甲州街道と佐久平みち その7-2 明野の ひまわり畑

 その明野のひまわり畑に突入した。  ひまわり畑は家族連れや、絶景を撮影に来たカメラマンで賑わっていた。  これからこのひまわり畑を歩いていくが、雲が出ていてひまわり畑の背景となる南アルプスの山並みが霞んで見えるのが残念というとこである。  すぐ横で家族連れが横一列になって、お父さんから記念の1枚を撮影してもらっていた…
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台湾紀行 その37 故宮博物院で「翠玉白菜」を見学

 九份観光を終えると、僕等のツアーは台北の故宮博物院へ向かった。 北京の故宮は2010年1月の厳冬期に訪問したが、その頃は今ほど大気汚染が深刻化してなくて、故宮(紫禁城)の気温は零下2度位で、冷たくはあったが爽やかだった。台北の故宮博物院は2013年3月26日に訪問、気温は20度を超え、半袖でも過ごせるほどだった。  故宮博物院での写真…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第3回 中国

 中国は古代から日本にとって一番馴染みのある国で、その歴史、その文化、その生活習慣そのいずれもが、日本に伝来し、日本人の血肉となっています。  先史時代、殷(商)、周の時代から孔子・孟子の春秋戦国時代を経て皇帝支配の時代となり、秦(始皇帝から支配者は皇帝となる)、前漢、後漢、六朝、北魏、隋(大運河の煬帝が有名)、唐(楊貴妃…
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能登(日本道)への道 その29  民宿「海岸通り」に宿泊 

 時国家から、今日と明日の宿泊地となる朝ドラ「まれ」の主要な舞台でもある憧れの輪島の街に戻った。 ヨットのメモリアルの後ろに見えている建物は、一度は宿泊を考えた「ホテルルートイン輪島」で、宿泊料金が高かったので、「海岸通り」という民宿に泊まった。 ここは素泊まり3700円で泊まることができ、部屋も8畳間の広い和室で、しかも建てられたばか…
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奈良散歩 プロローグ

2019年(令和元年)11月4日(月)から11月10日(日)まで、6泊7日の日程で奈良を旅した。 今回の旅は、会津八一が第2次世界大戦中に早稲田大学文学部芸術学専攻の学生二十余名と奈良・京都を旅した「奈良・京都研究旅行」の日程と、司馬遼太郎の「街道をゆく 奈良散歩」の日程を併せて作りだした旅である。  上掲が十日間程…
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探険家の歴史 第2部 長江の旅 その9 チベット(そして源流へ・・...)

  チベット族の居住区域、中国の4分の1の区域に住む。 ↑   最後に問題あり、今回も回答よろしくです。  東シナ海に注ぐ長江の河口からさかのぼり、青蔵高原の西の端に位置するタングラ山脈の大氷河の末端を源流とする6380kmもの河川延長を誇る長江の旅も今回で終了。  今回の旅は最終ゴール地点への到達を目的と…
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東京散歩 その1 不忍池

 去年の済州島の旅は天候にも恵まれ楽しい旅となったが、その後歩いた東京散歩の旅もなかなか楽しい旅だった。   田舎都市の新潟に住んでいるので、徳川の江戸時代に形成されてから既に400年の歴史を持ち、世界に誇れる日本の首都となった東京の街を歩くのは、大いなる楽しみとなった。  これから記するのは、2014年の4月17日に歩いた上野・本…
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甲州街道と佐久平みち その7 明野までの旅

 甲府城を下ってから、昨夜歩いた甲州夢小路を歩いてみた。  ライトアップされた昨夜の通りとは感じが全く違っていたが、気持ちよくこの通りを歩けた。  ここは昨夜白州を飲んだ明治館の建物で、この建物の二階に「U-ME」というバーが入って営業していた。  午前7時半前には宿泊先のホテル…
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(動画)台湾紀行その9 「千と千尋の九份の街」を観光

(動画)台湾紀行 その9 「千と千尋の九份の街」を観光       この旅は、「びっくり台湾ぐるり周遊5日間」と銘打ち、その旅の間に、台中、日月潭、鹿港、高雄、台東、花蓮、太魯閣、九フン、台北などを見て回る旅。 今回は「千と千尋の九份の街」を観光 である。 動画をクリ…
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台湾紀行 その36  九份(千と千尋の街)を歩く

 この「悲情城市」という名の喫茶店の前が40分後の集合場所となり、ここから王ガイドとはお別れとなり、各自勝手に九份の街を散策となった。  自由散策になるとは知らなかったので、九份の街をかなり詳しく紹介しているまっぷるの「台湾」というガイドブックを、残念ながらバスの中に置いて来てしまった。  従ってここからは、人の動く方向に沿って適当に見…
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能登(日本道)への道 その28 「時国家」と「上時国家」を見学  

