大阪散歩 その47  金剛峯寺を見て高野山を去る

 最後に見学したのは高野山一山の総本山である金剛峯寺で、高野山全体が金剛峯寺の境内とされていて、この寺の住職は座主と呼ばれて高野山真言宗の管長を務めている。  ここから金剛峯寺に入っていく。  しばらく歩くとこの正門であるが、この正門は金剛峯寺の建物の中で最も古い歴史を持った門で、昔は天皇や皇族や高野山の住職だけしか通る…
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ネクラーソフ「赤鼻の酷寒(マロース)」から

>「赤鼻の酷寒(マロース)」 (ほんの一部抜粋) 群(むら)松の梢に風が吹き荒れるのではなく 丘から小川が流れ下るのではなくて 冬将軍が巡視のために わが領内を歩きまわるのだった。 眺め渡す──吹雪はうまく吹雪いているか 森の小道はかき消されたか どこかに、ひびわれや裂け目はないか どこかに、…
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近江街道をゆく その45 三井寺を散策

 金堂は三井寺の本尊の弥勒菩薩を安置する堂で、現在の建物は豊臣秀吉の正室北政所が、1599年に再建したもの。  内部は外陣・中陣・後陣に別れ、天武天皇から賜ったものと伝えられている本尊の弥勒菩薩は絶対秘仏である。  次に見たのは、近江八景の一つとして有名な三井の晩鐘である。  この鐘は音色の良いことから、形の平等院、銘…
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大阪散歩 その46  空海の御廟に到達 

 奥の院は霊廟であるが、霊廟の本来持っている暗さが全くなく、清潔で透き通るような風に洗われているような気分にさせる場所である。  ここは結城秀康の墓所である。  秀康は徳川家康の次男で、越前松平家宗家初代である。  そのほぼ向かい側の、横道を入ったところに浅野内匠頭墓所があった。  いずれも江戸時代を生きた人たちの墓…
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近江街道をゆく その44  三井寺まで 

 「近江街道の旅」の目的は、鬼室集斯の墓にたどり着くことで、既に十分完了している。  今日11月8日(火)の旅は、琵琶湖1周の旅の完走くらいだろう。  ヤマト王権の直接の主要な血となった継体天皇の祖先やその妃となった人々の地もしっかり訪ねたし、日本人の血液のなかの有力な部分が朝鮮半島を南下して大量に滴り落ちてきた痕跡の一部にた…
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大阪散歩 その45 高野山奥の院に入る

 これから高野山奥の院に入る。  奥の院は高野山の信仰の中心であり、弘法大師空海が永遠に生き続けている壇上伽藍と並ぶ最高の聖地である。  一の橋から御廟まで約2キロメートルの道のりには、樹齢千年に及ぶ杉木立の中に、諸大名を初めとして著名人の方々の墓や無名の方々の墓までありとあらゆる方々の墓が、祈念碑や慰霊碑まで含めると20万基を…
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近江街道をゆく その43 鬼室神社と鬼室集斯の墓を拝観

 鬼室神社は古くは不動堂と言い、明治以降は小野村の西宮神社として崇敬されてきた社で、小野の宮座(地域の鎮守もしくは氏神である神社の祭祀に携わる村落内の特権的な組織及びそれを構成する資格者の集団)により護持されてきた。  鬼室神社では今でも毎年11月8日に、村の人々によって神社の祭礼が行われており、近年は韓国から訪れる人も…
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大阪散歩 その44  高野聖

 それではこれから、高野山の「精神」の中心である「奥の院」まで歩くことにする。  ところで、司馬さんの「高野山みち」には、壇上伽藍も奥の院も登場しない。  ここで司馬さんの興味の対象となったのは、高野聖と言われた人たちが住んだ「真別処」という場所と、異端と言われた日本密教の真言宗の一法流である「立川流」である。  「空海の風…
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近江街道をゆく その42  鬼室神社(鬼室集斯の墓)に到着

 結局1時間半も迷いに迷って、ようやく滋賀県蒲生郡日野町小野にある鬼室神社(鬼室集斯の墓)に到着した。  ここに来るのにこれだけ苦労したので、目的地到着の喜びが何倍にも増した。  鬼室集斯はこの旅の中では特別な人である。  朝鮮民族と日本民族は、古い時代からそれぞれの国を離れて異国の地に移り住んで、異国…
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大阪散歩 その43 密厳院に泊まる

 今夜の宿は密厳院であるが、泊まる場所には何の問題もなかったが、夕食場所には苦労した。  密厳院の近くの店で夕食を食べようと考えていたが、その店の主人が病気がちと言うことで、店が閉まっていて結局別の店で夕食を食べた。  この辺の食堂は昼飯までは出しているが夕方早くに店を閉めてしまうので、食堂を探すのに苦労した結果、午後…
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近江街道をゆく その41  いざ、鬼室神社へ

 これから鬼室集斯の墓碑を祀った鬼室神社に向かう。  今回の旅は、日本人の血液のなかの有力な部分が朝鮮半島を南下して大量に滴り落ちてきた痕跡の一部にたどり着くのが最も重要な目的となるので、古代朝鮮との交流の跡である鬼室集斯の墓を見ることは、今回の旅の最大級の楽しみだった。  ナビで検索しても鬼室神社は出てこなかっ…
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大阪散歩 その42 壇上伽藍と大門を散策

