紀行その25  台湾東海岸にて 王ガイドの話 その2

 王ガイドの話は続く。 台湾は北が雨が多い地域、南が雨が少ない地域となる。 毎年7月から10月までは台湾は台風のシーズンとなり、台風は東部海岸の花蓮のあたりから上陸するので、花蓮はこのシーズンは大変である。(今は3月だからベストシーズン) 現代は仕事でも何でもパソコンの時代で、少し昔の話しになるが、台湾の一般人がコンピューターに関する知…
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新神戸ものがたり その3 雄滝まで

 歌碑の道のマップがネットに出ているので、ここに掲載する。  雌滝への道の傍の藤原良清の歌碑「音にのみ聞きしはことの数ならて 名よりも高き布引の滝」は⑥の位置にある。  歌碑の道の中ほどの⑳の位置には紀貫之の歌碑がある。   松の音琴に調ふる山風は 滝の糸をやすけて弾くらむ  歌碑の隣に歌の説明が書いてある。 …
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天塩川の旅 その4 昼食は王国のカレーで!!

 朝日町を経由して士別市に戻った。山間部から平野部への帰還である。 前日のフェリーの部屋のなかで、昼食はここにしようと決めていた「羊と雲の丘」に向かった。 士別市は、昭和36年には人口41、000人、また米の出荷高日本一の時代もあったが、相次ぐ減反による離農者の増大、公共事業の低迷などで過疎化が進み、昭和54年には人口30、000人まで…
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長州路(2019年の旅) その2 長府に到着

朝食はホテルの2階にあるダイニング囃子(はやし)での食事となっている。 ここは朝食のおいしいホテルということで、愛情こもった家庭の朝食や老舗旅館のような朝食を思わせる朝食ということで楽しみにしていた。 通常のビジネスホテルの朝食はバイキング形式なので、個人個人ホテルが提供したおかず等を自分の好みで選んできて朝食とするのだ…
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近江街道をゆく その20 寝物語の里にて

 ビジネスホテルウェルネスから中山道を岐阜県境の方向に1時間ほど走ると、滋賀県と岐阜県の間に長久寺という集落がある。  上地図の黄矢印の地点に寝物語の里があるというので、東海道本線の踏切を越えて村中の道を美濃(岐阜県)の方向に進んでいった。  寝物語の里の由来だが、国境の小さな溝を隔てて美濃側の旅籠「両国屋」と、近江側の旅籠…
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秋田県散歩(2015年の旅) その51 横手市増田の「佐藤養助漆蔵資料館」を見学

秋田県散歩(2015年の旅)のブログ上の旅は、5月18日(月)で最後となる。 実際は僕の居所である新潟市へ帰るまで旅は続き、山形県で寄り道もしたのだが、それはブログには記載されないことである。 今日一日の計画だが、実はヤマメ釣り師の憧れの聖地でもあり、釣りキチ三平の釣り舞台ともなった、成瀬川や役内川で…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その57 「南部」から「津軽」への道 

10月3日(木)、この旅に出てから8日目となった。 今日の日程(あくまでも計画であるが)を紹介する。 今日から津軽藩の居城である弘前市に入り、一日弘前市街を散策する。 黄四角で囲った十和田湖温泉を出発し、赤矢印の道を通り、黄矢印の城ヶ倉大橋を渡り、南部藩から津…
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砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅) その35 和鋼博物館にて

金屋子神社民俗館は見たが写真撮影禁止となっていたので、ここでのことは省略する。このあと、金屋子神社から安来市の和鋼博物館に向かった。 距離にして35km、時間にして50分ほどかかった。和鋼博物館は島根県安来市にある、旧出雲-伯耆における工具鋼(高級特殊鋼の一種)の源流となった和鋼・玉鋼に関する博物館である。 最初は紀元260…
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台湾紀行その24 台湾東海岸にて 王ガイドの話 その1

