奈良散歩 その43 垂仁天皇陵 


菅原天満宮を出ると、ナビに従って南に進路を取り、近くにある垂仁天皇陵に向かった。





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 垂仁天皇陵(宝来山古墳)は
奈良市尼ヶ辻町にある前方後円墳の古墳で、実際の被葬者は明らかでないが墳丘長が227メートルあって、全国では第20位の規模の古墳となっている。

4世紀後半頃(古墳時代前期)の築造と推定され、宮内庁により第11代垂仁天皇の陵に治定されている。





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 柿の実のたわわに実っているこの場所で垂仁天皇陵を見ていたら、「もっといい場所があるよ」と地元の農家のおじいさんが教えてくれたので、その場所に向かった。



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 なるほどここは天皇陵の正面で、写真を撮るには絶好の場所である。



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 天皇陵の写真を何枚か撮りながら、垂仁天皇の皇后の悲劇を思い出した。(禁断の愛なので、多少筆者の方で脚色している箇所があります。)


垂仁天皇の皇后である狭穂姫命(さほびめのみこと)は、天皇と結婚する以前から実の兄である狭穂彦王  
(さほびこのみこ)と、禁断の関係があったと言われている。


よき夫として垂仁天皇を愛していながら、兄とも婚前からの恋情を通じ続けていた狭穂姫命は、兄の子を身ごもってしまった。


皇位を狙う実の兄狭穂彦王に垂仁天皇を暗殺するよう持ちかけられ、狭穂姫命はそれを引き受けるが、天皇も愛していたので殺すことが出来ず、兄の城に逃げ込んだ。


垂仁天皇は皇后を愛していたが、覚悟を決めて攻撃を開始し、燃え盛る炎の中で狭穂彦王は戦死し、狭穂姫命は自害した。





 気持ちが少し暗くなったが、午後の最後に進路を北にとって、一番楽しみにしていた秋篠寺に向かった。




秋篠寺は奈良時代の法相宗の僧善珠の創建とされ、地元の豪族秋篠氏の氏寺ともいわれているが、創建の正確な時期や事情はわかっていない。




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