テーマ:歴史

近江街道をゆく その13 石積みの門前町「坂本」を散策 その5 徳川ゆかりの寺社を見学

滋賀院の裏手に天海(慈眼大師)の廟所である慈眼堂がある。 慈眼大師天海は徳川家康・秀忠・家光の時代に幕府の顧問として遇された大僧侶である。 織田信長の叡山焼打ちにより全山焼土と化した比叡山の復古に尽力したことにより、家光の命で慈眼堂が建立された。 慈眼堂の境内に入ったが、雰囲気はこんな感じの場所である。 ところで、信長の…
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奈良大和路散歩(2016年の旅) その38  室生寺を歩く

 仁王門は元禄時代に一度焼失し、その後長い間姿を消していたが、1965年11月に再建された。  門の両脇で構える赤と青の仁王像も、昭和に再興されたものである。  門の朱塗りも仁王像の色彩も色鮮やかで、この仁王門をくぐって中に入った。  室生寺境内マップを参照するが、室生寺の伽藍はこのようになっていて、現在仁王門を抜けて鎧坂…
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奈良大和路散歩(2016年の旅) その36  高取町散策

 時間に余裕があったので、高取町を見ることにした。  古代渡来系氏族の「東漢氏」と「波多氏」が勢力をもって競っていた高取、南北朝時代には豪族越智氏により日本三大山城である高取城が築城された。  江戸時代には、植村家2万5千石の城下町として栄えた。  ここには高取城跡や壷阪寺など見所が沢山あるのだが、時間の都合で、まず高…
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奈良大和路散歩(2016年の旅) その33 葛城みちをゆく その1 笛吹神社

 竹内街道を終え、レンタカーを停めていた「柿の葉すし本舗 たなか葛城店」に戻った。いろいろこの店でお世話になったこともあり、この店で昼飯用の柿の葉寿司を買って、  今度は竹内街道から90度方角を変えて葛城みちに繰り出した。  ところで、葛城みちの沿線となる奈良県葛城地方は大和朝廷の母体となる三輪王朝の前に存在したとされる葛城王朝の栄…
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飛騨街道をゆく(2014年の旅) その23 飛騨の里に到着 

今日の午前中は、日枝神社を含め飛騨高山の郊外の山地に出かける。 後日、飛騨高山の人里で熊が出没し、襲われて重傷を負った人が出たことを知ったが、既に日枝神社から山地で活動する場合特有の緊張感が出てきて、町を散策する時の気楽な気持ちを捨てることにした。 気持ちをすっかり山地仕様に入れ替え、日枝神社から宮川を渡って、これから黄星印の飛…
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耽羅紀行(済州島の旅) その32 柱状節理帯を見学

 大浦海岸は雄大である。  僕等ツアー客はヤンガイドに遅れないようについて行きながら、記念写真の撮影に夢中である。  ヤンガイドはこの場で柱状節理帯の説明をしていく。  この海岸に溶岩が流れ込み、そして冷却されて柱状に形作られ、やがて溶岩石群は風化によって原型を変えていく。   ヤンガイドの説明をより具体化したの…
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奈良大和路散歩(2016年の旅) その9 崇神天皇陵を見学後、「卑弥呼庵」で小休止

長岳寺の次は、崇神天皇陵と景行天皇陵を目指す。 まず、崇神天皇陵へ行く。 崇神陵は宮内庁により「山邊道勾岡上陵」として大和朝廷の創始者とされる第10代崇神天皇の陵に治定されているが、実際の被葬者はそれ程定かではなく、最近では陵墓の所在地から「行燈山古墳」と呼ばれている。 前方のこんもりした森で覆われた山全体が崇神天皇陵であ…
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奈良大和路散歩(2016年の旅) その1 奈良天理市までの旅

まず一日目の旅であるが、今日は一日かけて新潟市から奈良天理市の宿までの旅である。 電車を乗り継いでの旅で、自宅を午前6時40分に発ち、天理市にある宿に到着するのは午後4時頃の予定である。 北陸線を経由するので、9時間を越える長い旅となる。 上図のピンクで示した北陸道(古来は越ノ国と呼ばれた地域)を縦断し、琵琶湖東岸を通…
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津軽街道をゆく(2013年の旅) その38  松前氏の先祖が住んでいた蠣崎に行く

脇野沢港に上陸するとまず、蠣崎を目指した。 司馬遼太郎の「北のまほろば」に、蠣崎のことが書いてあった。 北海道における唯一の藩である松前藩の松前氏が、もとはここ(蠣崎)に居て、蠣崎と称したり、武田と称したりしていた。 安東氏の十三湊と同じ程度に、松前氏の先祖が住んでいた蠣崎に行ってみたかった。  今日は下北半島のほぼ外周を廻…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その17 龍馬記念館と高田屋嘉兵衛資料館を見学 