 「塩の駅」から5~6分走って、「時国家」に到着した。 この江戸時代には加賀藩に属していた「時国家」と、そのあと訪問する幕府と関りがあった土方家に属していた「上時国家」(後に天領となる)は、平家の最高重鎮で平清盛の義弟であった平大納言時忠の末裔の家である。 「時国家」の建物は江戸中期もしくは末期のものといわれ、古い鎌倉時代の書院造り様式…
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因幡と伯耆の旅 その29 「鳥取県(因幡国・伯耆国)の旅」のラストシーン  

「むきばんだの聖域コース」に向かって電動自転車をゆっくり走らせた。なにぶん電動自転車なので、乗り慣れるのに数分時間がかかった。ここは、洞の原地区の復元された竪穴住居である。 ここは、竪穴と柱の跡だけが復元されている。歩く方向を変えて、これから「むきばんだ遺跡聖域」の中枢に入っていく。 本格的な弥生時代の土屋根住居が復元されているので、そ…
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探険家の歴史 第2部 長江の旅 その8 香格里拉(シャングリラ)にて 

   ナシ族の分布図  麗江、雲南省の西北部。  正式には麗江ナシ族自治県という。標高5596メートルの玉龍雪山の麓に開けた街である。   向こうに見えるのは、玉龍雪山 ↑  青海省に源を発した長江は地勢に従い北から南へ流れてくる。  それが、石鼓で一転北へ向きを変え、玉龍雪山を過ぎると、玉龍雪…
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平安時代日記その7 平安の妖怪、かぐや姫の謎

音出ます 。クリック↓http://youtu.be/8CQkx2aHbf0画像を小さくして読んでください。(音を聞きながらだと倍楽しめます!!)  平安時代の初期、古くからの伝承をまとめて、一つの美しい物語が完成した。   その、かぐや姫を主人公とする美しい物語の名前は、竹取ものがたりという。   大和王朝がその覇…
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甲州街道と佐久平みち その6 甲府城(別名舞鶴城)にいく 

白州のせいか、この夜は睡眠時間がことのほか快適で、朝までぐっすりだった。午前6時前に、甲府駅近くにある甲府城(別名舞鶴城)に出かけた。  甲府城は甲府市中心街の一条小山に築城された中世から近世にかけての平山城で、武田氏滅亡後に甲斐を領した徳川氏や豊臣系大名が甲府城を築城して新たに…
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台湾紀行 その35 九份(ゴールドラッシュの街)を歩く

 九份は東洋随一の金鉱があった金瓜石に近く、かってゴールドラッシュに沸いた街。  清朝時代の1890年(明治23年)、基隆川に架ける鉄道橋工事の最中、作業員によって渓流から砂金が発見された。 1893年には九份にて金鉱を発見、一躍ゴールドラッシュの様相を呈し、翌1894年には金瓜石でも金鉱が発見された。 金瓜石鉱山は日本統治時代に東洋一…
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ネットで拾った、素直に笑える話

先生 「教科書読め」 生徒 「はい。『最近家の姉が色づいてきました…』」 先生 「!? …その字は姉じゃない柿だ」 ・・・・・ 出勤したら、ロッカーに袋がさげてあって、メモがついていた。 里帰りしていた後輩からで、 「実家の姉です。食べて下さい」 と書いてあった。開けたら柿が入っていた。
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2020年9月6日 大石川・女川釣行 NO3 第二ラウンド

朝食が終わって第2ラウンドの開始である。   第2ラウンドはこの女川に架かる小和田橋の上流地域を釣っていく。   川に入ると思ったより水量があり、足元を何匹かの渓魚が素早く泳いでいく。ここは昔尺岩魚を釣ったり良型の山女を10~15匹も釣ったことがあるいい釣り場だったが、最近はほと…
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能登(日本道)への道 その27 揚げ浜式塩田 

 揚げ浜式塩田は、白米千枚田から車で7~8分程の、黄矢印地点の三ツ子浜海岸にあった。  この塩田が始まるあたりから、国道249号線は塩街道や塩の道と呼ばれて、街道沿いには揚げ浜式の塩田が何か所か点在している。  ここの塩田は、塩の道の始まる起点として「塩の駅」と名付けられている。  さっそく体験塩田を覗いてみた。 …
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因幡と伯耆の旅 その28 「妻木晩田遺跡」に到着 

展示室3は古代寺院の金堂内部を原寸大復元した国内唯一の展示室である。 ここに入ると丹色に塗られた柱や天井、安置された三尊像、極彩色の壁画が造る古代の仏教世界が、一千年以上の時空を経てみごとに甦っていた。 三尊像は具体的には、丈六級の如来坐像1体(台座を含み、高さ3.8m)と脇侍の菩薩像2体(台座を含み、高さ3.4…
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2020年9月6日 大石川・女川釣行 NO2 第一ラウンド

