「日本最長10河川の旅」での釣り 阿武隈川とおくのほそ道の旅 その1

僕の源流の旅は、最初に川の起点となる河口か源流地を目指して出発するのだが、この阿武隈川では河口となる宮城県岩沼市を最初の目的地とした。

岩沼は江戸時代、関東方面から仙台に入る旅人には最後の宿場だった。

ここから阿武隈川河口は目と鼻の距離である。


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阿武隈川の旅の一日目の日程はこのようになっていて、河口部に足跡を印したあとは、阿武隈川を遡上して白石市で宿泊する計画を立てた。

阿武隈川を松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅で辿った足跡を訪ねながら旅したのが、平成19(2007)の僕の阿武隈川の旅だったが、そのとおりにブログに書く気にはならなかったので、大きく二つの旅に分けてブログ化することにし、その分岐点を阿武隈川河口部の岩沼とした。


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具体的には地図に示した芭蕉のおくのほそ道の旅を二つに分け、1;黄色の実践部分の旅(最終目的地は平泉の中尊寺)2;緑色の実践部分の旅(最終目的地は白河の関を経て、阿武隈川源流の地)の二つとした。

平成19(2007)の阿武隈川の旅で旅したのはほぼ芭蕉の足跡を訪ねての「緑色の実践部分の旅」であった。

「黄色の実践部分の旅」は、いろんな年代に旅した記録を繋ぎ合わせて、芭蕉の足跡にほぼ合致するようにブログ上で創造した旅となる。


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小国、上ノ山、山形を経由して山形蔵王から山形自動車道に乗り、宮城県の村田町で高速を降り、平成19106()午前1040分に岩沼市の名勝二木の松(武隈の松)に到着した。

ここは古来「武隈の松」と呼ばれ、陸奥に数多い歌枕の中でも詠歌の多さでは屈指の名松で、西行や能因法師などの高名な歌人にも詠まれており、芭蕉が「おくのほそ道」で足跡を残した地としても有名である。


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周囲は奥の細道紀行三百年を記念して史跡公園となっているので、さっそく中に入ってみた。


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庭の中にこの地を訪れた芭蕉が詠んだ「桜より 松は二木を 三月越し」の句の石碑が建っていた。

芭蕉は、「武隈の松にこそめ覚る心地はすれ。根は土際より二木にわかれて、昔の姿うしなはずとしらる・・・」と深い感動を覚えこの句を残したのだが、“松”には“待つ”を、“三”には“見”の意を込め、“二木(ふたつき)”には“みつき(三木)”をかけており、江戸から3ヶ月をかけて旅をしてやっとこの松を見ることができた・・・との感慨を詠んだ句である。

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