午前中の見学場所にあらかじめ番号をふっておいたので、ここで紹介する。   ①  高田屋嘉兵衛屋敷跡と② 高田屋嘉兵衛像については既に歩いたので省略、③から紹介する。 ③ 龍馬記念館、④ 高田屋嘉兵衛資料館、⑤ 赤レンガ倉庫群、⑥ 七財橋、⑦ 北海道第一歩の地碑、⑧ 新島襄海外渡航の碑、⑨ 新島橋、⑩ 弥生小学校というコースを組ん…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その9 鶴ケ岡八幡宮前まで歩く

鎌倉での宿は鶴ケ岡八幡宮前のホテルシャングリラ鶴岡である。ここで、11月5日(木)、11月6日(金)、11月8日(日)の夕方から朝までを過ごした。 このホテルは鎌倉の中心若宮大路に位置し、鶴岡八幡宮まで徒歩1分鎌倉駅からも徒歩5分ということで、観光の拠点として最適だった。部屋も広く、バス・トイレ・冷暖房完備で朝食付き7,700円の…
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「鎌倉ものがたりと横須賀ストーリー」 その5 阿弥陀如来坐像を見学

次に隣の阿弥陀堂の阿弥陀如来坐像を見学した。 この阿弥陀堂に安置されている2.8mの阿弥陀如来座像は、源頼朝が42歳の厄除けのために建立したという伝承から厄除阿弥陀と呼ばれており、鎌倉六阿弥陀の一つでもある。 この阿弥陀如来像は、もとは廃寺となった誓願寺の本尊だったという。 ここで阿弥陀如来というものの簡略な説明をする。阿…
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甲州街道と佐久平みち その18 八幡原史跡(川中島古戦場)にて 

 長野トヨタレンタ長野店から、まず八幡原史跡(川中島古戦場)公園を目指した。  距離にして6.5km、時間にして20分もかからない。  午前10時には川中島古戦場に到着した。 川中島と言えば武田信玄と上杉謙信の合戦で有名な場所である。 川中島の戦いは、甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信との間で、北信濃の支配権を巡って行…
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耽羅紀行(済州島の旅) その36 オールインハウス発見

 いよいよオールインハウス入口である。  ヤンガイドがバスに11時20分までに戻ってきてと僕らに伝え、ここから30分程の時間でオールインのロケ地を見学となる。  これから、この丘を登って行く。  僕はオールインの話を全24話しっかり見ていて、主人公のキム・イナと恋人のスヨンさんの話にのめり込みなが…
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能登(日本道)への道 その16 西海岸の志賀町へ

和倉温泉ではバスや電車でのアクセスに不便を感じながら、午後3時には七尾のホテルルートイン七尾東に帰った。  ホテルの1階にある「旅人の湯」という小綺麗な大風呂で汗を流した後で、缶ビールを飲みながら5月場所の5日目を見た。  それから、昨日と同じくホテル内のレストランで、1000円で作ってもらった刺身定食を美味しくいただいた。…
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最上川と「おくのほそ道」の旅 その11 上山へ、斎藤茂吉と妻輝子は、最悪の相性の夫婦

山寺の登りはキツかったが、下りは飛ぶように歩いて来れた。   麓の幸福の鐘の奥の食堂で蕎麦かうどん(記憶にないので推測)を食べ、この近くにある俳聖芭蕉の石像の前で記念撮影、時間は午後0時半頃になっていた。これから、おくのほそ道と別れ、上山市にある「斎藤茂吉記念館」に向かう。   赤矢印の記念館までは市街地をバイパスし…
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甲州街道と佐久平みち その15 「やまっちそば」を食べる

 約500メートルの唐沢そば集落には7件のそば屋が軒を連ねていて、当初は根橋屋というそば屋に決めていたが、駐車場が満杯でこの店の近くも車を停めることができなかった。  結局集落を下って、そば集落が始まる箇所に店を構えている「水舎本店」に入ることにした。  この店は昭和58年「居酒屋 水舎」として開店し、のちに「手打ち…
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甲州街道と佐久平みち その14 旧制松本高校から唐沢そば集落に 

 松本深志高校から3㎞程離れた旧制松本高校(新制信州大学の発足にあたりその母体の1つとなり、文理学部に改組された。)に向かった。  旧制松本高校は1919年4月、長野県松本市に設立された官立の旧制高等学校である。改正高等学校令に基づき9番目の官立旧制高等学校として設立された学校で、ナンバースクールの高校に続き設立されたいわゆる…
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