岡倉天心の「茶の本」 第四章 茶室 その2 茶室は簡素で清浄

茶室の簡素清浄は禅院の競いからおこったものである。 禅院は他の宗派のものと異なってただ僧の住所として作られている。 その会堂は礼拝巡礼の場所ではなくて、禅修行者が会合して討論し黙想する道場である。 その室は、中央の壁の凹所、仏壇の後ろに禅宗の開祖菩提達磨の像か、または祖師迦葉と阿難陀をしたがえた釈迦牟尼の像があるのを除いてはな…
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近江街道をゆく その35  五個荘散策の始まり 

昼食を食べ終えると、急いでバスに乗り、近江八幡駅まで向かった。 ここから近江鉄道八日市線で八日市に行き、八日市からこの近江鉄道バスで五個荘町まで行き、ぷらざ三方よしというバス停で降車した。 1時間ほどもかかって、近江商人の故郷として名高い、陸の孤島のような目的地の五個荘に到着したのであるが、後で別ルートがあることを知ってがっ…
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オールイン遊び プロローグ

 4月にオールインハウスのある済州島(耽羅国)へ遊びに行こうと考えている。  2012年秋の「韓のくに紀行」の時に、ハングルで書かれた文字がロシア語かモンゴル語程度にしか思えず、つまり「何がなんだか、僕わかんなーい」という程度だったので、意味はともかくとして読めるだけは読めるようになりたいと考えた。               …
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耽羅紀行(済州島の旅) その4 日本出国まで

 スカイライナーが成田空港地下駅に到着すると、そこからもう外国旅行の始まりである。 改札を出たところに「セキュリティエリア」と呼ばれる空港の検問所があり、パスポートの提示を求められた。 エレベーターで一気に集合場所の空港第一旅客ターミナル4階まで上がった。 集合時間は午前7時45分となっていたので、集合時間まで20分以上の余裕を持って集…
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石川啄木と函館 その2 立待岬で眠る啄木

 函館西端から函館山のすそ野を横切り、函館山の南東に位置する石川啄木ゆかりの立待岬まで行った。 立待岬は、北海道函館市住吉町にある、津軽海峡に面した岬である。 津軽海峡につきでた断崖上にあるため展望が良く、天気の良い日には下北半島を望むことができ、付近には与謝野鉄幹・晶子の歌碑も設置され、函館有数の観光スポットとなっている。 ここは公園…
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旅人かへらず 西脇順三郎

旅人かへらず  1節(冒頭節)旅人は待てよこのかすかな泉に舌を濡らす前に考へよ人生の旅人汝もまた岩間からしみ出た水霊にすぎないこの考へる水も永劫には流れない永劫の或時にひからびるああかけすが鳴いてやかましい時々この水の中から花をかざした幻影の人が出る永遠の生命を求めるは夢流れ去る生命のせせらぎに思ひを捨て遂に永劫の断崖より落ちて消え失…
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宮沢賢治の詩 原体剣舞連(はらたいけんばいれん)

原体剣舞連(はらたいけんばいれん)            (mental sketch modified)  この詩は、賢治が1922年8月30日から31日にかけ種山ヶ原に地質調査に出かけたおり、下山途中で田原村原体(現・奥州市江刺区田原)で見た民俗芸能・原体剣舞を見たことが元になり、『春と修羅』に「原体剣舞連(はらたいけんばひれん…
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天塩川の旅 その10 『北海道命名の地』に立つ!!

 北海道命名の地があると聞いて、「美深森林公園びぶかアイランド」を後にし、国道40号線を北上する。  音威子府市街を過ぎ、国道40号線を約7km北上し、国道左カーブ手前 から右折する。  そこには案内看板が立っているのだが、よほど注意してないと行き過ぎてしまう。  案内看板に従い国道を右折し、未舗装の砂利道をゆっくり…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その44 横須賀の夜は中央酒場で 

 夕食後、「酒場放浪記」では無いが、近くの中央酒場で横須賀の夜を楽しんだ。 中央酒場のような大衆酒場が横須賀中央駅近くから入った横道には3軒ほど軒を連ねていて、足の向くままこの中央酒場に入った。 ここで、ホッピーを飲みながらアジ刺しを食べ、横須賀の夜を楽しんだ。  僕の席の横で同じようにホッピーを飲…
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奈良散歩 その52 法華寺 