    まだ日陰になっている釣り場に勢い込んで降りて行き、朝飯前の第一ラウンドの開始である。  水量は適量に見えるが、釣り場が日陰になって見にくい状態であるが、それでもかまわず棹を振って餌を流れに乗せて流していく。  さっそく1匹かかってくれたが、2匹目もすぐ来た。  もう少し下流に下がって、ここで…
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探険家の歴史 第2部 長江の旅 その7 大理にて

    大理風景、問題が最後にあります。楽しみにネ?↑  雲南省の代表的な都市である大理は、昆明の西、麗江の南に位置する白族(ぺーぞく)の都市である。    大理を代表する風景(洱海(アルカイ)と聖寺三塔) ↑  都市の人口は50万ほど、その3分の2は白族(ぺーぞく)で占める。この都市には白族の歴史…
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平安時代日記 その6 千年美女、小野小町の正体は?

音出ます 。クリック↓ http://youtu.be/ApFbEJutGxM  画像を小さくして読んでください。(音を聞きながらだと倍楽しめます!!)  小野小町は通称で、「小野氏出身の天皇の側室さん」という程度の意味である。  小町は謎の人物で、正確なところは小野氏の出身で仁明・文徳天皇時代の…
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2020年9月6日 大石川・女川釣行 NO1 山口県(長州)のこと

世の中はコロナ禍の中、日本歴代首相の連続在任期間で既に桂太郎を抜き最長に出た安倍総理が、総理の辞意を表明したのは8月28日(金)のことだった。   歴代首相在任期間トップ10を見ると、ベスト4までが山口県(旧長州)出身の方々である。日本のトップで指揮を執る方々は間違いなく優れた方…
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甲州街道と佐久平みち その5 「甲州夢小路」で白州を飲む

明日はレンタカーで甲府から松本まで行く予定だったが、天気予報では山梨県や長野県は午後から雷雨の予報が出ていたので心配になって、急きょ松本まで電車で行くことにした。 変更したせいで、レンタカー料金がすごく安くなった。 夕食はホテルの自室で、コンビニで買ったおにぎり2個と納豆の細巻き寿司とキュウリ等のスティック野菜と缶ビール(合計1…
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台湾紀行 その34  台湾高速鉄道に乗る

太魯閣渓谷の見学を終えると花蓮市内に戻って大理石工場の見学を1時間程したが、たいしたこともなかったので省略する。  大理石工場の見学を終えると、僕等のツアーは青線区間を台湾高速鉄道に乗った。行く先は1年のうちの280日が雨という、千と千尋の神隠しのモデルとなった九份(チュウフン)の街である。  この花蓮駅から高速鉄道に乗り込んだ…
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能登(日本道)への道 その26  白米千枚田にて

 白米の千枚田は能登半島随一の人気スポットで、輪島市の中心部から国道249号線を約15分ほど走って、黄矢印の千枚田に到着した。なぜ白米千枚田と呼ばれているのかだが、通説は数が多いということでこう呼ばれているということで、「狭い田」からの転という説もある。最も小さい田の面積は、0.2平方メートル程度という。2006年5月に、当時の小泉純一…
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因幡と伯耆の旅 その27 上淀廃寺跡から白鳳の丘展示館へ

続いて塔のあった跡を見ていく。金堂跡の東側に南北に南塔、中塔、北塔の3基の塔跡があるが、北塔については塔の心柱を支える心礎は検出されたが基壇は未確認で、計画のみで建立に至らなかった可能性もある。計画のみとしても3塔を配置する伽藍配置の例は他になく、2塔でもこれらを南北に配置する古代寺院は他にない。基壇の規模だが、金堂が東西14.2メート…
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探険家の歴史 第2部 長江の旅 その6 昆明にて

 長江の旅は、四川省から雲南省に入った。  長江という名も、四川盆地を流れる岷江との合流点である宜(ぎ)賓(ひん)からは、金沙(きんさ)江(こう)と名前を変える。  雲南はアジア大陸の古人類発祥の地といわれ、400万年前には猿人類「東方人」、187万年前には直立人「元謀人」が生息していたと言われている。 …
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平安時代日記 その5 平安時代最強の怨霊登場

 学問の神、菅原道真は同時に、平安時代最強の怨霊である。  そして、陰陽師の最強のライバルでもある。 音出ます 。クリック↓ http://youtu.be/jD4gCH9Azms  画像を小さくして読んでください。(音を聞きながらだと倍楽しめます!!)  菅原道真の履歴書は今風に直せば、こんな感…
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甲州街道と佐久平みち その4 積翠寺から甲斐善光寺へ

 武田神社から、次に積翠寺に向かった。  積翠寺までは距離にした約3km、時間にして5分ほどの距離であるが、積翠寺が標高約530mの位置に立地するため、実際には10分以上車に乗っていた。  真っすぐ目の前の石州瓦のような色合いの屋根の建物が積翠寺である。  この寺の開祖は行基とされていて、「甲斐国志…
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