甲州街道と佐久平みち その26 八幡宿を散策 

 望月宿からは、旧中山道の佐久平にある宿をたどって歩くことにした。



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 具体的には上図の黄枠に囲った八幡宿、塩名田宿、岩村田宿、追分宿である。

まず八幡宿に向かったが、八幡宿では最初に本陣跡に行った。


この本陣(小松家)では皇女和宮も宿泊している。



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 ここには当時のままの本陣門が残されており、中山道八幡宿本陣跡と刻まれた石碑も建てられていた。


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 次に、宿場の入口に鎮座していて宿名の由来ともなった八幡神社に行ったが、この神社は通常どおり八幡(はちまん)神社と読むようである。

鎌倉時代の吾妻鏡にも記述のある神社だが、創建年代は定かではないという。



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 この八幡宮と書いてある鳥居の後ろにあるのが1843年に建立された随身門である。

さほど古い門ではないが、梁・桁回りに施された彫刻はしばし見とれてしまう程素晴らしい。



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 この八幡宮はけっこう奥行きのある神社で、この1708年に建てられた瑞籬門をくぐると、ようやく重要文化財となっている高良社(こうらしゃ)本殿である。

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 この高良社本殿は旧八幡宮本殿で、1491年に造られた。

望月の領主である滋野遠江守光重が望月御牧を知行できたことを感謝して、この八幡宮を造営したのである。


祭神は、武内宿禰となっている。



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 の神社を出たあと、御牧原という文字を道路標識の中に見つけて、この御牧原の方角にレンタカーを走らせた。

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 望月歴史民俗資料館で見た資料の位置によれば、黄⇓で示した御牧ケ原は黄☆印で示した八幡宿からすぐの位置に見えるはずである。

司馬さんが果たせなかった「望月の御牧」の景観に出会えるかもしれないと心は勇んだ。



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 標識の方角に左折すると、そこで草刈りをしていたおじいちゃんがおられたので、この方から御牧ケ原がどの辺にあるのか聞いた。

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 おじいちゃんの話では、「田んぼの向こうに横に細長く広がっている丘が見えると思うが、あの丘の上が平坦な土地となっていてそこで今は米や野菜を作っているが、昔は馬を放牧していた。」と教えてくれた。

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 ようやく、司馬さんが到達できなかった奈良時代から平安時代にかけての御領牧場である「望月の御牧」の風景にたどり着いたようである。

あの丘の上ではいにしえの昔、旧暦8月満月の夜に朝廷へ献上する馬を育てていたのである。


できうればあの丘の上まで行ってみたかったが、いけばがっかりするような気もして、八幡宿をここで終えた。

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