 平城京跡を出て、次に佐保路(東大寺転害門から西に延びている、平安京の南一条大路から法華寺まで)にある法華寺、海龍王寺、不退寺を見ることにした。 まず、平城京跡から10分程の法華寺に向かった。 法華寺は大和三門跡に数えられる品格ある尼寺で、もと藤原不比等の住居であったものを、光明皇后が総国分尼寺として建立した。 法華滅罪の寺と称し、七堂…
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「オホーツク街道」の旅 その5 気分だけは最高潮のまま、今回のイトウ釣りの全日程を終える

 猿払川のセカンドステージは新猿払橋の下(2の場所)である。  この川を熟知していて年間50匹以上のイトウを釣り上げる地元釣り師とは違って、僕はこの川を何も知らないのである。  今日初めてこの川に会って、今日初めてキャストするのである。  ただ、出会い頭の偶然ということも世の中には有りうる事で、石狩川で58cmの虹鱒に出会った時のこ…
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想い出がいっぱい - H2O

作詞:阿木燿子 作曲:鈴木キサブロー 古いアルバムの中に隠れて 想い出がいっぱい 無邪気な笑顔の下の 日付けは遥かなメモリー 時は無限のつながりで 終りを思いもしないね 手に届く宇宙は 限りなく 澄んで 君を包んでいた ※大人の階段昇る 君はまだシンデレラさ 幸福は 誰かがきっと 運んでくれると…
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ロシア人とウォッカの話を少々

 飲食という観点でロシア人の第1印象を一言で言えば、「ウォッカとキャビアとボルシチ」となる。  ウォッカ「アルタイ山」;シベリアの酒、ピリピリとした辛口「ピョートル大帝」;甘すぎず辛すぎず飲みやすいウォッカ。  そのウォッカはロシア人の魂とも言える酒で、これ無くしてはロシア人はロシア人でありえないというくらいのものらしい。 …
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越前と若狭の旅 その18 僧堂と承陽殿を見学

傘松閣を出てこれから、僧堂、仏殿、承陽殿、法堂と見学していく。 永平寺の伽藍を上から見ると、こういうふうになっている。 建物一つ一つは実に重厚で、中庭の樹々も大きく育っている。 これらの建物を繋ぐ廊下もしっかりした造りである。 山門の前から仏殿の方角を眺めた景色であるが、なかなかの…
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甲州街道と佐久平みち その1 甲府駅前「奥藤本店」で昼食

7月29日(月)、旅の最初の日である。 計画通り上越新幹線に乗って東京駅で下車、東京駅からは中央線で新宿まで行き、新宿から特急かいじ号で甲府まで行った。 朝食は新潟駅のコンビニで買ったミックスサンドとおにぎり1個ですませた。 予定通り甲府駅に到着した。 電車に乗っていた時は気付かなかったが、外は既に相当な暑さで、少し…
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ネットで拾った、素直に笑える話

先生 「教科書読め」 生徒 「はい。『最近家の姉が色づいてきました…』」 先生 「!? …その字は姉じゃない柿だ」 出勤したら、ロッカーに袋がさげてあって、メモがついていた。 里帰りしていた後輩からで、 「実家の姉です。食べて下さい」 と書いてあった。開けたら柿が入っていた。
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近江街道をゆく その34  旧伴家住宅などを見学

歴史民俗資料館の次に、市指定文化財となっている旧伴家住宅を見学した。 旧家主の伴庄右衛門は江戸初期に活躍した八幡商人で、屋号を扇屋といった。 寛永年間に東京日本橋に出店し、麻布・畳表・蚊帳を商い、5代目の伴蒿蹊は18歳で家督を継ぎ大坂淡路2丁目に出店したが、同じに学問にも興味を持ち、本居宣長、上田秋成、与謝蕪村らと親交のある…
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耽羅紀行(済州島の旅) その3 スカイライナーで成田空港まで

 翌朝は京成上野駅からスカイライナーで成田空港まで行くことにした。  成田空港までのアクセスはいろいろあるようだが、新潟から午前中に成田空港を出発する飛行機に乗り込むには、上野か日暮里の周辺に前泊し、スカイライナーを利用するのが最も好都合だと考えた。  ツアーの集合日時は2014年4月14日(月)午前7時45分、集合場所は成田空港第1旅…
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2021年4月3日 関川村初釣行 NO3 35cmの尺岩魚ゲット!!

