東京散歩Ⅱ その28 江戸東京博物館を見学 その4 幕末と文明開化後の東京

 江戸を見て回ったが、ここからは幕末と文明開化後の東京を見ていく。
 幕末の最後の将軍である徳川慶喜の描いた大政奉還の図式とは異なり、薩摩藩を中核とする討幕派によるクーデターにより明治時代が始まり、江戸は東京となった。
 徳川慶喜の描いた新時代の政権構想に興味があったのでここで紹介する。
 以下は幕臣の開成所教授職を務めた西周が慶喜側近に提出した草案である。
 草案では徳川家中心の具体的な政権構想が示されており、西洋の官制に倣う三権分立が形式的にではあるが取り入れられ、行政権を公府が(暫定的に司法権を兼ねる)、立法権を各藩大名および藩士により構成される議政院がもつこととされており、天皇は象徴的地位に置かれている。
 公府の元首は「大君」と呼ばれ、徳川家当主(すなわち慶喜)が就任し、上院議長を兼ね、下院の解散権を持つものとされていた。
 軍事については当面各藩にその保有を認めるが、数年後には中央に統合するものとされた。
 その他、従来の諸大名領を現状のままとし、公府の機構は幕府のそれとの関連が意識されているなど、極めて現実的な計画となっていた。
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 王政復古を経て明治政府を樹立した薩摩藩・長州藩・土佐藩らを中核とした新政府軍と、旧幕府勢力および奥羽越列藩同盟が戦った日本の内戦である戊辰戦争の流れの中で、上野戦争も起こって、東叡山とされていた寛永寺が消失し、彰義隊士の多くが討ち死にした。
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 新政府軍は戊辰戦争の流れの中で江戸へ進軍を開始し、甲州勝沼および野州梁田の戦い、江戸城無血開城、船橋の戦い、宇都宮城の戦い、上野戦争などが起こり、関東は新政府軍に制圧され、戦いは東北そして最後に北海道の函館へと続き、ここで戦争は終結する。
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 江戸は東京に生まれ変わり、文明開化の時代となった。
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 東京には第一国立銀行、為替バンク三井組、鹿鳴館、銀座煉瓦街、新富座、ニコライ堂などの新名所が誕生した。
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 これは1890年11月に浅草に建てられた赤煉瓦づくりの凌雲閣で、高さ52mの当時としては驚異的な高さを誇る八角形の高塔である。
 ここからの眺望は抜群で、多くの作家がこの十二階の魅力にとりつかれたという。
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 この建物は朝野新聞社で、明治の自由民権運動の初期に活躍した新聞社。
 成島柳北を社長に迎え大槻磐渓が客員になり,柳北の「雑録」欄(いわゆる社説)での時事批判が特に人気を呼んだという。
 2時間程たっぷり江戸東京博物館を楽しんで昼食とした。
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 場所は江戸東京博物館の7階にあるレストラン「和食処桜茶寮」である。
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 1700円の大江戸弁当を注文して、江戸を感じながら美味しくいただいた。

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