近江街道をゆく その8 根本中堂を中心に東塔を歩く

 戒壇院の次に、これから比叡山延暦寺の総本堂である根本中堂(東塔区域の中心的建築物であり、比叡山延暦寺の中心であることからこう言われている)に行く。

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 中堂という呼称の詳細な由来は、最澄創建の三堂(薬師堂・文殊堂・経蔵)の中心に位置することから、薬師堂を中堂と呼ぶようになり、最終的にこの三堂は一つの伽藍にまとめられて、中堂という名前が残ったとされている。

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 この幅の広い階段を降りると、左手が根本中堂である。

 総欅造で、桁行37.57m、梁間23.63m、軒高約9.78m、棟高24.46mとなっていて、屋根は一重の入母屋造である。

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 南側に中庭が配置される寝殿造となっており、その中庭に日本中の神々を勧請する竹台がある。

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 堂内は外陣・中陣・内陣に分かれ、本尊を安置している内陣は中陣や外陣より3mも低い石敷きの土間となっており、内陣は僧侶が読経・修法する場所であることから別名「修業の谷間」といわれる。

 しかし、楽しみにしていた根本中堂は現在補修工事に入っていて、本来の美しさは見ることが出来なかった。

 堂内にも入れなかったが、中陣の天井は「百花の図」といわれ、二百に及ぶ草花が極彩色で描かれているという。

 柱は76本あり、諸国の大名が寄進したことから「大名柱」と呼ばれるとのこと。

 また中陣中央の玉座の上には昭和天皇宸筆の「伝教」と書かれた額が掲げてあるという。

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 文殊楼へ向かう途中の階段から後ろを振り返ると、杉の樹間から根本中堂の存在感のある姿が悠然と浮かび上がっていた。

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 そして、文殊楼である。

 文殊楼は他の寺院における山門に当たる建物で、2階建てとなっていて、2階部分に文殊菩薩を安置している。

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 ひととおり東塔を見て回り、根本中堂前の広場の前の売店で、まんじゅうを食べお茶を飲んだ。

 東塔内ではちょうど、天台開宗千二百年記念の式典が行われていて、沢山の叡山の僧侶が式典に参加していた。

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 この式典を見つつ最後に、大講堂で行われる「法華大会」の話をしていく。

 法華大会は4年に1度の天台宗随一の古儀に則った最も重要な儀式で、高僧が法華経について問答往復する「法華十講」((無量義経一巻・妙法蓮華経八巻・観普賢経一巻の法華三部経あわせて十巻について論議を行う)と、天台宗の僧侶としての最終試験である「広学竪義(こうがくりゅうぎ)」の行事で構成される。

 一人前の僧侶となるための最終試験「広学竪義」では、連日深夜から未明まで、問答が行われるという。

 その儀式の内容は1000年以上非公開とされているそうで、ここでは「司馬遼太郎の街道をゆく 叡山の諸道」を引用し、ほんのワンシーンを紹介する。

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 御簾で仕切られた荘厳な雰囲気の暗い別世界の中で、僧侶達が法華経についての理解の深さと知識を問答形式で試される。

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 燈明と蝋燭がかろうじての明かりなので、御簾越しに見るとすべてが鬱金色の世界である。

 密教の世界にも似た妖しい世界が、ここに出現するのである。

天台宗随一の古儀に則った最も重要な儀式を見たかったのだが、それは別の機会に譲って、この鬱金色の世界を最後として、ここで叡山を降りることとする。

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