 そして、またまた平成31年に最長39cmを釣り上げたC沢への出陣である。 アイテムはあの時のままである。 これが、尺岩魚取り込み用のタモ網(玉網)で、網の最横長45cm、写真の網の長さ130cm(最長180cmまで伸びる)の手作りで、沢の水面にいる岩魚も沢の岸上からゲットすることができる優れものである。 針はアマゴ半スレヒネリ8号でハ…
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釣り師ジュンチャンと世界を巡る 第30回はフィンランド

 フィンランドは初対面のイメージとしてはトナカイとサンタがいて、サウナのある美しい森と湖の国となります。  ただ、フィンランドは他のスカンジナジア諸国とは決定的に違うところがあります。  フィンランドはゲルマン民族の国ではなく、日本人と同じアジア民族の国なのです。  フィンランドのほぼ90%を占めるのがアジア民族のフィン族で、…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その43 基地の町「横須賀」を歩く 

ウェルニー記念館を出て、ウェルニー公園を散策した。 ここは横須賀市指定市民文化遺産の「逸見波止場衛門」である。 旧横須賀軍港逸見門の衛兵詰所が左右2ケ所あり、左側には「逸見上陸場」、右側には「軍港逸見門」と表示されている。 建築年代は明治末から大正初期の頃らしい。 ウェルニー公園を歩いているが、対…
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奈良散歩 その51 高御座(たかみくら) 

 次は高御座(たかみくら)の説明である。 高御座は国家儀式の際に天皇が着座した王座である。 奈良時代の高御座の構造の記録はなく詳細は不明で、ここに展示した模型は大正天皇の即位の際に作られた高御座(京都御所に現存)を基本に、各種文献資料を参照して製作した実物大のイメージ模型である。 細部の意匠や文様は、正倉院宝物などを参考にして創作したと…
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偉人と遊ぶ釣り師

その1 いっそ釣り師にでもなって ああ生きるのがこんなに難しいものならば、いっそ乞食にでもなって、いろんな土地土地を流浪して歩いたら面白いだろうと思う。 by林芙美子(日:作家) ああ生きるのがこんなに難しいものならば、いっそ釣り師にでもなって、いろんな土地土地を流浪して歩いたら面白いだろうと思う。 by ジュンチャ…
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越前と若狭の旅 その17 傘松閣まで見学

見学の経路は赤線に従い、伽藍と伽藍を結ぶ廊下を通って一回も靴を履くことなく黄矢印の方向に進んでいく。 この図の通り歩いてまた元の場所に戻って来るのである。 まず、吉祥閣一階から二階に上がる。 吉祥閣から傘松閣へ向かう廊下に、十枚以上のパネルが展示されていた。 面白く読んだので、幾枚か紹介する。 …
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探険家の歴史 第2部 アマゾン河の旅 その4 マナウスにて-ドラードを釣る?

 マナウスはアマゾン河口より1500キロ上流にあるアマゾナス州の州都である。このあたりでもアマゾンの河幅は10kmもある。  地形的には、アマゾン本流のソリモンエス川と、最大の支流であるネグロ川の合流部北側に立地し、170万以上の人口を抱える、巨大都市である。  1900年前後をピークとする未曾有…
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茶の本 第四章 茶室 その1 茶室は芸術作品

石造や煉瓦れんが造り建築の伝統によって育てられた欧州建築家の目には、木材や竹を用いるわが日本式建築法は建築としての部類に入れる価値はほとんどないように思われる。ある相当立派な西洋建築の研究家がわが国の大社寺の実に完備していることを認め、これを称揚したのは全くほんの最近のことである。わが国で一流の建築についてこういう事情であるから、西洋と…
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近江街道をゆく その33 郷土資料館と歴史民俗資料館を見学

本願寺八幡別院をあとに、八幡商人の街並みを歩きながら郷土資料館に向かった。 この郷土資料館は、かつて安南(ベトナム)貿易で活躍した近江商人・西村太郎右衛門邸跡に昭和49年3月1日に開設された。 建物は明治19年(1886年)に八幡警察署として建設され、1953年にヴォーリズ建築事務所の手により大幅に改築され、現在の形になった…
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耽羅紀行(済州島の旅) その2 上野アメ横にて

 4月13日(日)、14時7分発のMAXとき328号に乗車、ダイヤ通り16時14分に上野に到着した。   普段は車で旅をしていて、外国旅行も居住する新潟空港から直接なので、新幹線で旅をするのは滅多になく、2時間程の新幹線の旅を新鮮な気持ちで楽しんだ。   日曜日の午後の出発なので、始発の新潟駅は同じ車両に僕の他には一人しか乗ってなく、ガ…
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石川啄木と函館 その1 啄木小公園にて

 啄木が妻子を盛岡に、老婆を渋民に残し、妹の光子と津軽海峡を越えたのは、明治40年(1907年)5月4日で、まず函館に居を構えた。 その後札幌、小樽、釧路と北海道を遍歴放浪することになるが、ここでは啄木の函館時代に触れることにする。 平成26年(2014年)に11泊12日の日程で北海道の道南地方を旅したことがあり、その時に啄木の旧跡等を…
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天塩川の旅 その9 太古の化石魚「チョウザメ」

