テーマ:旅行

新神戸ものがたり その10 「イングランド館」と「仏蘭西館」

 「旧パナマ領事館」を出て北野通りを横断した。  それから黄⇒のように歩いて、隣通しに並んでいる3館を見て回った。  まず「イングランド館」である。  この異人館はイギリス人のフデセック医師が建てて住み続けたの診療所と住居である。  世界で最も有名な英国人である名探偵シャーロックホームズの部屋が小説に忠実に再現されて…
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長州路(2019年の旅) その16 土井ヶ浜遺跡の正体 

土井ヶ浜遺跡はこれまでに延べ19回の学術調査が行われ、300体を超える弥生人の骨が見つかっている。 そのうち人骨の密集した場所から発掘した80体を復元したのがこの土井ヶ浜ドームである。 保存状態のいい人骨が300体も発掘されたのは日本でここだけだという。 松下館長は少し歩いて説明する場所を変えてから話をつづけた…
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近江街道をゆく その34  旧伴家住宅などを見学

歴史民俗資料館の次に、市指定文化財となっている旧伴家住宅を見学した。 旧家主の伴庄右衛門は江戸初期に活躍した八幡商人で、屋号を扇屋といった。 寛永年間に東京日本橋に出店し、麻布・畳表・蚊帳を商い、5代目の伴蒿蹊は18歳で家督を継ぎ大坂淡路2丁目に出店したが、同じに学問にも興味を持ち、本居宣長、上田秋成、与謝蕪村らと親交のある…
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四国のみち その11 ロープウェイで松山城下まで

 これから現存12天守の一つである松山城へ向かう。  ターミナルホテル松山から歩いてすぐ近くの図左端の黄星印の位置にあるJ R松山駅前駅から伊予鉄道電車に乗り、図右端の黄星印の位置にある大街道駅で降車し、ロープウエイ街を歩いてロープウェイ乗り場まで行き、そこからロープウェイで城山に上がって、黄↓の松山城へ向かうのである。  …
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その71 旧弘前偕行社などを見学

ここで、今回の小説「津軽」散策コースを紹介する。 コースは、①太宰治まなびの家、②旧弘前偕行社、③富名醸造株式会社、④外国人教師館、⑤福島醸造変電所、⑥福島醸造株式会社、⑦万茶ン、⑧笹の舎、⑨榎小路界隈となる。 この全部を廻ったが、紹介はそのうちの主だったものに留めたい。 既に見た①太宰治まなびの家…
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砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅) その49 銀山街道入り口を覗く

次は銀山街道(温泉津沖泊道)の入り口となっている「松山の道標」である。  道標が雨風によって破損するので、何十年か前にこの屋根をつけたということである。  ここを真っすぐ歩いて行くと石見銀山へ行くのだが、この銀山街道は現在中国自然歩道ともなっている。  案内の立て看板には、銀山の代官所まで11.4km、沖泊まで2.7kmと…
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台湾紀行 その38 故宮博物院で「肉形石」を見学

 三大至宝の一つである肉形石(にくがたいし)も「翠玉白菜」の近くに展示されていた。このように、一見しただけでは、豚の角煮そのものである。 「玉髄(ぎょくずい)」という天然石で出来ていて、色は着色したもの。 清時代の作品で、皮の表面には、毛穴まである。 肉形石の素材は、幾層もの模様が重なった碧玉類の鉱物で、彫刻師はこの天然の特徴を生かしな…
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「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 最上川への旅 その9 斎藤茂吉 NO1 斎藤茂吉と妻輝子…

2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。  2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、20…
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石川啄木と函館 その1 啄木小公園にて

 啄木が妻子を盛岡に、老婆を渋民に残し、妹の光子と津軽海峡を越えたのは、明治40年(1907年)5月4日で、まず函館に居を構えた。 その後札幌、小樽、釧路と北海道を遍歴放浪することになるが、ここでは啄木の函館時代に触れることにする。 平成26年(2014年)に11泊12日の日程で北海道の道南地方を旅したことがあり、その時に啄木の旧跡等を…
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謎の海洋民族オホーツク人とオホーツク文化を訪ねる旅その6 宗谷岬にて(最終回)

 宗谷岬、ここが今回の旅の最終目的地であり、ここで平成23年度9月の「天塩川の旅」は終わりとなり、あとは小樽へ戻ってそこからフェリーに乗って帰るだけである。 早速「日本最北端の地」と記された石碑のある方へ向かった。  その途中には間宮林蔵のりっぱな像が立っている。 少し離れて、日本最北端の地と記された石碑が建てられている。  ついに…
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長州路(2019年の旅) その15 「土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム」に到着

次の目的地は土井ヶ浜遺跡である。 遺跡は弥生時代前期から中期の墓地遺跡で、現在では遺跡のほぼ全域が「土井が浜弥生パーク」として整備され、「土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム」が造られている。  ここまでは福徳稲荷神社から13km程度の距離であるが、ここの案内表示も道路脇にはっきりと無かったので、高台の老人ホーム松濤園まで行…
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飛騨街道をゆく(2014年の旅) その42 どぶろく祭りの雰囲気を体験

