釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第27回もロシア

 9月25日(火)午後6時過ぎにレニングラードを発ち、1時間程でモスクワに到着した。
 ソ連一周の旅もとうとう最後の都市モスクワとなった。
 モスクワの近郊には、黄金の環(ザラトーイェ・カリツォー)を形成するウラジーミル、スーズダリ、コストロマ、ヤロスラヴリ、ロストフなどの諸都市が点在する。
 黄金の環とはモスクワの北東に古都が点在するエリアで、繋げると環状になり、また秋になると木々が黄色く色づくことから呼ばれているとか。
 僕らのツアーは、黄金の季節真っ盛りのモスクワをこれから歩くことになる。
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 9月26日(水)晴れ午前8時過ぎ、そうとう冷え込んで来ている黄金色のモスクワの見学の開始となった。
 JTBの日程表によると、見学場所はボリショイ劇場、ゴーリキー通り、モスクワ大学、赤の広場、カリーニン通りなどである。
 クレムリン、赤の広場、聖ヴァシリー寺院などをまず見学した。
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 クレムリンは、ロシア連邦の首都、モスクワ市の中心を流れるモスクワ川沿いにある旧ロシア帝国の宮殿である。ロシア語でクレムリンは「城塞」を意味する。
 ソ連時代には、ソ連共産党の中枢が置かれたことから、ソ連共産党の別名としても用いられた。正面には赤の広場がある。
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 赤の広場に入ると正面の建物は国立歴史博物館、左手方向にクレムリン宮殿が広がっている。
 よく見ると、モスクワの人々はすっかりコート姿である。
 この国の夏は短く、冬はとても長い。
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 午前中いっぱいは、クレムリン及びその周辺施設を見学した。
 昼食をはさみ、午後からモスクワ大学の見学という日程だったようである。
 レニングラードでも地下鉄に乗ったので、その経験が効いていて、ここでの地下鉄の乗降は比較的スムーズだったようだ。
 地下鉄でレーニン宮駅まで行き、そこから大学まで歩いた。
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 モスクワ大学は、ロシア・モスクワにある公立大学で、正式名称はM.V.ロモノーソフ・モスクワ国立総合大学で、ロシアでは通常МГУ(エム・ゲー・ウー、MGU)と呼ばれている。
 ここをどういう気持ちで僕が歩いたかは全く覚えていないが、旅行参加者中で現役大学生は僕ひとりだったことを思うと、他のツアー参加者とは違って随分親しみを込めて、なお且つ普段着のままで、気楽に歩けた場所だったと思っている。
 秋の気配は大学構内の随所に忍び寄っていて、多分構内を散策する学生や教授達を横目で見ながら、黄金の季節のモスクワ大学を思いっきり歩き回ったのだろう。
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 大学構内脇と勝手に推測している立派なポプラ並木の前での、記念写真に写った僕の写真の顔からは、このモスクワ大学構内散策を心から堪能した大満足感が、数十年後の今になっても伝わっていた。
 ここから先の旅で、週十年前に撮った記念写真は何もない。
 1枚もモスクワ大学以降の旅の写真は撮らなかった。(事実上、旅はここで終わった。)
 今日9月26日(水)、旅はこれからモスクワを午後8時に出発し、機中泊で7時間半かけてハバロフスクまで行く。
 ハバロフスクには午前11時頃到着し、午後は自由行動で9月27日(木)、ソ連最後の夜をハバロフスクで過ごす。
 そして、9月28日(金)、新潟に午前9時半に到着、15日間の旅は終了である。
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 ソ連の旅の最後に、ソ連邦(ロシア)の過去と現在と未来とその子ども達の大いなる幸いを願って、子ども達とともに、旅の扉を閉じる。

 皆さんはロシアと聞いて、何を思い、何処を旅してみたいですか。

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