テーマ:ロシア

ネクラーソフ「赤鼻の酷寒(マロース)」 最終回 抜粋

わが百姓女が手に入れた恍惚がよし、どれほど高値につこうとも 何の不足がそこにあろう? かの女はほお笑んでいるわれらはかの女のために悲しむまい。森の贈る 静けさにもまして深く、甘やかなものはない冬空の 寒さの下に身動きもせず戦(おのの)きもせず 立ちつくす時。何処として、ここより他に こんなにも深くのびのびと疲れた胸の息づける処はないされ…
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探険家の歴史 第2部 ボルガ川の旅 その6 河口「アストラハン」にて(この川の最終回)(K)

  市内の小公園「白鳥の湖」  アストラハン(ロシア語:Астрахань アーストラハニ;Astrakhan)は、ロシア南部の都市でアストラハン州の州都。  人口は502,800人(2004年)でカスピ海低地、ヴォルガ川下流域デルタに位置し、カスピ海岸からは約90km離れてる。11の島から市街地は形成されて…
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探険家の歴史 第2部 ボルガ川の旅 その5 「スターリングラード」にて最後のクリスマスの話

  ママエフの丘の母なる祖国の像(スターリングラード大攻防戦の記念碑の一つ。)   ヴォルゴグラードは、ヴォルガ川沿いに開けた海運要衝の街で、ヴォルゴグラード州の州都である。人口はおよそ110万人。  北緯48度42分、東経44度31分に位置する。(日本最北端稚内は北緯45度31分14秒。北緯50度だと、…
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探険家の歴史 第2部 ボルガ川の旅 その4 「ウリヤノフスク」にて(最後に問題あり。)

   ソビエト社会主義共和国連邦の産みの親 レーニンの像 ↑  20世紀の歴史に七十数年もの間強大な影響を与えたソビエト社会主義共和国連邦はロシア史上最大で最強の国家であった。  東はベーリング海、西はバルト海、北は北極海、南は黒海・カスピ海に臨み、その領域に住む15共和国の人民を共産主義という思想で束ね…
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更に続いてロシア人とウォッカの話を少々 ロシアの小話その3

 更に続いてロシア人とウォッカの話を  少々 ロシアの小話その3 その1  工場長が不倫中の秘書に向かって言った。 「ねえ君、そろそろドアを閉めたほうがいいんじゃあないか。」 「だめです、工場長。ウォッカを飲んでいるっておもわれちゃいますから」と秘書は答えた。 その2  無人島にアメリカ人、フランス人、ロシア人…
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トルストイの短編詩から 「忘れずやマリヤの君」

忘れずやマリヤの君よ 古びたる一つの家を まどろめる池の上なる いく世へし菩提樹の木を しじまなる並木の道を ものさびて古りにし苑(その)を いと高き廊なる壁に 姿絵のかけつらねしを? 忘れずやマリヤの君よ たそがれのみ空の色を 目路の果てひろごる野もを 遥かなる村寺の鐘を? 苑のそとせせ…
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探険家の歴史 第2部 ボルガ川の旅 その3 「カザン」にて

 いつものように最後に問題があります、答えてね・・  カザンはタタルスタン共和国の首都。人口の半分はタタール人であり、彼等はムスリム(イスラム教徒)でもある。   カザン中心部の白いクレムリン  ↑  ここはアジア人種の飛び地であるせいか、ロシアでも珍しいイスラム的な街並みが特徴、 また人々も欧…
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青銅の騎手──ペテルブルグの物語── プーシキン

 序  言  この物語に書かれた事件は事実によっている。洪水の詳細は当時の記録からとられたものである。好事家はヴェ・エヌ・ベルフの編纂になる記事によってただすことができる。   序  詩 荒寥とした水の岸辺に、 彼はたっていた、偉大な思いにみちて、 そして遠くを眺めていた。彼の前には広々と 川…
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続いてロシア人とウォッカの話を少々 ロシアの小話その2

ロシアの小話その2 その1  世の中にブスはいない。ウォッカが足りないだけだ。   その2  このウォッカは南京虫の臭いがするという人をペシミストという。  この南京虫はウォッカの臭いがするという人をオプティミストという。 その3   「父ちゃん、酔っ払うってどういうことなの」…
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探険家の歴史 第2部 ボルガ川の旅 その1 「ボルガ源流地」から

 ボルガ川上流部地図、大きくして見てね。 ↑(いつものように最後に問題あり、答えてね。)  ボルガ川は、モスクワとサンクトペテルブルク(旧レニングラード)の中間に位置するロシア西部のバルタイ丘陵に、その源を発する。  源流の村は、ボルゴベルホーベ村、白樺の林やトウヒらしい松の巨木、モミの木やドロの…
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ロシア人とウォッカの話を少々

