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zoom RSS 近江街道をゆく その5  元三大師のこと

<<   作成日時 : 2019/04/19 06:37   >>

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 慈覚大師円仁を終え、今度は比叡山延暦寺の中興の祖として横川に20年居られたという、第18代天台座主良源への道を歩いていく。

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 良源(912年- 985年)は平安時代の天台宗の僧で、一般には命日が正月の3日であることから元三大師の名で知られており、角大師や豆大師という別称もあり、中世以降は民間の中で厄除け大師として独特の信仰を集め今日に至っている。

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 道の左端に元三大師の説明が書かれていたので掲載しておく。

 元三大師については「司馬遼太郎の街道をゆく 叡山の諸道」の中で一つの章として10pに渡って書かれてあるのを事前に読んでいたので、どういう人間かということは知っていた。

 元三大師の頃に奈良仏教と比叡山で2回くらい論争があったということで、その2回とも元三大師の叡山が勝ったということである。

 論争のテーマは簡単に言えば、「人間の中でどういう者が仏になれ、どういう者が仏になれないか」ということが議論の中心である。

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 奈良仏教の方はカースト的(差別的)な考え方があって、生物の存在を上等、下等というふうに捉えていて、「上等な者は仏になれ、下等なものは仏になれない。」と主張する。

 一方叡山の元三大師の側は、「いや、そうではないのだ。修行した人や何もしなかった人の差などなく、すべての人々が仏になれる。人間だけでなく、犬畜生やそのあたりの草木まで、生きとし生けるものはすべて仏になれるのだ。命を持たない石ころのようなものさえ仏になれるのだ。」と主張する。

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 元三大師は奈良仏教との論争をこの論法で貫き、二回とも勝利に導いたという。

 これ以降日本の仏教界においては、生きとし生けるものはすべて平等であり、それ以外の草木に至るまで平等の命を持っているという考え方が世の中全般に認められて、現在の考え方に改まったのだという。

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 元三大師の果たした功績はまことに偉大で、その功績により後生の今になっても大変尊敬される存在となっていて、普通お大師様といえば元三大師一人を指すほど傑出した御利益のあるりっぱなお坊さんであると世間一般に評価されている。

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 元三大師の道を歩いているうちに、どうやら彼が住んでいた住居跡に建っている元三大師堂(四季講堂)に到着した。



 おみくじ発祥の地碑や角大師碑を眺めたあとで、元三大師堂の中に入った。

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 ここでは村上天皇の勅命により、四季に法華経が講義されていたという。

 

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