青銅の騎手──ペテルブルグの物語── プーシキン

 序  言


 この物語に書かれた事件は事実によっている。洪水の詳細は当時の記録からとられたものである。好事家はヴェ・エヌ・ベルフの編纂になる記事によってただすことができる。

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  序  詩

荒寥とした水の岸辺に、
彼*はたっていた、偉大な思いにみちて、
そして遠くを眺めていた。彼の前には広々と
川が流れ、見すぼらしい川舟が、
ひとりそのうえを走っていった。
苔むしてぬかる岸辺には、
貧しいエスト人の住家(すみか)である
小屋があちらこちらに黒ずんで見えた。
霧にかくれた太陽の
光を知らない森は
あたりにざわめいていた。
            そして彼は思った、──
ここからわれらはスウェーデン人をおびやかそう、
傲慢な隣人にさからって
ここに都市がうち建てられるであろう。
ヨーロッパに窓を切りひらくことも(1)、海辺にしっかりと足で立つことも、
ここにこそわれらは自然によって運命づけられている。
ここへ、新しい浪路をこえて、
すべての国旗が客となってわれらをおとずれ、
そしてわれらはこの広みに宴を張ろう。

  *ここで「彼」というのはロシヤ皇帝ピョートル一世(1672-1725)である。彼はフィンランド湾にそそぐネワ河口の僻地に新しい都市ペテルブルグ(現在のレニングラード→この訳本の出版された時期は昭和34年)を建設した。この序詩はそれを歌ったものである。
  原註(1)アルガロッティはどこかでいった。──“Petersburg est la fenêtre par laquelle la Russie regarde en Europe”〔ペテルブルグはロシヤがヨーロッパを見る窓である〕と。

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百年が過ぎさった、そして北国の
美と奇蹟なる若い都は
森のくらみから、沼のぬかりから、
はなやかに、ほこらかに、生まれでた。
そこはもとフィンランドの漁夫、
悲しい自然の継っ子が、
ただひとり低い岸辺にたって、
え知れぬ水のうちに
その古びた網を投げていたところ、今そこには
賑やかな岸辺にそうて、
宮殿や塔の壮麗な建物が
ひしめきあい、船が
世界の果々から群がって、
豪華な波止場に集まってくる。
ネワは花崗岩(みかげいし)に装われた。
水の上には橋がかけられた。
川中の島々は
暗緑色の園に蔽われ、
かくて若い都の前に
モスクワはうなじをたれた、
ちょうど紫衣の皇太后が
新しい皇后に向かってするように。

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私は愛する、お前、ピョートルの創造物よ、
私は愛する、お前の厳めしくも美しいその姿を、
力あるネワの流れを、
その岸の花崗岩を、
お前の囲いの銑鉄の飾りを、
お前の物思わしげな夜の
透きとおった薄明と、月のないかがやき*とを、
私が自分の部屋のうちで
燈明もなしに書き、また読むとき、
そしてあう人もない街の
まどろんだ建物が明るく、
海軍省の尖塔に火のともるとき、
そして金色の空に、
夜の闇を入らしめることなく、
わずかに半時間を夜にあたえて、ひとつの空映(そらばえ)が
他のそれに代ろうと急ぐときを(2)。
私は愛する、お前のはげしい冬の
よどんだ空気と極寒(モローズ)を、
広大なネワにそうてゆく橇の駆りを、
薔薇よりも明るい少女たちの顔を、
そして舞踏会の輝きと、ざわめきと、語らいとを、
またさびしい宴のときの、
泡立つ杯のつぶやきと、
ポンスの空色の焔とを。

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  *白夜のこと。
 原註(2)ザワドフスカヤ伯爵夫人へのウャーゼムスキー公の詩*を見よ。
  *ウャーゼムスキー公の詩──「1832年4月7日の会話」。

私は愛する、楽しいマルスの原*の
戦闘的な勇ましさを、
歩兵や馬の
単調な美しさを、
そのととのった節奏的な戦列のうちの
あの勝利の旗の切れはしと、
戦いの野に射抜かれた
これら青銅の帽子の輝きを。
わたしは愛する、尚武の都よ、
お前の砦の煙りと轟きとを──
北方の皇妃が
王宮に皇子をもたらしたとき、
または敵にうち勝って
またしてもロシヤがことほぐとき、
またはその青い氷をうち砕いて
ネワがそれを海に運びゆきつつ
春の日を感じてよろこぶとき**


 *マルスは古代ローマ人の信仰した軍神。マルスの原は閲兵のおこなわれたペテルブルグの広場。
 **……春の日を感じてよろこぶとき──ロシヤ帝政時代には、皇子が生まれたときと、戦争に勝ったときと、ネワの解氷がはじまったときに、ペテルブルグの城壁で祝砲をはなっていた。

誇れ、ピョートルの都よ、そして立て
ロシヤのごとくゆるぎなく、
さらばうち負かされた自然が
お前と和するであろう。
ふるい自分の囚れや敵意を
フィンの波をして忘れしめ、
無益なる怨みをもて
ピョートルの永劫の夢を乱すなかれ!

恐ろしい時であった。
その追憶は鮮かである……
それについて、わが友よ、君らのために
私はわが物語を始めよう。
わが語るところのものは痛ましいであろう。

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