「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その41 ペリー記念館見学 

 久里浜駅からバスに乗る予定にしていたが、丁度いいバスがなく、久里浜のペリー記念館まで歩くことにした。

 駅前の八百屋のりんごが美味しそうだったので一つ買って、食べながら久里浜のメインストリートを歩き、30分程かけてペリー記念館のあるペリー公園に到着した。

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 ペリー提督は1853年7月14日、米国フィルモア大統領の日本開国を求める親書をもって、この久里浜海岸に上陸した。

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 ペリー公園内に入ると、正面にペリー上陸記念碑が見え、その右手にペリー記念館が建っている。

 その、ペリー上陸記念碑まで歩いて行った。

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 近くで見ると、実に堂々としたりっぱな記念碑である。

 ペリー上陸と同じ日の1901年7月14日に米友協会が建立し、表の碑文の字は初代内閣総理大臣伊藤博文が直接書いた。

 記念碑の下にはそれらの経緯が簡略に記されていた。

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 記念碑の裏側に回ってみると、英語表示でいろいろ書かれていたが、上陸の年月が嘉永6年6月9日と書かれていて、江戸時代が旧暦だったのを改めて思い出し、ペリー上陸の幕末という時期がもたらしたものの大きさを、こんな些細な部分でも感じた。

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 ペリー記念館に入ってみた。

 ペリー記念館は1987年に横須賀市の市制80周年を記念して建てられ、1Fは黒船来航を再現したジオラマ模型の展示ホール、2Fは資料展示室となっている。

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 記念館内に展示されていたこんな画を見ると、得体の知れない強敵におっかなびっくり対応していた江戸幕府のうろつき方が目に浮かぶようである。

 尊皇攘夷から尊皇開国へと一気に方向転換せざるを得なかった幕府の指導者達の右往左往ブリは、激動の幕末史の中にすべて記載されている。

 そのペリーのアメリカと第2次世界大戦では国の運命をかけて戦い、原爆を二発喰らって敗戦国となってから70年後の現在は、アメリカは日本の最も仲の良い国となっているのであるから、歴史というものは面白い。

 ペリー記念館を見終えて外に出たが、そこから久里浜駅まで30分歩く元気が無かったので、1時間に1本程度の頻度でやってくるバスを30分程待って久里浜駅に戻り、再び京急久里浜線に乗って、横須賀中央駅に降りた。

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 前の日に食べた横須賀中央駅より徒歩5分の「鳥ぎん米が浜通店」で、この日は840円の生姜焼き定食を食べた。

 ようやく元気になったが、時間は午後1時を20分程過ぎていた。

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