合掌造り集落を散策していると、外人観光客の多さにまず驚いたが、観光客は日本人よりも外人が多く、その人種も多様であった。 昼食は集落内の土産物屋兼食堂で、700円の月見そばで済ませた。 午後からは集落内をぶらぶらし、その後庄川を渡って美術館や野外博物館を見学した。 白川郷は集落のすべての場所がカメラの被写対象となる場所で、特に田んぼ…
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近江街道をゆく その33 郷土資料館と歴史民俗資料館を見学

本願寺八幡別院をあとに、八幡商人の街並みを歩きながら郷土資料館に向かった。 この郷土資料館は、かつて安南(ベトナム)貿易で活躍した近江商人・西村太郎右衛門邸跡に昭和49年3月1日に開設された。 建物は明治19年(1886年)に八幡警察署として建設され、1953年にヴォーリズ建築事務所の手により大幅に改築され、現在の形になった…
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四国のみち その10 ターミナルホテル松山

 今日から3日間宿泊するターミナルホテル松山に到着して、部屋の中で駅のコンビニから買ってきた贅沢御膳とみそ汁と缶ビール2本(計1,218円)で夕食とした。  このホテルは、値段も朝食付き6,320円といつも泊まるようなホテルより少しリッチなせいか、各場面で好印象となって、睡眠もしっかりとれた。  朝起きると、窓の外には現存1…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その70 太宰治小説「津軽」散策の旅の始まり

弘前での旅も、いよいよ核心部分に入ってきた。 これから弘前逍遥倶楽部にガイドをお願いしての、赤枠で囲った太宰治小説「津軽」散策の旅となる。 ガイドしていただくのは、弘前逍遥倶楽部の一條敦子さんという素敵なおねえさん、案内していただくのは、小説「津軽」にみる弘前の懐古と浪…
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能登(日本道)への道 その32 みなと橋から住吉神社、鳳至上町通りへ 

朝ドラ「まれ」の街中のロケ地巡りの続きである。 ロケ地巡りは、みなと橋から住吉神社、そして黄で塗られた鳳至上町通りへと続く。  ここはみなと橋で、ここで高校時代の紺谷圭太が津村希に告白した場所である。  次に、希たちが高校時代の思い出としてキリコを出し、夏祭り「輪島大祭」を行った主会場である住吉神社に向かった。 …
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砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅) その48 温泉津の歴史

寺本ガイドの話は続いていく。「最盛期、世界の銀の三分の一は石見の銀だったといわれており、その銀を求めてポルトガル船、オランダ船、スペイン船が日本目指してやって来た。諸外国と日本は交易を開始し、鉄砲が伝わりキリスト教が伝来するなど諸外国の文化が次々に日本にやって来た。今の日本文化の基礎は石見銀山から始まったようなものです。」と、寺本ガイド…
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台湾紀行 その37 故宮博物院で「翠玉白菜」を見学

 九份観光を終えると、僕等のツアーは台北の故宮博物院へ向かった。 北京の故宮は2010年1月の厳冬期に訪問したが、その頃は今ほど大気汚染が深刻化してなくて、故宮(紫禁城)の気温は零下2度位で、冷たくはあったが爽やかだった。台北の故宮博物院は2013年3月26日に訪問、気温は20度を超え、半袖でも過ごせるほどだった。 故宮博物院での写真撮…
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謎の海洋民族オホーツク人とオホーツク文化を訪ねる旅その5 間宮林蔵渡樺の地にて

 宗谷岬先端部の2〜3km手前に「間宮林蔵渡樺出航の地」がある。宗谷岬へ向かう前に立ち寄った。 間宮林蔵は、江戸時代末期の19世紀初頭、日本の北辺に20年以上滞在し、蝦夷・千島列島・樺太において数々の業績を残した探険家。 とりわけ樺太・東韃靼の探査では間宮海峡を発見し、その名を世界地図上に残した。 この案内板には、こう書かれている。…
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新神戸ものがたり その9 「旧パナマ領事館」

 9館特選入場券で見れる異人館のうち「うろこの家」「うろこ美術館」「山手八番館」「北野外国人倶楽部」「旧中国領事館」の5館を見たので、残りは「イングランド館」「仏蘭西館」「ベンの家」「旧パナマ領事館」の4館となる。  黄線の道を歩いて残りの4館のある北野通り(異人館街)に出たが、その前に途中で「ラインの館」を館の入口から見た。 …
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長州路(2019年の旅) その14 福徳稲荷神社の圧倒的な絶景

福徳稲荷神社拝殿から後ろを向くと、そこには絶景すぎる神社として有名になったあの風景が広がっていた。 この圧倒的な絶景の前では、どんな称賛の言葉も浮かんで来ず、ただこの風景に見惚れてしばらくたたずんでいるのみだった。 世界的ピアニストのコルトーが美しさのあまり永住を熱望したという厚島(通称は孤留島)も、ここからはしっかり見…
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