東京散歩Ⅱ その41 大成殿を見学

 斯文会館に入ってみた。
 ここでは生涯学習が行われていて、斯文会文化講座という名で様々な講座が開講されており、大勢の一般市民の方々がそれぞれの申し込んだ講座を受講していた。
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 講座の内容を見ると、中国の古典と漢詩の講座が目立った。
 僕も漢詩は好きで、暇な折は気に入った漢詩を読んでは中国の古代に思いを馳せたりすることもあるのだが、僕の手元にある「漢詩入門」の著者である石川忠久氏も、この斯文会文化講座の講師の一人になっておられた。
 ところで斯文会だが、1880年に東洋の学術文化の交流を意図した岩倉具視が、谷干城らとはかって創設した「斯文学会」を母体とし、これが発展して1918年に公益財団法人斯文会となったものである。
 斯文会は孔子祭の挙行、公開講座の開講、学術誌「斯文」の発行などを中心に活動を行っており、関東大震災で消失した湯島聖堂についても斯文会が中心となってその再建を果した。
 会の名の「斯文」は、論語子罕(しかん)篇の中の孔子のことば「斯の文(このぶん)」(周の文王の時より伝えられた文化の意)から取ったものである。
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 斯文会館の横には、会の末永い繁栄を見守っているかのように、台湾の台北市ライオンズクラブから寄贈された、斯文会の神様とも言える孔子の像が建てられていた。
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 またその近くに楷樹(カイノキ)が植えられていた。 
 カイノキは、直角に枝分かれすることや小葉がきれいに揃っていることから、楷書にちなんで名付けられたとされる。
 山東省曲阜にある孔子の墓所に弟子の子貢が植えたとされる名木で、各地の孔子廟にも植えられていて、孔子と縁が深く科挙の進士に合格したものに楷の笏を送ったことから、学問の聖木とされている。
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 湯島聖堂を散策している間に午前10時の開門時となったので、大成殿の杏壇門(杏壇とは孔子が弟子たちに教授したところ)から入った。
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 ここが大成殿の入り口で、ここから中に入った。
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 内部は厳粛で荘厳という雰囲気である。
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 この祭壇の真ん中に、孔子座像が配置されていた。
 この孔子座像とは別に、明末期の亡命遺臣である朱舜水が孔子像三体を明から携えてきたが、
 そのうちの一体が、毎年4月第4日曜日の孔子祭や正月元旦から4日までの特別公開期間のみ、この大成殿に安置公開されるということである。



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