 町石1番石のある場所から、町石ゼロの場所である壇上伽藍に向かって歩いている。  正面に見える門は、高野山開創1200年を記念して2015年に再建された中門であるが、このように周囲より一段高く壇上伽藍上に建てられている。  宇宙を物質と精神の二元論で捉えた空海の世界の中へ、正面から入っていく。  この中…
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近江街道をゆく その40 甲賀流忍術屋敷を見学

 紫香楽宮跡から15分ほど走って、甲賀流忍術屋敷に到着した。  ここは甲賀忍者53家の筆頭格にあたる望月出雲守の屋敷として300年前に建てられた。  外見は普通の屋敷と変わらないが、内部には忍者の住まいにふさわしく、侵入者から身を守る為のどんでん返しや落とし穴などさまざまな仕掛けが施されている。  ま…
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大阪散歩 その41 高野山「壇上伽藍」へ向かう。

 九度山から橋本駅に帰り、返却予定時間より3時間半早い11時半に、駅前のトヨタレンタに車を返却したので、差額の3000円が戻ってきた。  駅前のコンビニで安寿司を買い、橋本駅前から高野山駅まで電車の代行として走っている満員の大型観光バスの中で、身を縮めてこの昼食を食べた。  高野山へ向かう道は結構渋滞もあったが、2時間ほどかかると聞…
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近江街道をゆく その39 迷いながらも、紫香楽宮跡を訪ねる

 旅も8日目となった。  今日はレンタカーで、伊賀・信楽・甲賀を巡り、古代朝鮮との交流の跡である鬼室集斯の墓や安土城跡など、「司馬遼太郎の街道をゆく」の名場面を訪ねながら旅する予定だった。  かなりなハードワークを予想して、ホテルで朝食を済ますと午前7時半頃にはホテルを出た。  しかし、最初目指した信楽方面へは高速道…
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ロシア人が遠くに旅行したくなる「プーシキン」

 あるロシア文学者がプーシキンについてこう語っている。  「プーシキンを読めば、ロシア人は遠く旅行をし、多くの本を読んだような気分になれる。」  ロシアではすべての人がプーシキンを知っている。  プーシキンの名前を聞くとロシア人の心は喜びと軽やかさと感謝でいっぱいになるという。  プーシキンと同時代の作家ゴーゴリは「プ…
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IU  私の昔話

IU  私の昔話 クリックです!! http://www.youtube.com/watch?v=npttud7NkL0&feature=player_embedded スルスラドン クゴルモグル タンシヌン キオカシムニッカ 쓸쓸하던 그 골목을 당신은 기억하십니까 肌寒かったあの路地をあなたは…
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「百万回のキッスを恋する女の子にあげちゃうほど浮かれた気分」

 100万回のキッスを恋する女の子にあげちゃうほど浮かかれた気分            タイトルの本の一節、字はBertieの自筆です。↑   僕の入っていたコミュニティサイト会社(今は潰れてしまって無い)の友達にBertieというハンドルネームの小説家がいた。  その彼が自著を出していることを知り、僕は早速「…
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釣り師ジュンチャンと一緒に日本一周の旅に出よう 今日は和歌山県(^^)K

 日本一周の旅 今日は和歌山県(^^)!  和歌山と言えば、和歌山城、南紀白浜、串本、新宮、熊野三山、有田みかん、梅、そして高野山などが真っ先に頭に浮かびます。  釣り師が和歌山県で一番印象深かったところは高野山です。  高野山奥の院入り口の一の橋から少し歩いたところに司馬遼太郎文学碑が建っています。  文学…
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僕のラブレター物語

 岩井俊二監督の映画に「ラブレター」という作品がある。確か中山美穂が一人二役で主演して、東南アジアでは冬のソナタ程度のブームを引き起こしたという話しを、何かの雑誌で読んだことがある。  山で死んだ恋人の過去を、偶然出した手紙によって少しずつ知っていく話しで、同姓同名の藤井樹(いつき)という名の男女の、中学の3年間を同じクラスで過ごした…
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比較日韓論「新・スカートの風」  呉善花 

   新スカートの風、著者は呉善花(オ ソンファ)、韓国済州島生まれ、大東文化大学(英語学)卒業後、東京外国語大学大学院修士課程修了(北米地域研究)、その後日韓ビジネスの現場で、ビジネス通訳や翻訳を仕事とする。   代表的な著作は「スカートの風シリーズ」(正、続、新が刊行されている)、「日本人を冒険する」、「ワサビと唐辛子」、…
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オホーツク街道・イトウ釣りの旅 その4 猿払川でイトウに挑む!!

