奈良散歩 その50 大極殿での話 その1 

 ボランティアガイド氏の説明は大極殿での営みに入った。
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 第一次大極殿の内部には、高御座とよばれる天皇の玉座が置かれていて、高御座は皇位を象徴する重要な調度で、天皇は即位式や元日朝賀などの国家儀式の際に、大極殿に出御して高御座に着座した。
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 大極殿の前の庭には、国家儀式の際に貴族が位の順にズラッと並んでいて、この庭の広さは大よそ横が200m、縦が300mほどであった。
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 この庭に入れるのは貴族と言われる5位以上の人たち200人ほどで、6位以下の7000人近い下級役人達は、回廊を隔てた庭の向こうに並んだ。
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 1970年に始まった第一次大極殿の発掘調査の結果、大極殿の基壇及び階段の基礎部分の痕跡が見つかり、それを基に大極殿の平面規模を確定することができた。
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 これは建物の上に乗っかっている鴟尾(しび)のレプリカで、これは張りぼてで金色のペンキを塗っただけだが、上のものは鋳物で造っていて本物の金箔が塗ってあり、重さは1トン位あるということだった。
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 ここから建物の復元の話に入っていくが、建物の図面がないので、地面を掘って柱の痕跡を調べて44本の柱の位置を確定させ、奈良時代と同じ位置に柱を建てた。
 建物の上部構造はどうしたかというと、平安時代の年中行事絵巻などを参考にし、同じ時代の建物である法隆寺の金堂を借用して建てた。
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 柱の上の細部の造作については薬師寺の東塔を参考にしたりして、いろいろと工夫しながら第一次大極殿は復元されたのである。
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 ガイド氏に促され、こんどは建物の天井を見上げてみた。
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 そこには、一つ一つの仕切られた枠の中に、蓮の花を図案化した絵が描かれていたが、これらの絵は全て手描きの作品だという。
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 天井のすぐ下の壁にも、葉や茎まで描いた蓮の絵が連続して見事に描かれていた。
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 そしてその下には、日本画家の上村淳之(上村松園は祖母で、松園、松篁、淳之の親子三代続いての芸術院会員)氏による、四神と十二支の絵が掲げられていた。

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