テーマ:松前街道をゆく(2014年の旅)

松前街道をゆく(2014年の旅) その21  元町の洋館巡りで、カトリック元町教会までゆく

午前中はベイエリアを見て回ったが、午後からは元町の洋館巡りで、明治期に建てられた教会や異国情緒のある建物群を散策する。 コース内容を地図で示せば下図のとおりである。  ①  函館聖ヨハネ教会 ② 函館ハリストス教会 ③ カトリック元町教会 ④ 日本基督教団函館教会 ⑤ 旧函館公会堂 ⑥ 旧相馬亭 ⑦ 函館市旧イギリス領事館 ⑧ 相馬…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その18 函館ベイエリアを散策する 

通りに目をやれば、そこには⑤ 赤レンガ倉庫群が待っていた。  ここは、函館ベイエリアの象徴的な存在で、三角屋根の赤レンガ倉庫が建ち並んでいて、中は様々な店がひしめくショッピングモールとなっている。 そして、⑥ 七財橋である。  明治から昭和にかけ、反映してきた函館の港だが、そこを行き交う商船を見続けてきた石造りのアーチ橋が…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その17 龍馬記念館と高田屋嘉兵衛資料館を見学 

午前中の見学場所にあらかじめ番号をふっておいたので、ここで紹介する。   ①  高田屋嘉兵衛屋敷跡と② 高田屋嘉兵衛像については既に歩いたので省略、③から紹介する。 ③ 龍馬記念館、④ 高田屋嘉兵衛資料館、⑤ 赤レンガ倉庫群、⑥ 七財橋、⑦ 北海道第一歩の地碑、⑧ 新島襄海外渡航の碑、⑨ 新島橋、⑩ 弥生小学校というコースを組ん…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その16 ホテル近くの高田屋嘉兵衛関連の史跡を見学  

函館グランドホテルの近くには、ローソンがあった。 そこで、夜食と朝食を買ったのだが、どうもその夜食用に買った納豆巻きが悪かったらしく、朝起きると腹具合が完全におかしかった。 食欲も全くなかったので、朝飯用に買って冷蔵庫に入れていたザル蕎麦を食べることが出来なくて、そのままゴミとして廃棄処分した。 6月24日(火)は、朝飯抜きで函館…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その15 夕食は麺倶楽部炙(あぶり)で塩タンメン 

6月23日(月)の見学予定先を全て見学し終え、今日と明日の夜を過ごすことになる函館グランドホテルに向かった。  ここの1泊4700円素泊まりコースを、旅行日の2ケ月ほど前に予約していた。 函館グランドホテルは、函館山ロープウェイまで徒歩5分、レンガ倉庫まで徒歩7分、市電宝来町駅へも徒歩1分で行ける。 函館観光には便利な場所で近…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その14 立待岬で眠る石川啄木 

函館西端から函館山のすそ野を横切り、函館山の南東に位置する石川啄木ゆかりの立待岬まで行った。 立待岬は、北海道函館市住吉町にある、津軽海峡に面した岬である。 津軽海峡につきでた断崖上にあるため展望が良く、天気の良い日には下北半島を望むことができ、付近には与謝野鉄幹・晶子の歌碑も設置され、函館有数の観光スポットとなっている。 …
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松前街道をゆく(2014年の旅) その13 外国人墓地などを歩く 

これから赤字2の外国人墓地など箱館西端に行く。   まず見学する場所は赤字アの曹洞宗寺院の高龍寺、函館市内にある最古の寺院である。  この山門は総ケヤキ造りで東北以北最大といわれるもので、国登録有形文化財となっている。  この奥の建物は本堂、格式の高そうなお寺で、同じく国登録有形文化財となっている。 法事があったのか…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その12 派手な看板の土方・啄木浪漫館に入館 

啄木小公園に隣接して、派手な看板に飾られて、土方・啄木浪漫館が建っている。  この建物は、函館にゆかりのある土方歳三と石川啄木の二人を記念して作られた記念館。 土方歳三は箱館戦争で旧幕府軍として戦い、1869年に函館・五稜郭で命を落とした。 石川啄木は函館での生活はわずか4ヶ月だったが、この地に短い生涯ではあったが生涯の友人に…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その11 啄木小公園にて 

昼食後の日程だが、当初の計画が大雑把だったので、より詳細にした。 歩いていける箱館市街地は明日から見れるので、車で行ったほうが何かと都合のいい場所を、午後から回ることにした。  まずはじめに石川啄木ゆかりの地である赤字1の大森浜にある啄木小公園、それから赤字2の外人墓地など箱館西端、最後に赤字3の、これも石川啄木ゆかりの…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その10 レストラン五島軒でイギリスカレーの昼食