飲食という観点でロシア人の第1印象を一言で言えば、「ウォッカとキャビアとボルシチ」となる。   ウォッカ「アルタイ山」;シベリアの酒、ピリピリとした辛口  そのウォッカはロシア人の魂とも言える酒で、これ無くしてはロシア人はロシア人でありえないというくらいのものらしい。  そのウォッカとロシアにまつわる小話を…
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ロシア人が遠く旅行したくなるプーシキン

 あるロシア文学者がプーシキンについてこう語っている。 「プーシキンを読めば、ロシア人は遠く旅行をし、多くの本を読んだような気分になれる。」 ロシアではすべての人がプーシキンを知っている。 プーシキンの名前を聞くとロシア人の心は喜びと軽やかさと感謝でいっぱいになるという。プーシキンと同時代の作家ゴーゴリは「プーシキンは並外れた人で、ロシ…
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探険家の歴史 第2部 ボルガ川の旅 序章

 ロシア8連邦管区区分図、緑と黄色の一部がボルガ河の河川流域です。 ↑(いつものように最後に問題あり、答えてね。)  ロシアは最近まで、ソビエト社会主義連邦共和国として、ミシシッピのアメリカ合衆国と東西に別れて冷戦世界を築いてきた。   初代ソ連最高指導者「レーニン」、レーニンは「レナ川の人」…
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ロシア人とウォッカの話を少々

飲食という観点でロシア人の第1印象を一言で言えば、「ウォッカとキャビアとボルシチ」となる。   ウォッカ「アルタイ山」;シベリアの酒、ピリピリとした辛口  そのウォッカはロシア人の魂とも言える酒で、これ無くしてはロシア人はロシア人でありえないというくらいのものらしい。 そのウォッカとロシアにまつわる小話を少々。 その1 シベリアで…
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ロシア人とウォッカの話を少々

飲食という観点でロシア人の第1印象を一言で言えば、「ウォッカとキャビアとボルシチ」となる。   ウォッカ「アルタイ山」;シベリアの酒、ピリピリとした辛口  そのウォッカはロシア人の魂とも言える酒で、これ無くしてはロシア人はロシア人でありえないというくらいのものらしい。 そのウォッカとロシアにまつわる小話を少々。 その1 シベリアで…
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ロシア人とウォッカの話を少々

 飲食という観点でロシア人の第1印象を一言で言えば、「ウォッカとキャビアとボルシチ」となる。  ウォッカ「アルタイ山」;シベリアの酒、ピリピリとした辛口「ピョートル大帝」;甘すぎず辛すぎず飲みやすいウォッカ。  そのウォッカはロシア人の魂とも言える酒で、これ無くしてはロシア人はロシア人でありえないというくらいのものらしい。 …
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ボルシチ(ウクライナ料理からロシア料理に)(k)

ボルシチとは ボルシチ(ウクライナ語で[ボールシュチュ]; 意訳:「紅汁」)は、テーブルビートをもとにしたウクライナの伝統的な料理で、鮮やかな深紅色をした煮込みスープである。近世以後、ベラルーシ、ポーランド、モルドバ、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、ロシアなどの東欧諸国に普及した。現在、東欧文化圏のほかに、中央ヨーロッパ、ギリシ…
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ネクラーソフ「赤鼻の酷寒(マロース)」 最終回 抜粋

わが百姓女が手に入れた恍惚がよし、どれほど高値につこうとも 何の不足がそこにあろう? かの女はほお笑んでいるわれらはかの女のために悲しむまい。森の贈る 静けさにもまして深く、甘やかなものはない冬空の 寒さの下に身動きもせず戦(おのの)きもせず 立ちつくす時。何処として、ここより他に こんなにも深くのびのびと疲れた胸の息づける処はないされ…
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ネクラーソフ「赤鼻の酷寒(マロース)」抜粋 その4 

《みるがいい、若い女よ、もっと大胆に 酷寒(マロース)の主がどんなものだか! このわしのように 若者よりも一層力強く、美しい者を おまえは一度でも見ることがあったか? 吹雪も 雪も、また霧も いつも酷寒にはへりくだっている 八重の潮路の大海に行き── そこに氷の宮殿(みや)をたてよう。 わしはおもいきめたのだ──大河…
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探検家の歴史 第4部 その9  一畳敷の松浦武四郎

 探検家列伝第四部は18世紀後半から19世紀前半にかけて活躍した日本の探検家達を取り上げたが、その最後として蝦夷地を探査し北海道という名を考案した松浦武四郎を取り上げる。  武四郎は19世紀初頭の1818年に誕生し、ほぼ19世紀を生き1888に没した、幕末から明治にかけての探検家である。  彼は伊勢国一志郡須川村(現…
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ロシアのアネクドート傑作集から その10 ロシア(ソ連)の話