 天塩川と旧河川跡である三日月湖の間の土地を利用して造成された森林公園びぶかアイランド、ここには、多目的広場、キャンプ場、テニスコート、パークゴルフ場、オートキャンプ場などがある。  キャンプ場の近くには、チョウザメの養殖展示を行なっているチョウザメ館がある。  チョウザメと言えばキャビアで有名だが、チョウザメ肉は高級食材と…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その42 ウェルニー記念館を見学 

これから横須賀港を散歩する。 横須賀は米軍基地とともに歩んできた異国情緒あふれる港町で、港には米軍の艦船が浮かび、町のあちこちに米軍カラーが溢れていて、少し歩いただけで厳重な警戒で入ることも写真撮影することも絶対許されない米軍施設がある。 この横須賀港散歩では、ウェルニー記念館やウェルニー公園、ドブ板通りなどを巡り、米軍基地もほんの…
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奈良散歩 その50 大極殿での話 その1 

 ボランティアガイド氏の説明は大極殿での営みに入った。  第一次大極殿の内部には、高御座とよばれる天皇の玉座が置かれていて、高御座は皇位を象徴する重要な調度で、天皇は即位式や元日朝賀などの国家儀式の際に、大極殿に出御して高御座に着座した。  大極殿の前の庭には、国家儀式の際に貴族が位の順にズラッと並んでいて、この庭の広さは大よそ横が20…
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「オホーツク街道」の旅 その4 猿払川でイトウに挑む!!

地図上の3番目の川は「猿払川」である。 猿払川は北海道の中でも最も数多くイトウが生息し、個体数が安定している数少ない河川。 湿原をゆっくりと流れ、下流域の川底が深い場所では水中はほとんど見えず、スケールが大きく、力強さを感じさせるその流れは、幻の魚イトウが潜むには迫力十分。    猿払川下流部の写真の右手真ん中よりボロ沼に続く水路とな…
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「何を数えているの?」

おばちゃんが橋を渡ろうとすると、橋の真ん中で欄干から川をながめながらぶつぶつ言っている学生風の男に気付いた。 男とすれ違った時、橋の真ん中にいた男が「21、21、21……」と言っているのが聞こえた。 おばちゃんは一旦通り過ぎたが、どうしても気になり、引き返して男に尋ねた。 「何を数えているの?」 すると、男はいきなり…
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越前と若狭の旅 その16 永平寺に到着

一乗谷の次は永平寺町の永平寺である。 赤字①の箇所に永平寺があり、黄線の道路を走ってそこを目指し、それから再び同じ道を戻って、今度は青線の美濃街道を走って赤字②の越前大野を目指す。 まず赤字①の永平寺に向かった。 永平寺は思ったよりずっと山の中にあった。 司馬遼太郎はここを素通りしたが、ここは良かった。 …
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甲州街道と佐久平みち プロローグ

2019年夏の旅は、「甲州街道と佐久平みち」の旅である。 去年(2018年8月末)に旅した鳥取県(因幡国・伯耆国)への旅は、日本最高気温の記録塗り替えとこれも記録破りの台風が頻発する合間を縫っての盛夏に挙行した、終わってみれば「奇跡のような旅」となった。 今年は去年のようなことはないように祈りながら、夏の旅の計画を作成した。 …
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2021年4月3日 関川村初釣行 NO2 光兎神社に参拝 

 これから今年1年の釣行の無事を祈って、この光兎神社に参拝する。 最初の釣行の日はこの神社で参拝、最後の釣行の日は女川最上流の集落である小和田集落にある小和田橋上から光兎神社で清めた神聖な酒を、1年の釣行の感謝の気持ちを込めて女川に注ぐのが、最近の毎年の行事となっている。 さっそく神社の戸を開けて中に入り、コロナ用の消毒液があったのでま…
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近江街道をゆく その32 朝鮮人街道を歩く

八幡堀の船旅をたっぷり堪能した後、八幡商人のまちなみとその街を貫く朝鮮人街道を訪ねた。 この京街道と書かれている道が、通称で朝鮮人街道と呼ばれる道である。 この「近江街道の旅」は、日本人の血液のなかの有力な部分が朝鮮半島を南下して大量に滴り落ちてきた痕跡の一部にたどり着くのが最も重要な目的で、その痕跡の一つがこの朝鮮人街道で…
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