 高雄を出ると台湾島をさらに南東に下っていく。大きな黄色の丸に囲まれた地域が台湾最南端の恒春、台湾映画『海角七号(かいかくななごう)君想う、国境の南』の舞台の地である。 ここで、日がな一日ロケ地回りをしたりするのも楽しいのだが、今日の旅は残念ながらほぼ一日バスに乗ってるだけの旅で、空色のコースを途中下車もせずに進んでいくだけ。 小さな黄…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 北上川への旅 その5 宮沢賢治の書いた童話や物語から そ…

賢治の童話の中でも一番有名なものは、「風の又三郎」そして「銀河鉄道の夜」だろう。 風の又三郎は、小学生の読み物としては面白いと感ずる、登場人物の年代に合わせた童話である。 9月の台風の多い時期、転校生として北海道から鉱山技師の父親と一緒にやって来た高田三郎は、山の小さな学校(1年から6年まで一教室)の4年生として編入される。 この…
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サロベツ川  その5  2回戦も敗退!!

 2回戦は②のパンケ沼が舞台となる。  パンケ沼の概要だが、幌延町に位置し、面積は3.47km2、アイヌ語で「下にある沼」を意味する。(ペンケ沼はアイヌ語で「上にある沼」の意味)、海の一部が閉塞されてできた海跡湖で、沼とその周辺は泥炭地となっている。  天塩川河口域からの海水がサロベツ川を経由して流入するため汽水環境が保たれ、ヤマトシ…
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長州路(2019年の旅) その1 長州(山口県)に到着

新潟から行くとすると長州(山口県)は本州の果てるところにあるので、朝から夕方まで電車に乗ってやっと辿り着けるところとなる。 朝7時過ぎに新潟を出て1泊目の新下関に到着するのは夕方5時過ぎ、10時間近く電車に乗ったり電車を待ったりしている丸一日がかりの旅である。 一日目の日程であるが、朝食は電車の中でミックスサ…
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天塩川の旅 その3 いざ、源流へ!!

 士別駅から道道61号「士別滝上線」を南東の方角に5km程進んだところで天塩川を渡って北岸に出るが、その辺りの川の様子である。  8月末からの、日本中を巻き込んでいる豪雨の影響は北海道最北の大河「天塩川」上・源流地帯でも同じで、台風15号の直撃を受ければこの天塩川も簡単に決壊しそうなかなりな水位に見えた。 北海道の道は本州の道…
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飛騨街道をゆく(2014年の旅) その34 吉田川河岸を散策

これから宗祇水の脇を通り、吉田川右岸を長良川合流地点まで歩き、郡上大橋を渡って再び吉田川左岸を上流に向かって歩いて行き、郡上八幡市街地に入る。 この吉田川沿いから見える風景が最も郡上八幡らしく、絶景ポイントも沢山ある。 <img src="https://stat.ameba.jp/user…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その56  十和田湖温泉ホテルで「清貧」に

今日の宿は、十和田湖温泉ホテル。 台風の影響なのか、午後4時頃から雨となったが、その頃には部屋に入っていて、ホテルのなかなか立派な温泉に浸かっていた。 テレビの天気予報では次の台風が沖縄に近づいてきているが、この台風の方は今回の津軽街道の旅には直接影響しない予報となっていたので、一先ず安心した。 …
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近江街道をゆく その19 長浜のビジネスホテルウェルネスに宿泊

 今日の日程は終了し、これから湖西から湖北までの琵琶湖畔をほぼ半周し、今夜宿泊する長浜のビジネスホテルウェルネスまでレンタカーで走っていく。 黄枠で囲った田中王塚古墳から黄星印のホテルウェルネスまで、幾つかのトンネルを潜りながら、琵琶湖畔の黄線の道を進んでいくことになる。 このコースは、走る前からこの旅一番の難関になるだろう…
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能登(日本道)への道 その25 總持寺祖院散策

 これから總持寺祖院に向かう。  かつては曹洞宗の大本山「總持寺」として末寺1万6千余りを数えていたが、明治31年に火災にあい、それを機に本山の機能が横浜市へ移転、移転先が「大本山總持寺」となり、能登の「總持寺」は「總持寺祖院」と改称され別院扱いとなった。  目の前の橋は白字橋で、その奥には山門が建っ…
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