歴史発見ゾーンでの詳しい展示資料を参考にして、箱館奉行所や五稜郭のこと、箱館戦争のことなどについて書いてきた。 明治時代が始まるまで、北海道は蝦夷地であり、江戸幕府が掌握する日本人以外の人々の住む異国だった。 アイヌ人が居住し、本質的には彼らの土地である蝦夷地を、日本人の手によって名実ともに日本の国にすることが、明治政府の進めた北海…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その9 蝦夷共和国のこと

12月15日、蝦夷地を平定した旧幕府軍は箱館政権を樹立、この政権は蝦夷共和国と俗称された。 しかし榎本らは「蝦夷共和国」と名乗ったことはなく、また独立主権国家たると宣言したわけでもない。  総裁は入れ札(選挙)によって決められ、榎本武揚が総裁となった。 この総裁選はアメリカなどの政治制度を模範に日本で初めて行われた選挙で、投票…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その8  箱館戦争(旧幕府軍、蝦夷地制圧)

蝦夷地は幕藩体制下では「異域」とされ異国に等しい存在であったため、日本の版図としては認識されていなかった。 一連のロシア南下の脅威により、幕府内ではこれまでの「蝦夷地=異域」という見方から、蝦夷地は「日本の一部」であり早急に移民を送り込んで開拓を行ない蝦夷地の内国化を図る必要があると、はじめて認識されるようになった。 幕府は…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その7 歴史発見ゾーンで五稜郭と箱館奉行所の歴史を学ぶ

渡り廊下を渡りきると、見学場所は歴史発見ゾーンとなった。 ここには、箱館奉行所の役割や五稜郭のこと、箱館戦争のことなどが詳しく展示資料で説明されていた。 ここでの資料を参考にしながら、箱館奉行所や戊辰戦争最後の戦争である箱館戦争のことなどについて記していきたい。 まず箱館奉行所だが、江戸時代後期になって新たに設けられた江戸幕府の役…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その5 五稜郭タワーに上がる

五稜郭は、江戸時代末期に蝦夷地の箱館(現在の北海道函館市)に建造された稜堡式(三角形の突端部を持つ)の星型城郭である。 この五稜郭をまず上空からみようと、隣接する五稜郭タワーに上がった。  五稜郭タワーは、函館市の特別史跡五稜郭に隣接する展望塔で、1964年に五稜郭築城100年を記念して高さ60mの旧タワーが開業、その後…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その4 ローソンで朝食タイム

 絶景街道とお別れし、長万部へ入った。  ここからは内浦湾沿いに海沿いの道を進むことになる。  小樽から150km程進んだところで午前8時を過ぎ、空腹感もかなり進んだので、長万部の入口辺りのローソンで朝食タイムとした。   ローソンは北海道ではどこにでもあるコンビニで、今回の旅では特にお世話になった。  ところで、コ…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その3 霧と雲の絶景街道をゆく 

 平成26年6月23日、午前3時くらいに目覚め、それから北海道着岸の準備をした。 自動販売機のモーニングコーヒーは1杯300円、それを美味しくいただいた。  今日の日程はこうなっており、まず函館を目指す。  函館までの経路だが、ほぼ函館本線に沿って、黄線上を余市、倶知安、蘭越、長万部と進んで行く。  長万部が小樽…
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松前街道をゆく(2014年の旅) その1 カーフェリーで時間旅行を楽しむ

 松前街道の旅のスタートとなった2014年6月22日(日)は、新潟では小雨、乗船してからは曇りのち晴れの天候だった。 新日本海フェリーの新潟⇒小樽便は、午前10時半出発で翌日の午前4時半に小樽到着となる。  乗船したフェリーはライラック号である。  ちなみに、北海道の花は浜なす、ライラックは札幌市の花である。  旅客定員や車両…
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松前街道をゆく(2014年の旅) プロローグ

 僕の旅は、旅をして翌年まで1年がかりでブログ化し、そのブログが完了する頃に、次の街道の準備に入り、旅に出るという流れとなる。  ところでこの「松前街道の旅」は、去年の「津軽街道の旅」の中で津軽や下北の武将である安藤氏や蛎崎氏の史跡を見て、なおのこと楽しみにしていた旅である。   北海道の松前氏や松前藩との関係が曖昧のま…
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