その1 アメリカに追いつくのはいいが、追い越すのはマズいのかもしれない。 なぜ? 追い越すと、ズボンが破れているのを見られるかもしれないからだ。 その2 レーニンはロシアという荒地に木を植えて森にした。 スターリンは森からはみだした木を刈って林にした。 フルシチョフは林にしたスターリンに文句を言った。 …
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探検家列伝第4部 その8 伊能忠敬その3(「大日本沿海輿地全図」まで)

 第六次測量(1808年~四国)のため、1月25日に江戸を出発。  前回は約2年にわたる測量で風紀に問題が起きた為、忠敬は第六次測量を四国だけにとどめ、淡路島を経由して3月21日に鳴門から徳島に入り、南下して4月21日に室戸岬到着、29日に高知に入った。  続いて海岸線に沿って北上し、8月11日に愛媛・松山到着、瀬戸…
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ロシアのアネクドート傑作集から その9 ロシア(ソ連)の話

その1 Q.森の中で大きなクマに出会ったら、ロシア人はどうするか? A.うしろに並びます。 その2 「あなたの父は?」 「共産党です」 「あなたの母は?」 「祖国ソヴィエトです」 「では、あなたのなりたいものは?」 「孤児です」 その3 …
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探検家の歴史 第4部 その7 伊能忠敬その2(第5次測量まで)

 ここで第1次測量から第10次測量までを一覧表で見てみる。  最初は忠敬一家(息子、弟子、下男、人足)程度の規模の測量で測量費用も自腹だったが、第三次測量(1802年~東北日本海側)からは測量地の藩の協力が得られ、手当も支給されて収支トントンに近づいた。  第五次測量(1805年-1806年~近畿・中国地方)からは幕府直…
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ロシアのアネクドート傑作集から その6 男と女の話

その1 妻が夫から逃げて家出しました。 しばらくして帰ってきました。 だんな曰く、 「家出したことは許そう、だが、戻って来たことは断じて許せん!」 その2 「ねえ、ダーリン、なんであなたみたいな頭の良い、ハンサムが私なんかと結婚したの?」 「そう、君も不思議に思うのかい...。」 …
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探検家の歴史 第4部 その6 伊能忠敬( 日本史上はじめて国土の正確な姿を明らかにした人)

 伊能忠敬は足かけ17年をかけて全国を測量し、日本史上はじめて国土の正確な姿を明らかにした人である。(下図は伊能地図であるが、今とほぼ同じ、伊能のすごさは、こういうことである。)  忠敬の測量の旅は第1次から第10次測量までの10回で、探検と言えるようなものは第1次測量を行なった1800年の蝦夷地太平洋岸の…
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ロシアのアネクドート傑作集から その5 アラカルト 

ロシアのアネクドート傑作集から その5 アラカルト  その1 中国人がモスクワから戻りました。 「それで、モスクワはどうだった?」 「いやぁ~、ホントにいい所だよ。 人は少ないし、地下鉄も半分(中国の)しか乗ってこないよ・・・」 その2 「車はまだか? 飛行機に遅れるじゃないか!」 タクシ…
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探検家の歴史 第4部 その5 近藤重蔵(探検家として人間として、尋常でないレベルに達した人)

 近藤重蔵(1771年〜1829年7月16日))は、江戸時代後期の幕臣で探検家である。間宮林蔵、平山行蔵と共に文政の三蔵と呼ばれている。  1771年に身分の低い貧しい武士である御先手組与力・近藤右膳守知の三男として江戸駒込に生まれ、山本北山に儒学を師事した。  幼少の頃から神童と言われ、8歳で四書五経を諳んじ1…
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ロシア人が遠くに旅行したくなる「プーシキン」

 あるロシア文学者がプーシキンについてこう語っている。  「プーシキンを読めば、ロシア人は遠く旅行をし、多くの本を読んだような気分になれる。」  ロシアではすべての人がプーシキンを知っている。  プーシキンの名前を聞くとロシア人の心は喜びと軽やかさと感謝でいっぱいになるという。  プーシキンと同時代の作家ゴーゴリは「プー…
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ロシアのアネクドート傑作集から その4 レストランでの話

その1 「ウェイター、こんなまずいもの食えるか!コックを呼べ!」 「無駄ですよ、彼も食べません。」 その2 「ウェイター、スープがすっかり冷たいんだけど?」 「それはそうです、“シベリア風”ですから。」 その3 「ウェイター、わしのステーキはどこだね?」 「レモンの下です。」
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