 地図上の3番目の川は「猿払川」である。  猿払川は北海道の中でも最も数多くイトウが生息し、個体数が安定している数少ない河川。  湿原をゆっくりと流れ、下流域の川底が深い場所では水中はほとんど見えず、スケールが大きく、力強さを感じさせるその流れは、幻の魚イトウが潜むには迫力十分。  猿払川下流部の写真の右手真ん…
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笑える?アフリカンジョーク その3

その1 アフリカ人が夜中に立ってたんだよ よくアフリカ人だってわかったな ああ、白い歯だけが見えたんだ その2 白人「よぉ兄弟、神サマが黒人をどうやって作ったか知ってるか?石炭とクソを混ぜたのさ!」 黒人「白人をどう作ったか教えてやろうか?黒人とおんなじよ、ただし石炭抜きでな!」 …
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オホーツク街道・イトウ釣りの旅 その3 猿骨川で釣り師の夢を満喫!!

 僕は今、猿払村のど真ん中にいる。  「思いっきり大きいイトウに会いたいなら猿払村に行け」、イトウ釣りを少しでも目指す者が最初に出会う言葉が、この言葉である。  猿払村は北海道最北の村、日本で2番目に広い。北海道の中でも特に寒さの厳しい地域で真夏は最高でも30℃に達しない年も多く、厳冬期には気温が-20℃くらいまで下がり、も…
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釣り師ジュンチャンと一緒に日本一周の旅に出よう 今日は奈良県(^^)K

 奈良は「まほろば」、「古都」などの言葉が似あう魅力のある県で、東大寺をはじめ、興福寺、法隆寺、薬師寺、唐招提寺、長谷寺など有名なお寺がてんこ盛りの県です。  奈良というと、釣り師は奈良を愛した一人の文人を思い出します。  新潟市生まれの会津八一という人ですが、「書家」兼「美術評論家」兼「大学教授」兼「歌人」という凄い方で…
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ネットで拾ったちょっと笑える話 夫婦喧嘩など

1 夫婦ゲンカのとき、父が母に 「バカモノ!」と言うのを、間違って、「バケモノ!」 と怒鳴ってしまった。  ケンカはさらに ひどくなった。 2 先日、父は、男にフラれて落ち込んでいた姉をなぐさめようとして、  「おまえ、人間は顔じゃないぞ」と言うところを、  「おまえの顔は人間じゃないぞ」と言ってし…
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ネットで拾った、ちょっと考えてしまう話 アリとキリギリス

 昔々、あるところに、働き者のアリさんの一家と、怠け者のキリギリスさんの一家が住んでいました。アリさんたちは、暑い暑い夏の日もせっせせっせと働きました。それにひきかえ、キリギリスさんたちは、働きもせず、一日中、歌ばかり歌って遊んで暮らしてました。  ある日アリさんが言いました。 「キリギリスさん、遊んでばかりいないで少しは働きな…
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近江街道をゆく その38 百貨店王の旧宅であった中江準五郎邸を見学

 これから、外村本家と分家の間の道を通って百貨店王の旧宅であった中江準五郎邸へ向かう。  この道は映画やテレビドラマのロケに頻繁に使われるそうで、そのために右手の赤いポストが残されているというガイドの説明だった。  道の外れに、道を挟んで大きな建物が二軒向き合って建っているが、右手の方がこれから行く中江準…
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現代考古学へのアプローチ

現代考古学の特徴 1.他の学問分野(原子物理学、化学、地質学、土壌学、動物学、植物学、古生物学、建築学、人口統計学、冶金学、社会学、地理学、民俗学、文献学、認知科学など)との連携がいっそう進んでいること 2.考古データの急増や研究の深まりを反映し、対象とする事象・時代・地域・遺構の種別などによって考古学そのものの細分化や専門化…
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「純情小曲集」より「旅上」(萩原朔太郎)

ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し せめては新しき背広をきて きままなる旅にいでてみん 汽車が山道をゆくとき みづいろの窓によりかかりて われひとりうれしきことをおもはむ 五月の朝のしののめ うら若草のもえいづる心まかせに
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旅人かへらず 西脇順三郎

旅人は待てよ このかすかな泉に 舌を濡らす前に 考へよ人生の旅人 汝もまた岩間からしみ出た 水霊にすぎない この考へる水も永劫には流れない 永劫の或時にひからびる ああかけすが鳴いてやかましい 時々この水の中から 花をかざした幻影の人が出る 永遠の生命を求めるは夢 流れ去る生命の…
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ネットで拾った、「ちょっと悲しいかぐや姫」の話 

 昔々、あるところに、竹取の翁というお爺さんがが住んでいました。ある日、お爺さんは竹を取りに近くの藪へと出かけました。すると一本の竹があかるく光っているではありませんか。  怪しげな現象に恐れをなしたお爺さんは、そのまま逃げかえりました。  翌日、お爺さんが恐る恐るきのうと同じ場所に行ってみると、もう竹は光ってませんでした。ほ…
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ロシアのアネクドート傑作集から その10 ロシア(ソ連)の話

その1 アメリカに追いつくのはいいが、追い越すのはマズいのかもしれない。 なぜ? 追い越すと、ズボンが破れているのを見られるかもしれないからだ。 その2 レーニンはロシアという荒地に木を植えて森にした。 スターリンは森からはみだした木を刈って林にした。 フルシチョフは林にしたスターリンに文句を言っ…
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